第9話 見えてきた全容。

 ラテルティアがザイルの執務室を訪れたのは、ラティティリス王国から帰ってひと月が経った頃だった。普段は、仕事の邪魔になってはいけないと言って近付くこともないため、何か用があったのだろうとすぐに推察出来た。


 時々顔を出すくらいなら、むしろ気が休まって俺の仕事の効率も上がる気がするんだがな。


 思うも、真面目な彼女に言えば、にっこり笑って駄目だと言われそうなので口にはしないでおく。彼女自身も忙しい身なので、自分が我儘を言うわけにもいかなかった。


「で、どうしたんだ。ラティ」


 執務机の上に両手で頬杖を付き、そう問いかける。彼女は少し周囲に視線を動かした後、「お父様から、手紙を頂きましたの」と答えた。

 一つ瞬きをし、ザイルは部屋にいたジェイル以外の者たちに外に出るよう指示を出す。ラテルティアの父、レンナイト公爵からの手紙で、わざわざ彼女が自分の元に持ち寄る内容。読む前から、予想がつくというものである。

 応接用のソファに座るようラテルティアに示し、自分もまた、立ち上がってそちらへと歩み寄る。彼女の隣に腰を降ろせば、いつの間に用意していたのか、ジェイルが茶器の載ったワゴンを運んでくるところだった。慣れた様子で二人の前に紅茶を用意するジェイルを横目に、ザイルはラテルティアから、すでに封の開いた、レンナイト公爵からの手紙を受け取った。


「わたくし宛に届いておりましたため、中身を確認しましたところ、ザイル様にお渡しするようにと書かれておりましたのでお持ちしました。それ以上は読んでおりません」


 真面目な顔で告げるラテルティアに頷き、ザイルは手紙に目を通す。どうやら、レンナイト公爵からというよりも、実質カーリネイト辺境伯からの手紙のようなものだった。代筆、というのが正しいかもしれない。

 その内容は、先日、ザイル自身がカーリネイト辺境伯に頼んでいた調査の結果だった。レンナイト公爵を経由したのは、娘への手紙として周囲に警戒されないための細工だとも書かれてる。簡単だが、最も間違いのない方法だ。


「公爵は何と?」


 すらすらと、手紙の文面全てに目を通し終えた頃、見計らったように傍らに立っていたジェイルがそう問いかけてくる。ザイルは手元の手紙をそのまま渡しながら、にっと笑みを浮かべた。「予想通りだ」と、呟きながら。


「カーリネイト辺境伯領にある三つの工場で、武器の部品生産が行われていたらしい。一つ一つの部品だけじゃ、何を作ってるか分からねぇようになってる。それを出荷する麦の中に分解したまま少しずつ隠して、当たり前の顔してフィフラルを経由し、紛争中のテグニス王国に流してたみたいだ。受け取り人を辿れば、テグニスに嫁いだキルナリス公爵の娘に行き着いたそうだ。公爵が代表を務める商団の人間が仕切ってるのも確認できた。工場の帳簿なんかの位置も見当がついてるようだし、これで公爵の方は押さえたな」


 南東の隣国、テグニス王国と、北東の隣国、ドリクティアル国の間の紛争に関して、フィフラル帝国はあくまで静観の立場にある。そこでフィフラルがテグニスに武器を密輸していたとなれば、ドリクティアルがフィフラルにまで牙を剥きかねず、最悪、ドリクティアルの近隣の同盟国までも巻き込んだ戦争の引き金になりかねない。この問題はフィフラル帝国内で、早急に片を付けねばならなかった。


 武器だけで稼ごうと思うならば、テグニスとドリクティアル、両国共に武器を売るのが定石なんだが。テグニスだけに肩入れしてんのが、一番まずい。


 おそらくテグニスが紛争に勝利した後、テグニス側が得た土地に関わる何らかの利権を得るつもりなのだろう。両国が争ってでも得ようとしている、紛争の原因となっている狭間の土地、ティールは、フィフラル帝国と両国を越えた先にある大国、トゥーリル国を行き来する商人たち通り道であり、宿場町のような役割があった。そのため、季節問わずに一年中、活気のある土地なのである。


「問題は、やはり材料の方ですね。毎日のように違う場所、違う道筋から、しかも細かく隠されて運ばれてきていると書かれていますが……。確かにこれでは追いようがない」


 ジェイルが渋い物を口にしたような表情になりながら言うのに、ザイルもまた「ああ」と短く応える。

 カーリネイトは未だに貧しい土地柄のため、人手には困っていないようだが、材料がなければ武器は作れない。そして手紙には、どうやら鉄鉱石はフィフラルから運ばれているようだとだけ書かれていた。ジェイルの言う通り、いくつもの道筋から、細々とした量が毎日のように運ばれてくる、と。

 鉄鉱石が出ることで有名な鉱山は、フィフラル帝国内にもいくつか存在する。そこを調べるのは簡単だが、出荷する途中で少しずつ分けているのならば、とてもじゃないが確認を取るまで時間がかかるだろう。鉄鉱石の流通量を調査したところ、ここ近年の間に、大きな変化は見当たらなかったこともまた気にかかる。

 本来ならば、キルナリス公爵がこの件を主導しているという証拠が集まり次第、彼を捕えるだけで良い。国際問題と成り得るのは、あくまで彼がテグニス側に武器を売っているという現状だからだ。しかし、である。

 そのような事態であると気付いていながら、彼に鉄鉱石を売っている貴族が別にいる、というのが問題だった。


「キルナリス公爵が武器を売って儲かってんのは、少し頭が回るやつなら分からねぇはずがねぇ。社交界でも、それとなく噂になっていたからな。それを理解した上で材料を提供してるってことは、公爵と同罪だ。だからこの際、一気に片を付けてぇんだが」


 公爵に限って、他の者たちを庇うようなこともないだろうから、彼を捕えれば芋づる式に片が付くかもしれないが、確実ではない。それどころか、無関係を装い、何らかの方法で彼を助けようとする可能性も考えられる。

 どうしようもなければ仕方がないが、出来ることならば把握しておきたかった。

 ジェイルが読み終わった手紙を、ラテルティアに渡すのを見ながら、ザイルは僅かに目を細める。事は一刻を争う。深入りして調査を続行するか、ドリクティアル側に気付かれる前に早々にキルナリス公爵を捕らえ、最たる問題を解決するか。解決が遅くなればなるほど、貴族たちは皇族の権威を疑うことになりかねない。噂があるにも関わらず、何もしていないと思われるのは良い状態とは言えないのだから。

 さて、どうするかと考えた時だった。「……鉄鉱石が、少量ずつ運び込まれている……」と、何やらラテルティアが手紙の文面を小さく読み上げたのは。


「……あの、ザイル様。これはわたくしの推測でしかないのですが……。この、少量ずつ運び込まれているという鉄鉱石は、一つの鉱山からではなく、それぞれ別の所から来ている、ということは考えられませんか?」


「それぞれ、別の所から?」


 どういうことだと、ザイルは首を傾げながらラテルティアの方に顔を向ける。ラテルティアはこちらに顔を向けた後、どう説明するべきかと悩むように視線を彷徨わせて。「わたくしが主催させて頂いているお茶会で、気になる方々がいまして」と口を開いた。


「その方たちの資料を調べた所、資金難であること以外は、特別な共通点はなかったのですが……。その内の半数の方たちの領地から、ごく少量ですが、鉄鉱石が取れる山があると書かれておりました。掘り出す手間の方がかかるため、未開発のままにされている、と」


 「それに」と、彼女は更に続けた。


「それ以外の方の家の領地には、元々は鉄鉱石を掘り出していたけれど、量が取れなくなったため、廃鉱となった山があるようでした。そういった方々の領地から、少量ずつ鉄鉱石を買い取っていたとしたら……」


 少量ずつ、様々な道筋でカーリネイトにある工場へと運び込まれることになる。

 なるほどと、ザイルは思った。さすがに、その可能性は考えていなかった。未開発の山や、廃鉱になった鉱山のことまでは。


「ラテルティア嬢の仰る通り、それでしたら筋が通りますね。鉄鉱石の流通ルートに、大幅な買い上げなどが見当たらなかった理由も分かります」


 感心したようにジェイルが言うのに、ザイルもまた頷く。これは確かに、調べてみる価値があるだろう。

 「ラティ」と、ザイルはラテルティアに呼びかける。彼女は真面目な顔で、真っ直ぐにこちらを見た。


「お前が茶会で気になったという令嬢たちの名前を、ゼイラルに伝えてくれ。今、お前が話した仮定も。それから、他にも未開発の鉱山や、廃鉱になった鉱山を所有する領地があるかもしれないから、そっちも調べるようにと。俺が言うより、お前が直接伝えた方が早いだろうからな」


 言えば、ラテルティアは少しだけ嬉しそうな顔でこくりと頷いた。そして自分は、彼女がゼイラルに話を持って行く間に、エリルに話を通しておく必要がある。彼女の仮定が事実であれば、複数の貴族たちの粛正を視野に入れる必要が出てくるから。

 それにしても、とザイルは思わず笑った。話しておいた方が、違った視点から何かを見つけてくれるかもしれないと、確かにそう思った。思ったけれど。


 まさか、ここまで有能なんて、なあ。


「よく気付いたな。そんなこと」


 思わず、そう言ってザイルは笑う。自分のことのように、誇らしげな気持ちで。

 ラテルティアはふふ、と微笑むと、「まだこの国に慣れていないからですわ」と呟いた。


「情報を集めようとしても、馴染みの方がいなくて。調べられるのは、皆様が当たり前に目を通している資料ばかりでした。ゼイラル様には、もう少し自分で調べてから、依頼させて頂こうと思っていたものですから。その基本的な情報を細かく調べている内に、偶然、共通点があっただけですもの」


 「まだ、わたくしの仮定が正解かも分かりませんし」と、ラテルティアは言うけれど。

 ザイルにはそれだけでも十分だった。調べる道筋があるのとないのでは、その調査のしようも格段に変わってくるのだから。


 俺自身も、そういった鉱山があることには気付いていたが、思いもよらなかった。目の付け所の差だな。


 知識として知っていても、それを活用できなければ意味がない。ラテルティア自身は謙遜するが、ザイルからすればこれ以上ない有力な仮定である。

 もちろん他の鉱山の方も調べてはみるが、現状、彼女の仮定が最も有り得るものだとザイルは冷静に考えていた。


「ラティティリスに留学して正解だったな。お前に会い、婚約出来た俺は、本当に運が良い」


 ただただ愛おしく、傍にいたいと思っただけだったのに。優しく、穏やかな時間を共有し、共に生きていきたいと願っただけだったのに。

 元々の婚約を解消させるために動き回った労力も、こうして彼女が今ここにいることを思えば、些細なこと。出会えて、想いを通わせることが出来て、本当に良かったと、心の底からそう思った。

 ザイルの言葉を聞いてラテルティアもまた笑みを深める。「それはわたくしの台詞ですわ」と呟く彼女の肩を抱き、そのこめかみに一つ、口付けを落とした。

 絶対に手放したくないと思う自分こそ、彼女に囚われているのかもしれないと、そんな馬鹿げたことを考えながら。

 ゼイラルへの依頼をラテルティアに任せたザイルは、ジェイルと共に、すぐさま兄、エリルの元に向かった。懸念事項は、なるべく早いうちに対応する策を練っていた方が良い。

 先触れなく執務室を訪れたにもかかわらず、エリルはすぐにザイルとジェイルを中へと通してくれた。執務机に向かって頭を抱えているエリルは、ザイルたちの訪問にほっとしたような顔をしている。余程難しい案件でもあったのだろうかと不思議に思っていたら、ザイルの視線が手元に向かっていることに気付いた様子で、エリルが苦笑いを浮かべた。


「こういったことには疎くてな。こういう時に、面白味のない人間だと思い知る」


 溜息と共に呟くエリルの姿は珍しく、「一体、どのような案件なのです」と問えば、彼はふっと笑みを浮かべて、「秘密だ」と応えた。目を細めて人差し指を口許に当てる姿は、男の自分でも色っぽく感じる程に艶やかな表情だった。


「今聞かずとも、いずれ知ることになるだろう。……さて、お前たちがここに来た理由を聞こうか」


 椅子に深く腰掛け、話を聞く体勢になったエリルに、ザイルは先程自分の執務室で交わされた話の内容を告げるため、口を開いた。

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