食人鬼ちゃんと吸血鬼ちゃん

阿賀沢 隼尾

食人鬼ちゃんと吸血鬼ちゃん

「ルーシー。早く!!」

「う、うん」


 金髪の女の子が銀髪の女の子の腕を引っ張って森を駆け抜ける。その後ろからは追手が追いかけてくる。


 足からは血がにじみ出ている。それは当然だ。彼女たちは外に出たのは初めてなのだから。柔和な足の裏を石が徐々に蝕んでいく。


 それでも彼女たちは走り続ける。歯を食いしばり痛みに耐える。


「あともう少し。あともう少しだからね。だから、お願い。もう少しだけ耐えて」

「うん。分かってる」


 二人の少女は森を抜け、町を通り過ぎ、街へ侵入した。入国審査は偽装パスポートを使って身を隠した。

 二人の姿はボロボロで、周囲から奇異な視線を受けていることは二人とも感じていた。それでも、外の景色は二人にとってはとても新鮮だった。


「凄い。ここがアガルなんだね」

「うん。凄いね」


 自分達が追われている状況を忘れて二人は初めての経験の感動を分かち合った。漆喰を塗った真っ白な建物は町の建物とは全然違って。


 とても大通りを大型の鳥が大荷物を運んでいるのも、これだけ人通りが多い場所も、二人にとっては初めてだった。 


 それでも、二人には観光を堪能している時間は無く、追っ手をバラまかないと行けなかった。その為に二人は路地裏に身を潜めた。

 二人にはそれしかできる事は無かった。


「う、うまそう……」


 カーミラの後ろからジュルリと涎を拭く音が聞こえてきた。


「だめよ。他の人の肉を食べちゃ。私以外の人のお肉を食べないってお約束でしょ」

「だ、だって……。とても美味しそうなんだもん……」


 ルーシーはぷくりと頬を膨れて見せた。これがとても可愛いのだ。


「お腹が減ったの?」

「う、うん」

「そっか。丁度私もお腹が減っていたころだし丁度いいや。一緒に食事の時間にしよ。今日はどの部位が良い?」


「お腹が良いな」

「ふふふ。ルーシーは本当に私のお腹が好きね」

「だって、お姉ちゃんのお腹、丁度脂身が乗っていて美味しいんだもん。今まで食べてきたお肉の中で一番美味しいの。だ、ダメかな……」


 上目遣いで甘えてくる妹。キマシターーーーー!!!!

 これに勝てる姉なんているのだろうか。いや、いない(断言)。

 そもそも、ウチの妹以上に可愛い妹なんているわけがない。


 心の中で妹を絶賛して、


「わ、分かったわ。ルーシーがそう言うんならしかたがない。それじゃ、いつも通り私は血を貰おうかな」


 とか言って、ルーシーの血ってとっても美味しいのよね。もう、絶品って言いたいほど。舌上で溶けていくような滑らかな舌触りに鉄の味がなんとも言えないのよね。


「それじゃ、いただきます」

「あっ……」


 腹部にルーシーの歯が突き立てられ、痛みと共に快感の波が脳を震わせる。


「どう? 美味しい?」

「うん。とっても美味しい」

「私以外食べちゃダメなんだからね」


「何で?」

「だって、他の人は私たちみたいに体が直ぐに再生しないから」

「そうなの?」


「そうなんだよ。だから、私以外の人の人肉は食べちゃダメ。私もルーシーのしか血を吸わないから」 


「でも、私もうたくさん食べちゃったよ」

「いいの。これからで。だって、本当は私の以外食べたくないんでしょ」

「ん……。なんでそれを…………」

「だって、私はルーシーのお姉ちゃんだもの。それくらい分かるわ」

「う、ううぅぅぅ。だ、だって。だって!!!!」


 ルーシーはカーミラの肉を頬張りながら、空色の瞳から涙を零した。


「私のせいで。私のせいでみんなが、村のみんなが死んでいくんだよ。私、どうしても食人衝動を抑えられなくて。村の子どもたちの命が一つ。また一つ失われていくんだよ。一人の食欲のせいで。たったそれだけのことで人の命が失われていくんだよ」


「うん」


「食べる時、みんな言うんだ。『ばけもの』、『人殺し』、『人食い』、『鬼』って。私、好きで食べているわけじゃないのに。みんなの憎しみが、怨嗟が、悲鳴が耳にずっと残っているの。いつも同じ夢を見るの。聞こえてくるの。亡霊になって、私を追いかけてくるの。みんな。『化け物』だって。『人食い』だって。なんでこんな罪な体に、存在に生れて来たのか自分でも分からなくて。食べたくないのに。私、食べたくないのに体が勝手動いて。私……私…………それが耐えられなくて」


「大丈夫。大丈夫だよ。ルーシー」


 カーミラはルーシーの背中を優しくさすってやる。 


 知っている。彼女がブラム家で酷い扱いを受けていたのは。私のたった一人の妹なのに。両親は会わしてくれなくて。だから、親の目を盗んで彼女に会いに行くしかなった。会う度に憔悴していく妹を見るのは胸が痛んだ。そして、両親を憎んだ。実の娘を牢獄に放り込むなどという酷い目に遭わせる親に。それでも、自分にはどうすることも出来なくて。無力感と自己嫌悪に浸る日々を送ってきた。


 でも、遂にここまで来た。日々、憎しみと共に努力を重ね、計画を練り、城を脱出することが出来た。妹を幸せにするために。両親の悪行から逃げる為に。


 カーミラは今までにない程の幸福感を感じていた。妹に一緒にいるということが、とても嬉しいのだ。


「おねえ……ちゃん」


 ルーシーは不安そうにカーミラを見つけている。追手に捕まらないのか心配で仕方が無いのだろう。


 それに、今までのトラウマだってある。それを忘れろというのは酷な話だろう。それでも、妹の不安を和らげることは出来る。今まで檻越しでしか会話できなかった妹がこんなに側にいる幸せ。


 例えそれが束の間の幸せであったとしても、この奇跡のような時間にいつまでも浸っていたいとカーミラは思った。


「ルーシーは何も悪くない。悪いのはブラム家の人たちだから。もう、心配をする必要は無いよ。その為に私たちは逃げてきたんだから。ほら、私にも食事をさせて。少し痛いけど我慢してね」

「う、うん」


 ルーシーはカーミラに顔を近づける。カーミラは顔を近づけ、ルーシーの首筋にガブリとかぶりついた。


「んっ……あああっ…………」


 ルーシーは全身を痙攣させた。


「気持ちいいでしょ。吸血鬼の吸血って」

「う、うん」

「ルーシーが私のお肉を、内臓を食べている時だってとても心地よかったのよ。ふふ。やっぱり、吸血鬼と食人鬼って同じ性質をいくつか持っているようね」


 カーミラの腹部からは内臓が、もう少し詳しく記述すると、小腸がにょろりと蛇のようにその肉をくねらせ地面に転がっていた。二人の周囲にも、カーミラの体から出た血液が飛散していた。


 しかし、そんなものは二人は全然気にしていなかった。


 カーミラはひたすらルーシーの血を貪っていた。

「お姉ちゃん」

「ん?」

「いつもありがとうね」

「ばーか。まだ安心するのは早いわよお父さまもお母さまもおじいさまもその他の先祖様みんな私たちを追ってくるわ。全然安心なんかできない。お礼を言うのはそれから出良いわ」

「もう、お姉ちゃんたら。いつも意地っ張りなんだから」


 食事をし終えると、二人はどこか泊まれる場所を探した。


「できたら、空き巣とかがいいな」

「そうだねぇ。でも、急いで見つけないと追手が来ちゃうよ」


「そうだな。あいつらも日の出が出ると活動が出来なくなる。だからと言って、捜索を明日に伸ばすと更に遠い場所まで逃げられてしまう。とすれば、今夜必死になって探すだろうね」


「うん。そうだね。私達も早く休める場所を見つけないと」


 それに……。


 いくら普通の人間よりも肉体強化されているとはいえ、十数年間ずっと檻から出ていない妹を心配しないわけにはいかない。


 その証拠に、ルーシーの息が上がってきていた。恐らく、かなり無理をしているのだろう。彼女の体力が尽きる前に早く見つけないと。


 人盛りが多い場所を離れると、人っ子一人もいない路地へ二人は来てしまっていた。


「お姉ちゃん。あそこなんかどうかな」


 ルーシーが指を指した先には、宿屋らしき灯りが付いていた。


「そうね。アソコが良いかもしれないわ」


 と、宿屋に近づこうとした瞬間――――。


 複数の影に囲まれた。

 いや、影ではない。

 これは――――。


「お父様。お母様。叔父様方」


 二人の目の前に立ち塞がったのは、ブラム家の面々であった。


 二メートルはあるであろう巨体の肉体の持ち主が一歩前へ歩み出る。


「さあ、カーミラ。ルーシー。こちらへ来なさい。家出など、こんな不良少女のようなバカなマネはよさないか」

 両手を広げ、一歩、また一歩と歩み寄ってくる。


「いや! そうやってまたルーシーを。私の妹を牢屋に放り込んでおくんでしょ。お父様もみんなも非情です!! 冷酷です!!!! どのくらい自分達が酷いことをしているのか分からないのですか!!!!」 


「カーミラ。お前こそ何故俺たちの考えが分からない。ルーシーは大切な実験体なんだぞ。研究の要なのだぞ。お前の食人体が我々に必要なのだ。太陽の光を克服したお前の力が」

「そ、そんなの勝手すぎる。そんなの親のやることじゃない。やっぱり、ルーシーは私が守る」


「なら、力づくで奪うまでだな」

「そうはさせない」


 カーミラは純白のローブを羽織り、球体を取り出して吸血鬼集団の中に放り込んだ。

 ――――瞬間。

 閃光が彼らを包み込んだ。


「うがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 陽光弾の光を受け、彼等は目を眩ませ、暫く動くことが出来ない。


「ルーシー。逃げるよ」

「う、うん」


 カーミラはルーシーの手を掴んで走り出そうとした。

 が、二人の前に父のルーガスが立ち塞がる。


「お、お父様! なんで――――」

「如何にもお前の考えそうなことだからなぁ!!」


 腰から剣を抜くと、一太刀振るう。

 狙われたのはカーミラ――――ではなく、ルーシーだった。

 腹部を割かれ、大量の血が溢れ出す。


「ルーシー!!!!」

「さあ、お遊びは以上だ。来い」

「そうは……させない……………」


 カーミラの中段蹴りが父であるトールの頭部に炸裂する。


「ぐ……」


 トールの体が吹っ飛ぶ。

 更に追い打ちをかけるために、腰から剣を抜く。


 深紅色の刃が妖しく光る。


 トールに向かって突き刺す。が、彼はカーミラの攻撃を軽々しく受け止めた。

 斬撃が空を切る。それをカーミラは左手で受け止める。


「なっ……!?」


 指先に力を入れると、刃にひびが入り、粉々に砕け散った。彼女は握りこぶしをトールの鼻っ柱に叩きつけ、剣先を彼の喉元に深々と突き刺した。


「ぐ……。くはっ…………」

「もう、あたしたちは貴方たちの言いなりになんかならない。私達の人生は私達で決める。私は、私はもう人を傷つける事なんてしたくない」

「ふっ」


 トールは不敵な笑みを浮かべ、


「貴様も吸血鬼の血を継いでいる。人を傷つけずに生きる事なぞ到底不可能なのだ。なぜなら、我々は『鬼』なのだからな。殺さねば、その血を吸わねば我々は生きることは出来ぬのだ」


「そんなことは……ないっ!!!! お父様、私はもう、私以外の人が血を流すのも、殺されるところも見たくは無いのです。私には永遠の命なんていらない。そんなもの私にとってはどうでも良い。大切な人と、ルーシーと一緒にいるだけで、それだけでいいんです」


「ふんっ。お前は優しすぎる。毎回言っているはずだ。吸血鬼に同情の念などいらないと。そんな感情は我々には必要ない。そんなことをすれば我々が滅亡してしまう」


「それは違います。お父様、私たちは生まれてきてはいけなかったのです。この世に誕生してはいけなかった。それでも、私たちは人間です。私は普通の人間として本当は生まれたかった。『鬼』としてではなく、普通のごく普通の人間の『女の子』として。それが私の願い何です。でも、この体に生れてきたからにはそれは無理な話。だから、私は同じ『鬼』であるルーシーと生きていかねばならないのです。私達が生きることそれ自体が、人を傷つけずに生きる事が、贖罪なのです。お父様、あなたとは最後まで分かり合うことは出来なかった。それは貴方がブラム家の鎖に――――呪いに――――縛られているからです。私達はその呪いを払拭しなければならないのです」


「カーミラ……。そうか。もういい。勝手に生きろ」


 カーミラは父の最後の言葉をその背中に受け、妹のルーシーを背負って再び歩き始めた。


 父の最後の顔を彼女は見ていない。それが同情からか、憎しみから来るものなのかは本人以外には知る由もない。


「とりあえず、どこか休憩できる場所に移動しないと」


 腹部から止めどなく流れる赤黒い血液。血結剣(ブラッドソード)を受けた吸血鬼の肉体は再生しない。。それは食人鬼であるルーシーにも言えることのようだった。

 別の路地に移動し、カーミラはルーシーを床に寝かせる。


 ――――ごくり。

 先程血を飲んだはずなのに、彼女の血を見ると飲みたくなってきた。喉が渇いてきた。

 確かに、遠慮した。今ここで貧血になられたら困るからと腹五分程度に抑えていたが、先の戦闘でかなり体を動かしたのでエネルギーの消費が激しいのだ。


 しかし、大量出血の彼女の血を今飲むと、取り返しのつかないことになる。下手をすると、死ぬかもしれない。だからと言って、そこら辺の人を襲って吸血するのは自分の正義に――――倫理に――――反する行為だ。


「ふっー、ふっー」

 カーミラの鼻息が荒くなる。


 吸血衝動が出始めているのだ。欲望と理性の戦争。妹を守るか。人を殺すか。自分が我慢するか。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」


 頭を抱え発狂する。

 カーミラは眼球が飛び出るかと思う程目を見開き、口を開け、彼女の首筋にナイフのような尖った歯を向ける。


「おねえ…………ちゃん……」

「っ……!?」


 カーミラの掌にルーシーの手が重なり合う。

 温かい。いや、吸血鬼の体温が低いだけなのかもしれないけれど。


「良いよ。お姉ちゃんになら」


 その言葉で彼女は勝機を取り戻した。自分が妹を殺そうとしていたことを。あの人たちと同じことを自分もしようとしていたことを。


「ごめん。ルーシー。私は……私はなんてことを……」


 これじゃ、あの人たちと同じだ。

 私は化け物の、鬼のままだ。血を分けた家族だからと言って関係ない。自分の為なら。自分が生きるためなら、自分の繁栄の為ならどんな犠牲も払う。どこまでも冷血になれる鬼であることを再認識することになった。


「お姉ちゃんがそれで生きてくれるなら、それでお姉ちゃんが幸せになるなら私はそれで良いよ」 


「何言ってんのよ。駄目よ。私達姉妹で生きないと。私は貴方だけいれば良いの。私は貴方がいればそれ以外は何もいらない。そうじゃないと、今まで私が生きてきた意味って何だったわけ。私達は吸血鬼。存在自体が呪われている存在。この世にいてはいけない存在。だから――――元凶を断つ」


 そうだ。元々の奴がいなければこんな悲劇を起こさずに済んだのだ。ブラム家は人体実験を繰り返した一族だ。


 永遠の命という野望を叶えるために。何をどうしたのかは分からないが、私たちの中には『吸血体』という生命体(ミトコンドリアのようなもの)が細胞に、血液中に寄生――――共生している。


 私達は千年単位で生きることが出来るが、それは『永遠の命』とは言い難い。なぜなら、私達の細胞は老化を遅くするだけで老化の進行を止めることは出来ていないからだ。それに、太陽の光を受けたりすると灰になって(細胞が分裂してしまう)消滅してしまうなどの弱点が存在する。それを無くそうと、今のブラム家は研究を積み重ね続けている。


 その為に村の人々が誘拐され、殺害され、体中の血が抜かれ、肉骨が跡形もなくなるほど食いちぎられ。そんなことを続けるブラム家をカーミラは許すことが出来なかった。

「ルーシー。少し城まで戻るけれど良い?」

「うん。良いよ。お姉ちゃんがそうしたいのなら」

「そっか。ありがとう」


 カーミラは自分の服を引き千切って、ルーシーの体に応急措置を施した。

 ルーシーを背中に背負い、城へと向かった。


 城まで戻り、地下へと進んでいく。

 目的は始祖に会うため。


 その存在は名前でしか知らない。

 現物を見たことがカーミラは無かった。


 それでも、彼がいる場所を彼女は知っていた。

 彼女の十数年間はこの瞬間の為にあると言っても過言ではない。


 冷気が身を包み、暗黒世界へと足を踏み入れる。

 カーミラは一歩一歩目的の場所へと進む。古の玉座へと足を運ぶ。


 重厚な扉を開けると、拓けた場所に出た。かなり古くなってはいるが、かなり豪奢な飾りつけが所々にしてあり、屍が床一面に転がっていた。中央の先に視線を移すと、一人の老人が目に映った。


「あなたが私たちの始祖ですね。ドラキュラ様」

「ああ……。誰だね。こんな所まで来るのは……。トールかね」

「いいえ。父は死にました。トールの娘、カーミラとルーシーです」

「ああ。そうか。で、何の用だね」


「あなたを殺しに来た」

「ほう……」


 老人は慌てるでもなく、ゆったりとした柔らかい物腰でニタリと笑った。


「この儂を殺すと。それでどうするつもりだ。この儂を殺したところでどうにもならんぞ。我々は、儂らは『永遠の命』を手に入れななければならぬのだからな。トールからは吸血した人間は吸血鬼になるが、意識は無く、ゾンビのように放浪するだけ。だから、意識ある吸血鬼を生み出すことが出来れば、今後更に我々の研究材料が――――」


「黙れ」

「ん?」

「黙れと言った」


 カーミラは唇をわなわなと震わせ、


「そうやって、人を実験動物みたいに扱って。その人の人生を狂わせて。自分の野望しか見えていない。私は、私はそんなあなたが大っ嫌いなのよ!!!! あんたたちのせいで私の妹がどれだけ苦しい目に遭ったか」


「それは、ルーシーくんは貴重な被験体だからね。この数千年の間、食人鬼なんて一度も生まれてこなかった。それも、所々我々吸血鬼と共通している特徴はあるが、進化している部分もある。その最もたる部分は、太陽の克服だ。いやぁ、これには驚いた。まさか、太陽を克服できるとは。これで、日中も活動することが出来る。実験を行うことが出来る」


「そんなの、そんなの自分の為じゃない!! 他の人のことなんて微塵も考えていないじゃない。ルーシーのことなんて何一つとして考えていないじゃない」


「“永遠の命”の為なら多少の犠牲はやむおえんだろう。分かっておるよ。この願いが叶わないということは。この願いが儂の妄想だということは。でも、儂もいい加減分かってきておるのだ。自分は唯この力に固執しているのだと。死ぬことが怖いのだと。だから、儂は執着してしまう。死は怖い。恐れているのだ。死を。どこの世界に行くのか分からぬから。いままで自分が築いてきたものが崩れてしまうことを恐れているのだと。しかし、お主らを見て儂は気付いたのだ。儂は単に人を信用をしていなかっただけなのだと。儂の心は孤独だったのだと。死を恐れるとは、失うことを恐れる事。失うことを恐れることは、孤独を感じている時なのだと。儂はお主らに任せよう。この後、この城を、研究をどうするかはお主らで決めろ。子孫を儂は信じよう」


「そう。それでも、貴方が犯した罪は消えない。私は妹を苦しめた元凶である貴方を許さない」

「それでよい。許さなくても良い。許されるとも思っておらぬ。ただ、自分の罪深さを受け入れただけだ。さあ、殺せ」


 カーミラは地面にルーシーを下ろし、鞘から剣を抜き、始祖に近づく。


 剣を構え、突き刺そうとした瞬間、


「だめぇぇぇぇぇ!!!!」

 剣は胸を貫かず、寸止めで終わった。

「なん……で。何で止めるのよ。ルーシー!!」

「だって、お姉ちゃん人を殺さないって言った。その人は十分に反省している。だから、殺しちゃダメ」

「なにをっ……!! この人は私たちを苦しめた元凶なんだよ。こいつさえ、こいつさえいなければルーシーは苦しまずに済んだ。食人鬼なんかにならずに済んだ。なのにっっっ!!!!」

「許したんでしょ。その人は自分の罪を受け入れている。もう、その人は『鬼』じゃないよ。おねえちゃん。だから、許してあげて。ね?」

「くっ……」


 剣を鞘に収めようとすると、

「いや、儂を殺せ。この罪を拭わせてくれぇ」


 カーミラに泣きつき懇願する始祖。

 彼をカーミラは冷ややかな瞳で見つめる。


「いやよ。ルーシーは貴方を許した。だから、貴方も許す。だけれど、だからと言って貴方の罪が、今まで殺された人々の罪が消えるわけじゃない。だから、貴方は生きることが贖罪。最後まで生きることが貴方の償いよ。貴方が死にたいっているのなら、生きることが貴方の罪を償うことになる」

「そんな、そんなの生殺しだ。そんなことならいっそこの儂を殺せ。殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


「それなら!!!! 最後まで生きて見せて!! あなたは吸血鬼としてではなく、これからは人間として生きるのよ」


 そう言い残し、カーミラはルーシーを背負って部屋を出ていった。扉の鍵を外からかけ、彼が出て行かないように、出ていけないようにした。


 そう。

 血を吸わないことが彼の贖罪となる。それが、彼が吸血鬼としてではなく、『人間』として生きることの証明となるのだ。


—————————————


 もう、どれくらいの時が経ったのか分からないが、始祖がいる地下はあの時以来一度も行っていない。

 私はルーシーと共にこの城で生きている。私はルーシーの血を吸い、ルーシーは私の肉を食う生活をずっと続けている。だって、これが私たちができる罪の償い方だから。


 でも、一つだけ願いが叶うなら、普通の女の子として生きたかった。来世では、ルーシーと二人でまた双子で生まれてみたい。人間の女の子のような生活をしてみたい。


「お姉ちゃん。おーにーくー!!!!」

「あー、はいはい」


 今日も私達は平和だ。

 何の変哲もない『鬼』の日常がまた始まる。

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