<終章> 5-7 14年間の恋の行方

朝8時―


ここは高級1LDKのマンションの1室。広々とした20畳のリビングの窓から見える高層ビルを眺めながら琢磨は出勤前のコーヒーを飲んでいた。いつも出勤前に外の景色を眺めながらコーヒーを飲むのがこの部屋に越してきてから毎朝の日課となっていた。


「今日もいい天気だな・・。」


青空を眺めながらソファに座って出勤前のコーヒーを味わっていると、突如目の前の楕円形ガラステーブルの上に置かれたスマホに着信が入ってきた。


「珍しいな・・・こんな平日の朝に電話なんて・・。」


いぶかし気にスマホに手を伸ばした琢磨は着信相手を見て驚いた。それはアメリカにいるはずの翔からだった。


「え・・・?翔・・?」


(何だ?ひょっとして・・日本に帰ってきているのか?)


琢磨はスマホをタップすると電話に出た。


「もしもし・・・。」


『おはよう、久しぶりだな。琢磨。」


「何だよ、翔。いきなり電話を掛けてきて・・・ひょっとして日本にいるのか?」


『ああ、そうだ。2日前に日本に来て、これからアメリカに帰る。』


「それは・・・随分急な話だな?何か日本であったのか?」


『ああ、そうだ。緊急事態があったんだよ。』


何となく思わせぶりな翔の口調に琢磨は言った。


「何だよ、その緊急事態って言うのは。」


『・・・俺は失敗した。』


「失敗・・・?仕事で何かミスでもしたのか?それで日本に戻って来ていたのか?もしかして・・愚痴でも聞いて欲しくて俺に電話をかけてきたのか?」


琢磨はコーヒーに手を伸ばした。


『フッ・・・・。』


すると受話器越しから翔の鼻で笑う声が聞こえた。


「おい、翔。お前・・今鼻で笑ったな?・・・相変わらず朝からイラつかせる奴だな?早く言えよ。」


翔の態度にイラついた琢磨は溜息をつきながら言う。


『ああ・・・俺の偽装婚が会長にばれていた。昨日蓮の親権を失って朱莉さんと離婚が成立した。そして俺は次期社長の座と朱莉さんを修也に奪われた。』


淡々と語る翔の言葉に琢磨は耳を疑った。


「・・・は?何だって・・・翔。今、何て言ったんだ?」


『ああ・・・そう言えばお前も朱莉さんの事が好きだったよな?でも・・・残念だったな。もう潔く諦めろ。今朝修也が会長に会いに家に来たんだよ。朱莉さんと結婚させて欲しいって。会長は勿論喜んでいたよ。修也は会長のお気に入りだったからな。しかし・・・まさか離婚が成立した直後に・・修也が・・朱莉さんと結婚だなんて・・。』


受話器越しから翔の悔しそうな言葉が聞こえてくるが、もはや琢磨はそれどころではなかった。朱莉が結婚するなんて話を聞かされて冷静でいられるはずがない。


「お、おい・・・っ!どういう事だ!翔っ!」


琢磨は電話越しに怒鳴りつけた。


『うるさい、琢磨。電話越しで怒鳴るな。耳が痛いだろう!・・・ふん。その様子だと・・琢磨。お前・・何も聞かされていなかったんだな・・。最も昨夜の事だから知らないのも無理はないか・・。いや、所詮その程度の関係だったって事か?お前と朱莉さんは・・。』


どこか喧嘩口調の翔の言葉に琢磨のイライラはさらに募ってくる。


「おい・・翔。お前、まさか・・俺に喧嘩を売ってるのか?」


琢磨はすっかり冷めて生ぬるくなったコーヒーを一気に口の中に流し込んだ。


『喧嘩を売る・・・?悪いが、そんな余裕はなくてね。俺は今後の身の振り方を色々考えなくちゃいけないって言うのに・・。でも、俺はもう終わった。・・すまなかったな。琢磨・・・お前を巻き込んでしまって・・お前の人生も俺は変えてしまったな。』


珍しくしんみりした口調になった翔。


「え・・?翔・・・?」


『とにかく俺は今からアメリカに帰る。数年は日本に戻ってくることはないだろう。全て失ってしまった俺は・・・日本に未練はないからな。』


「翔・・・。」


琢磨は何と言えば良いか分からなかった。いや、そもそも翔に気の利いた言葉を掛ける余裕すら持ち合わせていなかった。


『朱莉さんの事を詳しく知りたければ、本人か修也に尋ねるんだな。修也の連絡先は知っているんだろう?それじゃ元気でな。』


「あ、ああ・・・翔も元気で。」


それだけ答えると、電話は切られた。琢磨は力なくソファの背もたれに寄り掛かると溜息をついた。


「う・・・嘘だろう・・?」




同時刻―


朝食を食べ終えた朱莉は食器の後片付けをしていた。するとテーブルの上に置いてあるスマホに着信が入ってきた。電話の相手は修也からだった。朱莉の顔に笑みが浮かび、すぐにスマホをタップした。


「もしもし。」


『おはよう、朱莉さん。』


「は、はい。おはようございます。修也・・・さん。」


朱莉は顔を赤らめながら応対する。


『アハハ・・もう僕に敬語は使う必要ないよ。普通に話してくれればいいから。だって・・僕たちはもう恋人同士なんだから。』


修也の優しい声が聞こえてくる。


「こ、恋人・・・。」


ますます朱莉の顔は真っ赤になる。


『そう、恋人だよ。・・あれ?そう思っていたのは僕だけかな?』


「ううん、そ、そんな事無い・・・わ。修也さんは・・・私の・・・大切な恋人・・だから・・。」


朱莉は真っ赤になりながらも何とか言う。


『・・ありがとう、朱莉さん。ごめんね・・・今朝は黙っていなくなって。』


「そんな事気にしないで・・。だって修也さん、メモを残して行ってくれたじゃない。」


『うん。どうしても会長に報告したいことがあってね・・。』


「え・・・?会長に・・?」


『その前に・・・朱莉さん。聞いて欲しいことがあるんだ。』


「う、うん。何?」


『こんな・・・電話越しで言うのも何だけど・・・今すぐに気持ちを伝えたくて・・。』


修也の照れた声が聞こえてくる。


「え?今すぐに・・・って・・?」


(ま、まさか・・・。)


朱莉の心臓がドキドキと高まってくる。


『朱莉さん。僕は貴女を愛しています。どうか・・僕と結婚してください。』


「!」


その言葉を聞いた朱莉の目に見る見るうちに涙がたまる。


『返事・・・今すぐ聞かせて欲しいんだけど・・・。』


遠慮がちな修也の声。


「は、はい・・・。喜んで・・。こちらこそ・・・よろしくお願いします・・。」


朱莉は涙声で返事をする。


『え・・?朱莉さん。ひょっとして泣いてるの・・・?』


「だ・・だって、う・嬉しくて・・・。」


朱莉は零れ落ちる涙をぬぐいながら言う。


『あ~・・・やっぱり電話越しで言うんじゃなかった・・・。』


修也の溜息をつく声が聞こえてきた。


「え・・?修也さん・・?」


『ぐずぐずしていたら・・・朱莉さんを他の誰かに取られてしまう気がして・・・。だって・・僕は14年間も朱莉さんを好きだったから・・・。』


すると朱莉もクスリと笑って言う。


「修也さん・・・私も・・・ずっと貴方が好きでした。14年間・・忘れた事はありませんでした。」


『朱莉さん・・。実は会長には朱莉さんと結婚させてくださいってお願いしに行ったんだ。』


「!」


朱莉は息を飲んだ。


『もちろん、会長は快諾してくれたよ。僕は・・すぐにでも朱莉さんと結婚したい。』


「はい・・私も・・・。」


朱莉はスマホを耳に押し当てた。


『なら・・・これから忙しくなるね。まずは僕と朱莉さんのお母さんに挨拶をしに行かないと。驚かれるかもしれないけど・・きっと喜んでくれるはずだよ。それに・・朱莉さんにも色々報告しておかないといけない人たちがいるんじゃないかな・・?』


修也の言葉に朱莉の脳裏には3人の顔が脳裏に浮かんだ―。











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