<終章> 5-6 6年分の真実
翌朝―
スーツを着込んだ修也はまだベッドの中で眠っている朱莉をじっと見つめていたが・・。
修也は身をかがめ、眠っている朱莉にキスをした。
「朱莉さん・・行ってきます。」
そして修也は静かにマンションから出て行くと駐車場へ向かい、車に乗り込んだ。時刻は午前6時。
修也はある場所へ向けて車を走らせた―。
カーテンの隙間から眩しい太陽の光が差し込み、朱莉の顔を照らした。
「う・・ん・・。」
朱莉はゆっくり、目を開けて部屋の中をキョロキョロ見渡した。
「え・・?修也さん?」
朱莉はベッドから起き上がったものの、修也の姿は何所にもいない。代わりにベッドサイドにメモが置かれていた。
『おはよう、朱莉さん。これから仕事に行く前に大事な話があるので会長の所へ行ってきます。目が覚めた時傍にいなくてごめんね。 愛してるよ。』
「修也さん・・。」
朱莉は頬を染めてメモを握りしめるのだった―。
港区南麻布の鳴海家の邸宅―
「何だ、修也。まだ7時半だと言うのに、こんな朝早くから尋ねて来るとは。」
明るい日差しの差す書斎で窓の外の庭の景色を眺めがながら猛は言った。庭では翔が蓮と一緒に池の鯉に餌を上げている。
「はい、僕と朱莉さんの事です。」
修也は背中を向けている猛に語る。
「ほう・・・朱莉さんとの事か?」
猛は振り返った。
「はい・・。僕は朱莉さんの事を愛しています。・・こんな翔との離婚直後で不謹慎かもしれませんが・・彼女と結婚したいと思っています。」
さぞかし驚かれるだろう・・修也はそう思っていたのだが、猛は平静を装っている。
「あの・・・会長・・?」
「それで・・・いつだ?」
「え?」
「いつ2人は式を挙げるんだ?いや・・式は後でも構わないか。先に入籍だけでも済ますか?蓮の事もあるしな。」
猛は意味深な笑みを浮かべながら言う。
「え・・?か、会長・・・?いいんですか・・・?」
修也は戸惑いながら尋ねた。
「いいも何も無いだろう?朱莉さんはとても気立ての良い素晴らし女性だ。蓮の事もあんなにいい子に育ててくれて。はっきり言って翔には勿体ない女性だと初めて会った時から思っていたんだ。修也、お前とだったら・・・きっとお似合いだっただろうなって。」
猛の言葉に修也は驚いた。
「ま・・まさか・・・会長はこうなることを全て見越して・・・僕を呼び寄せたのですか?」
「さあ・・どうかな・・?」
猛は修也を振り返ると、書斎のデスクへと向かった。そしておもむろに引き出しを開けると茶封筒を取り出し、修也に差し出した。
「え・・?これは・・?」
修也は首を傾げると猛は言った。
「読んでみるといい。」
「は、はい・・・。」
修也は茶封筒から書類を取り出し、目を見張った。それは朱莉と翔の契約結婚についての書類だったのだ。
「え・・?か、会長。これは・・・。」
すると猛はニヤリと不敵に笑うと言った。
「全く・・・翔も明日香も愚かだ。こんな事をして私の目をごまかせるとでも思ったのだろうか?ここは鳴海グループだ。全ての実権を握るこの私を騙せると思ったこと自体愚かだと思わないか?」
「会長は・・・全て知っていたんですね・・?契約婚の事も始めから・・。では何故今まで傍観していたのですか?」
「朱莉さんの身辺調査で、彼女が素晴らしい人格者だと思ったんだ。翔にしては良い女性を選んだと思ったよ。だから期待したんだ・・。朱莉さんが翔を変えてくれるのではないかと・・・。でもまさか翔が明日香に見限られるとは思わなかったがな。これも朱莉さんのお陰か?だが・・結局翔は変われなかった。お前の事を見下し・・・最後までこの私を騙そうとした。そんな人間に鳴海グループも・・蓮も、朱莉さんも託せないだろう?」
淡々と語る猛。
「本当は・・・契約婚終了までは様子を見ようと思ったが・・・まさか明日香があんな行動に出るとは思わなかった。・・やはり一応は母親だったのだな。突然母性に目覚めるとは・・だからと言って朱莉さんと蓮の親子関係を勝手に崩すような真似は許されない。戸籍上は朱莉さんは蓮の息子になっているのだからな。だから私から全てを終わらせる為に動いたのだ。」
そして猛は窓の方を振り向くと、庭にいた蓮が猛と修也に気付いて笑顔で手を振る。
「ほんとに蓮は可愛いなあ・・・。」
猛は目を細めて蓮に手を振るが、翔は修也の姿に気付き・・・顔を歪めた。
「翔・・・。」
修也はポツリと呟いた・・・。
「どうした?修也。俺の哀れな姿を・・最後に見る為にわざわざここへやって来たのか?」
庭の池を前に翔は憎しみを込めた目で修也を見る。以前までの修也は・・この目で見られると、どうしようもない引け目を感じていたが、今の修也はもう違う。
「いや、違うよ。会長に会いに来たんだよ。」
堂々と翔の目を見据えると言った。
「会長に?次期新社長として挨拶に来たって訳だ?」
嫌味を込めた言い方で翔は修也を見た。
「そうじゃない。朱莉さんと結婚させて下さいってお願いに来たんだ。」
「な・・何だってっ?!お前・・いつの間に・・っ!」
翔は修也の襟首を掴んだが、修也はその手を払いのけた。
「・・・!」
翔は修也の初めて見せる強気な態度に驚いた。
「翔・・・僕はね・・ずっと前から朱莉さんが好きだった。高校時代からね・・途中で朱莉さんが居なくなってしまった時は必死で彼女の行方を探したけど・・僕には見つける事が出来なかった。」
「何・・・?お前が朱莉さんと高校時代からの知り合い・・・?一体どういうことだ?」
翔には訳が分からなかった。そんな翔を見て修也は溜息をついた。
「やっぱり・・・何も気が付いていなかったんだね。翔は・・。高校時代、翔が僕に自分の代わりに個人レッスンを付けてくれと言った相手こそ・・朱莉さんだったんだよ。」
「な・・・何だって・・・?!朱莉さんはそれを知っていたのか?」
「当然じゃないか・・・。朱莉さんの初恋の相手は・・翔。君だ・・・って言いたいところだけど、君に変装した僕だったんだよ。最も当時の朱莉さんは僕が翔のフリをしていた事なんて知りもしなかったけどね。」
「そ、そんな・・まさか・・。」
翔はよろめいた。
(まさか・・・朱莉さんは始めから俺の事を知っていたなんて・・・それなのに俺は朱莉さんに酷い事ばかりして・・傷つけてしまった・・。馬鹿だな・・これじゃ朱莉さんに捨てられて当然じゃないか・・・。)
そこで、翔はある事に気が付いた。
「待てよ・・修也。確か女子高生は重度の金属アレルギーで病院に運ばれたんだって言ってなかったか?あれは朱莉さんの事だったのか?!」
「そうだよ。だから・・・傷ついただろうね。翔から金属製の腕時計をプレゼントされた時は・・・。」
「くそっ!」
翔は近くに生えていた松の木を思い切り殴りつけた。
「ハハハ・・・馬鹿だな・・俺は・・・。」
力なく笑うと修也を見た。
「修也・・俺は・・・お前が鳴海の姓を名乗っていなかったから・・ずっと見下してきたんだ。それこそお前は俺の影のような存在だと思って生きていた。」
「・・知ってるよ。」
「だが・・それは俺の思い込みだったんだな。本当の影は・・この俺だったと言う事か・・。俺は社長の座をお前に奪われただけでなく・・・朱莉さんも奪われてしまったって事か・・。」
「・・・僕には社長を務める気は無かったよ。朱莉さんについては・・・諦めたくは無かったけどね。でも・・もう大丈夫。朱莉さんの気持ちは・・確認出来たから。」
その言葉に翔は顔を上げた。
「修也っ!お前、まさか朱莉さんと・・・・?!」
「・・・。」
修也は何も答えない。けれど、その表情から翔は全てを悟った。
「そうか・・・そう言う事か・・・。」
そしてがっくりと肩を落とすと修也に言った。
俺の負けだと―。
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