4-8 相談
「こんにちは。朱莉さん。」
修也が朱莉の住むマンションへ到着した頃にはすでに朱莉はエントランスホールへと出ていた。
「こんにちは、各務さん。昨日はいろいろとお世話になりました。」
朱莉はペコリと頭を下げた。朱莉の今日の服装はストライプ柄のブラウスに膝下丈のベージュのスカートに茶色いローヒールという恰好だった。
「あの・・・どちらに出掛けるのか分からなかったので・・わりとラフなスタイルで来たのですけど、各務さんを見て安心しました。」
「え?」
修也は訳が分からず首を傾げた。すると朱莉は言った。
「各務さんもラフな格好をしているので、かしこまった場所に行くわけではないんですよね?」
「ああ・・そうですね。実は僕自身、どこへ行こうか全く考えていなかったので・・・。そうだ。天気もいいことだし・・上野公園にでも行ってみますか?」
「上野公園・・・いいですね。行ってみたいです。」
「それじゃ、さっそく行きましょう。上野公園なら車でもここから30分以内に行けるので、お母さんの面会には余裕で間に合うはずですから。」
「そうなんですね。それならお昼ご飯も食べて行けますね。」
「勿論ですよ。さ、それじゃ朱莉さん。乗って下さい。」
修也は笑顔で助手席のドアを開けると朱莉に声を掛けた。
「は、はい・・・ありがとうございます。」
朱莉が助手席に乗りこむと修也はドアを閉め自分も車を回り込んで運転席のドアを開けると車の中に乗り込んだ。
「それじゃ、出発しますよ。」
シートベルトを締めた修也が朱莉に声を掛けた。
「はい。よろしくお願いします。」
そして修也はエンジンをかけるとアクセルを踏み込んだ―。
その頃、航は女子高生の娘を持つ父親からの依頼で上野公園を手を繋いで散歩している2人のカップルを尾行していた。
「全く・・・過保護な父親だな・・。娘のデートを尾行しろって・・。」
航は溜息をつきながら、前方10m程先を歩く若い男女をつけていた。
「しかし・・・あれで本当に高校生か・・?化粧は濃いし、イヤリングはしてるし、髪は染めてるしな・・・って俺も染めてるから人の事は言えないが・・・でも相手の男が大学生なら、多少は心配するのも当然か・・・。」
依頼主は女子高生の父親。コンビニ業界を経営し、高齢になって生まれた一人娘。そして娘の交際相手は大学4年の21歳の若者。娘のデートの様子を2人が別れるまで見届けて欲しいとの依頼内容なのである。
「まあ・・・こんなんじゃ心配するなって言う方が無理かもな。」
航は2人との距離を取りながら尾行を続けていたが、やがて手を繋いだ2人は公園内に併設されているカフェへと入って行った。
「食事でもするのか・・・?」
航も気づかれないように店内へ入ると、2人はそれぞれカウンターで何か注文をしていた。なので航も注文カウンターへと並び、ホットドックとコーヒーを注文すると2人に姿が見られないように距離を開けた席に座り・・衝撃を受けた。
(え・・?あ・・朱莉じゃないか・・・っ!)
何と航が座った席の斜め左側の窓際の席に朱莉が座っていたのだ。そして朱莉の向かい側には航に背を向ける形で座っている男性がいる。
(まさか、デートなのか?!朱莉・・・お前・・一体誰と一緒に来てるんだよ・・!)
航はもう朱莉の事が気になって気になって仕方が無かった。だが、あいにく航が今回見張らなけれければならない対象者は女子高生と男子大学生である。そして2人は朱莉たちとは反対側の席に座っていた。
(だ、駄目だ・・・っ!今は仕事に集中しないと・・!)
航は必死になって自分に言い聞かせ、朱莉から目をそらせると対象者の様子をじっと観察している内に、先に席を立ったのは対象者であるカップルの方だった。
(え・・?嘘だろう?もう席を立つのかよ・・・。だが、今は仕事に集中いけないし・・仕方ないな。)
航は観念して立ち上がった。そして、せめて朱莉と一緒にいる男の顔だけでも見ておこうと思って、店を出る際に思い切って朱莉が座っているテーブル席を振り返った。
そこで航の目に飛び込んできたのは、笑顔を見せている修也の姿であった。
(あ、あいつは・・・以前、映画館で出会った男じゃないかっ!)
航の今の場所からは朱莉の後ろ姿しか見えないが、朱莉の肩が揺れている。それはまるで笑っている後ろ姿にも見て取れた。
「朱莉・・・お前・・その男の事が・・好きなのか・・?」
気づけば航はポツリと呟いていた―。
「どうでしたか?朱莉さん。先ほどのプラネタリウムは?」
食後のコーヒーを飲みながら修也は朱莉に笑顔で尋ねた。
「はい、とても迫力があってすごかったです。いつか蓮ちゃんを連れてきてあげたくなりました。実は明日香さんてプラネタリウムが好きなんですよ。それで蓮ちゃんの事もたまに連れて行ってあげているんです。」
朱莉はカフェオレを飲みながら修也に楽しそうに話している。
「そうなんですか。蓮君は天体にも興味があるんですね。」
修也は穏やかに言うと、空になったコーヒーカップをカチャリとテーブルの上に置くと言った。
「朱莉さん・・実は今日、朱莉さんを誘ったのは・・大事な話があったからです。」
「大事な話・・?」
朱莉は首を傾げた。
「はい、そうです。実は・・話というのは会長のことなのですが・・・。」
「え・・・?会長の事・・?」
「はい。会長は・・朱莉さんと翔が本当は契約結婚と言う事を知らないんですよね?」
「は、はい。そのはずですが・・?」
「そうですか・・・。でも、これは僕の勘ですが・・ひょっとすると朱莉さんと翔の契約結婚の事、会長は気づいているかもしれません。」
「え・・?」
朱莉は耳を疑った。何故なら朱莉と会長は今迄にも顔合わせをしたことがあるが、一度も朱莉と翔の関係を疑っているような素振りを朱莉は見たことが無かったからだ。
「ま、まさか・・・。」
朱莉はそんな話を信じたくはなかった。だが・・・。
「各務さんは・・会長の事・・良くご存じですよね?何故・・そのように思ったのですか?」
「朱莉さんは昨日の蓮君の話、覚えていますよね?蓮君が会長に一緒に暮らさないかと誘われて話・・・。」
「は、はい・・・。」
「会長は意味のない言動や行動は絶対に取らない方です。何も問題が無ければ、わざわざ蓮君を引き取ろうなどとしないはずです。恐らく・・・翔が突然アメリカに行かされたのも・・明日香さんが現れてから日本に帰国して・・会長職を引退すると話したのも・・・ひょっとすると蓮君を自分の手元に養子として引きとる為なのではないかと思うんです。」
「え・・・?」
朱莉はその話を聞いて、全身から血の気が引く思いがした。
「朱莉さんなら良く分かりますよね?明日香さんと翔が完全に破綻していることを。あの2人は・・もう元の関係には修復できないと思います。そんな壊れ切った環境で蓮君をあの2人で育てる事は無理だろうと会長は思っているかもしれません。だったら・・いっそ蓮君を自分の養子に迎え入れて、自分の手元で育てようと思っているかもしれません。会長は・・蓮君をとても気にいっていますし。」
「そんな・・私は・・・どうすればいいのでしょう・・?」
朱莉の立場は弱い。反論する権利は一切無いのだ。
「朱莉さん・・・。僕は昨夜、翔に電話を入れて会長に朱莉さんと翔の契約婚の事や・・蓮君の事をどこまで知っているのか聞くつもりだと言ったんです。」
「え・・?!」
「でも・・その前に朱莉さんに相談しようと思い・・会長に尋ねるのはとりあえずやめることにしたんです。」
「各務さん・・・。」
「朱莉さんは・・どうすればいいと思いますか?会長に話を聞いてもいいですか?」
修也は真剣な目で朱莉を見つめた―。
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