4-9 それぞれの葛藤

 午後5時―


朱莉は母の面会に病院へ来ていた。


「・・・。」


朱莉は黙ってリンゴの皮をむいている。


「朱莉?」


「・・・。」


「朱莉、どうしたの?」


何度目か母に呼び掛けられて、朱莉はハッとなった。


「あ、ごめんね。お母さん。リンゴ今剥いてるから・・・。」


言いかけて朱莉はリンゴを見て唖然とした。何とリンゴの皮をむいているつもりが、気付けば半分近く身の部分まで剥いてしまっていたのだ。


「あ・・・。」


朱莉はそのリンゴを見て、顔が真っ赤になってしまった。そして母が笑う。


「フフフ・・・どうしたの、朱莉。貴女らしくも無いわね・・・何か考え事でもしていたの?」


「う、ううん。そんな事は・・・ちょっとぼーっとしちゃって・・ごめんね、お母さん。」


すると母が言った。


「朱莉、もしかして疲れているんじゃないの。今日はもう帰っていいわよ。」


「だけど・・1週間に一度しか来れないのに・・。」


「そんな事ちっとも気にしなくていいのよ。私の事はもういいから、今日はもう帰りさない。」


「うん・・ごめんね。お母さん・・・。」


朱莉は立ち上がると、折り畳み椅子を畳んで窓際の奥へと片付けた。


「それじゃ、お母さん・・・また来週来るからね?」


朱莉はショルダーバックを肩に下げると言った。


「ええ。分ったわ。気を付けて帰るのよ?」


「うん、又ね。」


そして朱莉は病室を出た。その後ろ姿を見送ると朱莉の母の顔は心配そうだった


(朱莉・・・また何か悩み事があるのね・・・。相談してくれればいいのに・・でもきっと私には話せない内容なのでしょうね・・・。各務さん・・どうか・・朱莉の助けになってあげて下さい・・・。)


朱莉の母は願うのだった―。



 結局、朱莉は修也の話に返事をする事が出来なかったのだ。

会長に尋ねる・・・それをすれば、今の生活が全て終わってしまうような気がしてならなかった。朱莉は今の快適な暮らしを手放す事には何の未練も無かった。

だが、心の準備も無しにいきなり蓮と引き離されてしまうかもしれない・・・それが何よりも朱莉にとっては辛い事だったのだ。

 

「私は・・一体どうすればいいの・・・?」



朱莉は運転する車の中でため息をつくのだった―。




「本当にお前っていつも突然呼び出すな。」


お座敷席に座った琢磨がため息交じりに言う。

琢磨は航に呼び出されて、2人は今上野の居酒屋に来ていた。この店は全国規模で展開されている居酒屋で時間も17時という早目の時間帯のせいなのか、小さい子供を連れたファミリー層も多く来店している。

 

「どうせ暇なんだろう?ちょっと位付き合ってくれてもいいじゃないか。」


航は言いながら、メニュー表をぺラリとめくると言った。


「え・・・っと、まずは枝豆と冷ややっこと焼きなすに鶏のから揚げに山芋焼き・・後はとりあえずビールかな。琢磨、他に何か頼みたいメニューあるか?」


「いや、俺もそれでいい。足りなければ後で追加すればいいしな。」


琢磨はメニューを見る事も無く言った。


「そっか・・・。」


航は溜息をついてメニューを閉じた。そしてすぐに卓上にあるタブレットに手を伸ばし、慣れた手つきで注文していく。そして全てのメニューを注文すると再びため息をついた。


「何だよ・・・随分元気が無いな。やっぱりアレか?元カノが実家に帰って寂しいと思っているのか?」


「そんなんじゃねーよ。冷たい人間と思われるかもしれないが・・・俺は美由紀には何の未練も無いからな。」


「そうか・・それじゃ何でそんなに落ち込んでいるんだよ。」


琢磨は航をじっと見ると尋ねた。


「実は・・・朱莉が・・・。」


「何?朱莉さんがどうしたんだ?」


朱莉の名前を聞いて琢磨が身を乗り出した。


「朱莉が・・またあの男とデートしてたんだ・・・。」


航が悔しげに言う。その時にタイミングよく、店員が現れた。


「お待たせいたしました。」


そして次々とオーダーしていたメニューをテーブルの上に並べていく。


「ありがとうございました。」


店員はお辞儀をするとその場を下がった。


「おい、琢磨。とりあえず・・・飲もうぜ。そしたら話すから。」


航は生ビールの注がれたジョッキを持つと言った。


「あ、ああ・・・そうだな。」


「「乾杯。」」


カチンと静かにジョッキを打ち付けた2人は無言でビールを飲む。琢磨はゴクゴクと3口ほど飲んでテーブルの上にジョッキを置いたが、航はグイグイと飲み干している。


「おい・・・大丈夫かよ・・そんなに一気に飲み干して大丈夫なのか?」


琢磨が心配そうに声を掛けるが、それでも琢磨は無言で飲み続け・・ついにジョッキを一気飲みしてしまった。


ドンッ!


空になったジョッキを勢いよくテーブルの上に置くと航が言った。


「朱莉・・・やっぱりあいつが好きなのか・・?」


航が悔しそうに言う。


「おい、航。あいつって誰なんだ?まさか・・・各務修也の事か?」


「ああ、そうだ。各務だ。俺は今日仕事で上野公園に行ってたんだ。そして尾行していた対象者がカフェに入ったから俺も中に入ったら・・朱莉がいたんだよ。あの男と一緒に・・・あれは絶対にデートに違いないっ!」


「そんな・・。」


琢磨は壁に力なく寄りかかる。


「あんな後から出てきた奴に・・・朱莉を取られるくらいなら、まだ琢磨に譲ったほうがましだよ。お前・・今日は休みだったんだろう?一体何やってたんだよ!」


航は一気飲みしたせいなのか酔いが回ったらしく、ジロリと琢磨を睨み付けた。


「おい・・お前、完全に酔っているな?大体、今朱莉さんは蓮と一緒に住んでるんだぞ?しかも朱莉さんの隣には明日香が住んでるって言うし・・・気安く朱莉さんを誘えるはずは無いだろう?それに・・・まだ一応書類上は翔の妻なんだから・・。」


琢磨は最後の方はしりすぼみの声になってしまった。


「そうなんだよ・・・俺だって・・・朱莉がまだ鳴海の契約妻だから・・多少は遠慮しているって言いうのに・・・あいつは・・。」


すると琢磨が言った。


「実は・・・朱莉さんの初恋の相手は・・・各務修也なのかもしれないんだ・・。」


琢磨が重たい口を開いた。


「え・・?!何だよ、それ・・・!」



航は琢磨に詰め寄った。


「ああ・・・分かった。今から話すが・・落ち着いて聞けよ?」


航は黙って頷く。


「実は・・・。」


そして琢磨は朱莉から聞いた高校時代の話をし始めた―。




「そんな事が・・・あったのか・・。」


航は唐揚げに手を伸ばしながらポツリと言った。


「ああ、そうだ。でもこれは・・あくまでも俺の勘だけどな。何せ各務修也とはあまりまだ面識が無いんだ。込み入った話はしたことが無いんだよ。」


琢磨は山芋焼きを口に運びながら言う。


「何せ、あいつは翔にそっくりなんだ。可能性はあるだろう?」


「だとしたら・・もう終わりかも知れない・・。」


航は頭を抱えた。


「え・・?何だよ、何が終わりだって言うんだ?」


すると航は顔を上げて言った。


「実は・・以前に朱莉たちと千葉のキャンプ場で宿泊したことが合った時に、蓮に聞いたんだよ。修也って男が朱莉さんの事を好きだって言ってたって・・。」


すると今度は琢磨が青ざめる番だった。


「おい・・その前にちょっといいか?」


「何だ?」


「まずはその・・・キャンプ場に宿泊したって話を詳しく聞きたいんだけどな・・・。」


琢磨が引きつった笑みを浮かべながら航を見る。



 こうして男2人はこの夜、ますます深酒にはまっていくのだった―。


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