4-7 蓮の微妙な変化
翌朝8時―
ピンポーン
朱莉のマンションのインターホンが鳴らされた。その時、ちょうど蓮は朝ごはんを食べ終えた頃の時間だった。
「あ、きっと明日香ちゃんだ。」
「ええ、そうね。」
「僕がドアを開けてくるよ!」
蓮はダイニングテーブルの椅子から降りると玄関へ向かって駆けだして行った。
ガチャリ
蓮がドアを開けるとやはりそこに立っていたのは明日香だった。真っ赤なTシャツにジーンズ、スニーカー姿とスポーティーな姿をしている。
「おはよう、蓮。」
明日香は笑顔で蓮に挨拶をした。
「うん、おはよう。明日香ちゃん。うわあ・・・明日香ちゃん。今日の服装すごく格好いいね。」
「そう?ありがとう?」
明日香がにっこり笑うと、奥から朱莉が出てきた。
「おはようございます、明日香さん。」
「ええ、おはよう。朱莉さん。」
朱莉は明日香の姿を見て尋ねた。
「明日香さん、今日は蓮君とどちらへお出かけされるんですか?」
「ええ、実はねえ・・・遊園地に行ってみようと思ってるのよ。」
「本当?!遊園地?行きたい行きたい!どこへ行くの?」
蓮は大喜びで手を叩いた。
「浅草花やしきへ行こうかと思ってね。」
「まあ、花やしきですか?それは面白そうですね。」
朱莉が言ったその時。
「だったらお母さんも一緒に行こうよ。」
蓮が朱莉の手を握り締めると言った。
「蓮ちゃん・・!」
朱莉は驚いた。今まで蓮は一度も朱莉に一緒に行こうと誘った事は無いのに、何故今朝になってそのような事をいうのだろうか?
朱莉は慌ててチラリと明日香を見ると、明日香はじっと蓮の顔を見つめている。でもその顔はどことなくいつもとは様子が違って見えた。
(いけない・・・明日香さんにこれでは悪いわ。)
だから朱莉はとっさに言った。
「ごめんね。蓮ちゃん。お母さんはお祖母ちゃんの面会に行って来なくちゃならないの。他にも色々おうちの用事があるから、明日香さんと2人で遊園地に行ってきてくれる?」
するとそれを聞いた蓮の瞳が一瞬寂し気に揺れたが、次の瞬間笑顔になっていた。
「うん。分かったよ、それじゃ明日香ちゃんと2人でお出かけしてくるね。」
明日香もその様子に安堵したのか、笑みを浮かべると言った。
「蓮、それじゃすぐに行こうか?」
そして蓮に手を差し伸べる。
「あの、では蓮ちゃんの荷物を・・・。」
すると明日香が言った。
「ああ、それなら大丈夫よ。蓮の為の荷物は全部用意してあるから。蓮はこのまま出ればいいわ。」
「え・・・?ええ、分かりました・・?」
朱莉は首を傾げながらも返事をした。
(どうしたのかしら・・明日香さん。いつもならそんな事しないのに・・。)
すぐ出れると言われた蓮は靴を履くと朱莉を見た。
「それじゃ、お母さん。行ってきます。」
「はい、行ってらっしゃい、蓮ちゃん。明日香さん、よろしくお願いします。」
「ええ、大丈夫よ。それじゃ行ってくるわね。」
そして明日香は蓮の手をつなぐと、さっそうと玄関を出て行った。
「ふう・・・。」
明日香と蓮がマンションを出た後、朱莉は朝食の食器の後片付けを始めた。そして全ての食器を洗い終わるとリビングへ足を向けた。
そこには朱莉がミシンで仕上げた蓮の為の手作りリュックが置いてある。朱莉が1週間以上時間をかけて作った魚の絵柄の可愛らしいデザインで開閉はファスナー形式。ちゃんと肩当て部分も作ってある。両サイドと前ポケットもついており、自分の中では今までミシンで作った布カバンでは一番の力作であった。
「このカバンを・・持たせてあげたかったんだけどな・・。」
朱莉はポツリと寂し気に呟いた。
(それにしても・・・蓮ちゃん。今朝はどうして一緒に行こうって誘ってきたのかな・・今まで一度も口にしたことが無かったのに・・。)
そこまで考えて、朱莉はあることに気が付いた。それは昨日、会長に誘われて行ったホテルの昼食会の後・・昼寝から目覚めて蓮が朱莉に言ったあの言葉・・・
《 夢の中でお母さんがいなくなっていて・・・僕、お母さんをたくさん探して・・それで目が覚めたの。 》
「蓮ちゃん・・・まさか・・私がいなくなると思って・・?」
朱莉は思わず、口に出していた―。
その頃―
リビングで食後のコーヒーを飲みながら修也は悩んでいた。深夜、翔に電話を入れて会長に直に翔達の事をどこまで知っているのか尋ねる事に決めたと言ったが、所詮自分は当事者ではないのだ。それに今翔はアメリカにいて身動きすることが出来ない。そんな状態で事を起こすのは卑怯なのではないか・・そう考え、行動を起こすことが出来ずにいたのだ。
「修也、何してるの?日曜のこんな良いお天気の日に・・まさかずっと家に引きこもっているつもり?」
洗濯物を干し終えた翔の修也の母がリビングに現れた。
「え・・?べ、別にそんなつもりじゃ・・。」
「変ね・・・。昨日は鳴海会長との食事会の後、随分意気込んで帰ってきたのに、今朝はこんな風に家の中に引き籠って・・・コーヒーなら気分転換に外で飲んでくればいいでしょう?」
「え・・?い、いや・・別に何もコーヒーなら家でも飲めるし・・・。」
そこで修也は気が付いた。
「母さん・・・ひょっとして僕は今邪魔なのかな・・?」
ひきつった笑みを浮かべながら修也は尋ねた。
「別に邪魔って事はないけど・・・実はね。今日は高校時代の同級生が遊びに来ることになってるのよ・・・。これが私の息子ですって紹介してもいいけど・・・。」
それを聞いた修也は青くなった。
「わ・・分かったよ、母さん。出る、すぐに出かけてくるから!」
修也は慌てて自室へ戻ると貴重品をボディバックに入れ、白いTシャツにジーンズ、パーカーを羽織ると部屋から出てきた。
「あら・・随分とまあ・・・・。」
「何?」
「普段着ねえ・・それじゃかしこまった場所へ行けないじゃない。」
母が残念そうに言う。
「え?かしこまった場所って?」
「それは・・・例えばおしゃれなレストランとか・・・。」
「そんなところに行くはずないじゃないか。」
修也は苦笑いしながら言う。
「それじゃ・・・・何処へ行くの?」
「う・・・ん・・公園・・とか?」
「はあ・・・・・。」
修也の答えを聞いた母は黙って溜息をつくのだった―。
結局行く当ても無いまま修也はマンションを出たが、その時朱莉の顔が頭に浮かんだ。
(そうだ、確か土日は普段は明日香さんが蓮君を預かっているから・・今はいないはずだ。朱莉さんに連絡を入れてみようかな・・。)
修也は駐車場へ向かい、自分の車に乗り込むとスマホを取り出して朱莉に電話をかけ始めた。
『はい、もしもし。』
3コール目で朱莉が電話に出た。
「おはようございます、朱莉さん。」
『おはようございます。』
「蓮君はもう出かけたんだよね?」
『はい、明日香さんと1時間ほど前に出掛けて行きましたよ。』
「ええ?!1時間前って・・8時って事ですよね?そんなに早く出かけたのですか?」
『ええ・・・そうなんです・・。』
電話から聞こえてくる朱莉の声はどことなく元気が無かった。
(朱莉さん・・・やっぱり昨日の事引きずっているのかも・・。)
そこで修也は考えた。
(そうだ・・朱莉さんに会長の事を相談してみよう。)
「朱莉さん。今日は午後からお母さんの面会ですよね?」
『はい、午後3時になったら出るつもりでした。』
「それじゃ・・まだ余裕はありますよね?実はお話したいことが合って・・・今から会えますか?」
『は、はい。大丈夫です。』
「そうですか、では今から迎えに行きますので・・その後2人でどこかへ出かけましょう。30分以内にはうかがいますので。」
『はい、分かりました。』
「ではまた後で。」
そして修也は電話を切った―。
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