3-6 怯える美由紀
朝7時―
出勤準備をしていた美由紀のスマホに電話の着信音が流れてきた。
「!」
その音に美由紀の肩がびくりと跳ね上がった。そして震えながら恐る恐るベッド前に置かれたローテーブルの上に乗っているスマホに手を伸ばし、着信相手を見た途端、絶望の色が顔にうかぶ。
(ど、どうしよう・・・・。また電話かかってきちゃった・・・。で、でも・・出ないと後が怖いし・・・。)
相手は美由紀の新しい恋人になった遠藤達也からだった。美由紀は震える手でスマホをタップすると電話に出た。
「も、もしもし・・・。」
すると・・。
『遅いっ!!』
電話越しからいきなり遠藤の怒鳴り声が響き渡る。
「キャアッ!ご、ごめんなさいっ!!」
大きな声で叫ばれたので、美由紀の耳がジンジンした。
『何でもっと早く電話に出ないんだっ?!3コール以内にいつも電話に出ろって言ってあるよなっ?!』
遠藤のイライラした怒鳴り声はますます美由紀を委縮させる。
「ご、ごめんなさい・・。あ、朝は忙しくて。そ、そんなにすぐに電話に出ることが出来なくて・・・。」
美由紀は恐怖を押さえながらも何とか話す。
『言い訳なんかするんじゃねえっ!!お前にはそんな資格は無いんだよっ!黙って俺の言う事だけ聞いてろやっ!!この馬鹿女っ!!』
「は、はい・・・ご・ごめんなさい・・。」
美由紀は受話器を離しながら、半分涙声で謝罪する。
『チッ!!』
遠藤の大きな舌打が聞こえてくる。
『美由紀、今日は俺は早番だからな。18時にお前の務めてる会社の前で待ってるからよ、1分1秒でも遅れたら承知しないからなっ!!』
「そ、そんな無理言わないで・・・。18時に終われる保証なんて・・・。」
『うるせえなっ!仕事が終わらなさそうなら仮病でも何でも使えっ!お前は俺に言われた通り、18時前に仕事を終わらせて会社を出てくればいいんだよっ!!』
「は、はい・・・。わ、分かりました・・・。」
美由紀は震えながらも返事をすると、電話はブツリと切れてしまった。
「う・ううう・・・。」
美由紀は両肩を抱えて震えながら嗚咽した。
(もういやだ・・・っ!こんな怖い思いをするくらいなら・・・彼氏なんていらない・・!ずっと1人でいた方がましだよ・・・っ!)
そして美由紀はベッドに顔を埋めると、身体を震わせながら涙した―。
17時半―
美由紀は自分のデスクのPCを前に視線をキョロキョロさせていた。一応勤務時間は17時半までと規定されているが、今日は『ラージウェアハウス』のセールの最終日で、トラブル対応の為にほぼ全ての社員が残業覚悟で居残りしている。
(駄目だ・・・こんな状況で・・・自分だけ帰るなんて真似・・・出来っこないよ・・・!!)
ギュッと目をつぶり、震えていると隣の席に座る美由紀より2年先輩にあたる女性社員が声を掛けてきた。
「ねえ、どうしたのっ?!前田さんっ!」
「あ・・・せ、先輩・・。」
美由紀は顔を上げると、女性社員は驚いた表情を浮かべた。
「ど、どうしたのっ?!前田さん。ひどい顔色よ・・・それに身体も震えているじゃないの・・・・具合でも悪いの?」
心配気に声を掛けてくる。
「具合・・・・?。」
美由紀はそこで気が付いた。
(そうだ・・!具合・・。具合が悪いから早退させて下さいって言えばいいのよっ!そうすれば遠慮なく帰ることが出来て、達也さんとの待ち合わせ時間に間に合うじゃないのっ!)
「あ、あの・・・先輩。実は・・・具合が悪いんです。だから本日は残業無理なので・・帰らせていただけませんか・・?」
美由紀は迫真の演技で隣の席の女性先輩に訴える。
「ええ、そうね。そうした方がよさそうだわ。今日はもうあがっていいわ。主任は・・・あら、いないわね?いいわ。後で私から話をしておくから。」
「すみません・・・ありがとうございます。」
美由紀は頭を下げると、てきぱきと帰り支度をはじめ・・・一瞬先ほどの女性先輩と目があってしまった。
(い・・いけないっ!具合が悪い人間がこんなに素早く動いていたら・・・怪しまれるわっ!)
そこで今度はわざとゆっくり帰り支度を始めた。そしてPCの電源を落とす頃には17時50分を指していた。
(どうしよう・・・大変っ!後10分で・・・達也さんが・・・っ!!)
美由紀はガタガタ震えながら、隣の先輩に声を掛けた。
「あ、あの・・それではお先に失礼します・・・。」
「え、ええ・・お大事にね。」
女性は心配そうな表情で挨拶を返してくれた。美由紀はお辞儀をし、バックを抱えるように持ち、そろりそろりと部屋を出た途端・・・・勢いよく廊下を走り出した。
(早く・・・早く・・・!急がなくちゃっ!!達也さんに怒鳴られるっ!!)
美由紀の部署のフロアは7Fにある。エレベーターホールに行ってみると、運の悪いことに3基あるうちの2台が点検中で稼働しているのは1基のみだった。しかも8階に上って行っている。
(そんな・・・!このエレベーターを待っていたら・・・間違いなく18時過ぎちゃうよっ!!)
美由紀は再び泣きたくなってきた。でも。ここで泣いても何も始まらない。美由紀は身を翻すと、階段へと向かった。
ハアッハアッ!
息を切らせながら階段を駆け下り、残りあと1階分迄下りてきた時にそれは起こった。
「キャアアッ!!」
あまりにも気が急いて焦っていた為に美由紀は残り3段目の階段部分で足を踏み外してしまったのだ。
ドサッ!!
数段上の高さから落ちてしまった美由紀は一瞬何が自分の身に起きたのか理解出来なかった。ただ、気づけば自分が床の上に倒れていたのだ。慌てて起き上がろうと右手を床に着いた途端に痛みが走り、立ち上がった瞬間に左足首に酷い激痛に襲われた。
「う・・・。いった・・・。」
美由紀は階段から落ちた衝撃で右手首と左足首を痛めてしまったのだ。
「どうしよう・・・これじゃ・・・もう歩けないよ・・。」
美由紀は涙目になった。その時―
「誰だ?こんなところで何をしているんだ?」
階段の上から声が聞こえてきた。慌てて美由紀が振り向くと、そこにはスーツ姿の琢磨が立っていたのだ。
「あ・・・。しゃ・・・社長っ!」
美由紀は驚いた。
(まさか・・・九条社長とこんなところで会うなんて・・・!)
独身で、イケメンの琢磨は女性社員達の憧れの的であった。日本に帰国してきたばかりだが、帰国する前から女性社員達の間で話題になっていた。
「一体、どうしたんだ?こんなところで。」
琢磨は階段を下りきりると、美由紀の前にしゃがみこんだ。
「あ、あの・・・実は階段から落ちて・・・足を痛めてしまって・・。」
「え?階段から落ちて足を痛めた・・?」
琢磨の顔が険しくなる。
「それじゃ、すぐに会社の医務室へ行こう。ほら、手を貸すから。」
琢磨は手を差し伸べてきたが、美由紀は激しくそれを拒絶した。
「い、いえっ!いいんですっ!そ、それより・・私・・早くいかなくちゃ・・・!」
美由紀は痛む足で無理やり立ち上がると、痛みに歯を食いしばりながら美由紀は足を引きずりながら歩きだす。
「え?行くって一体どこへっ?!」
琢磨は慌てて美由紀の後を追った。
「君・・・この会社の社員だろう?そんな怪我をしているのに社長としてこのまま君を返すわけにはいかないよ。」
琢磨は歩きながら美由紀に声を掛けるが、美由紀はかぶりを振った。
「い、いいえ・・・私、待ち合わせをしているんです。遅れるわけには・・・。」
「君・・。分かったよ。それじゃ。」
琢磨は溜息をつき、そのままロビーを抜けて外へ出ると駐車場目指して歩き始めたその時・・・。
「キャアアアッ!!」
背後で悲鳴が起こった―。
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