3-2 喜びと落胆
二階堂夫妻と一緒にホテルのカフェを出る琢磨の顔には笑みが浮かんでいた。3人でホテルの出口を目指して歩きながら二階堂は琢磨に言った。
「九条、随分と嬉しそうだな?」
「当り前じゃないですかっ!だって俺は一夜の過ちを犯してなかったわけですからね。あの女性の娘の父親じゃなかったんですから・・こんなに嬉しいことはないですよ。」
琢磨はウキウキしながら言う。
「しかし・・あの斉藤美和とかいう女・・相当な女だったな・・・。何せ酔い潰れて眠ってしまった男の服を全部脱がすなんて・・普通に考えたらありえないだろう?良かったな~琢磨。襲われなくて。」
二階堂は琢磨の背中をバンバン叩き、笑いながら言う。
「何言ってるんですかっ!服を全部脱がされたんですよっ?俺は・・あの女に裸にされてしまったんですよっ?!普通に考えればとんでもない・・・とんでもない話じゃないですかっ!こんなの警察に訴えたっておかしくないレベルですからねっ?!」
琢磨は顔を真っ赤に染めて興奮気味に言う。
「本当にごめんなさい・・・九条さん。もう・・これきり美和とは縁を切りますから・・どうかお許し下さい。」
静かは頭を下げてきた。
「い、いえ・・・別に静香さんが謝ることでは・・・。うん・・でもその方がよいかもしれませんね・・。」
琢磨の言葉に2人は頷くのであった―。
「それじゃ、琢磨。俺たちはこれから子供の迎えに行くから今日はここでお別れだな。」
ホテルの入り口で二階堂は琢磨に言う。
「ええ、そうですね。では月曜からまたよろしくお願いします。」
「ああ、こき使ってやるから覚悟しておけ。それで九条。お前、今日はこれからどうするんだ?」
「九条さんは朱莉さんに連絡を入れるんですよね?」
静かは笑みを浮かべながら言う。
「ええ、そうですね。当然じゃないですか。」
琢磨は隠すこともなく堂々と答える。
「お前・・・随分はっきり言いきったな?」
二階堂はからかうように琢磨に言う。
「いいじゃないですか!3年ぶりの再会なんですからっ!」
琢磨の言葉に静香が言った。
「ほら、駄目じゃない。明。九条さんをからかったら・・。それでは九条さん、失礼しますね。」
「またな。九条。」
「はい、失礼します。」
琢磨も返事をする。
そして静香と二階堂は琢磨に背を向けるとタクシー乗り場へと去って行った。
「さて・・・それじゃ朱莉さんに連絡を入れてみるか。」
2人と別れた琢磨はスマホを握りしめると呟いた。
そして、この後再び琢磨はショックを受けることになるのだった―。
その頃、朱莉は修也と一緒に家具屋に来ていた。家具屋に来ていたのは連の本棚を買う為である。明日香が隣の翔の部屋に借り暮らしをするようになってからは連日のように新しい絵本を蓮の為に持ってくるようになり、本棚がいっぱいになってしまったからである。
「各務さん、申し訳ございません。折角のお休みの日なのに買い物に付き合っていただいて。」
朱莉は申し訳なさそうに言う。
「いいんですよ。そんな事気にしないで下さい。僕の車は大きいので蓮君の本棚を買って持ち帰れますからね。」
修也は昨日朱莉に蓮の事を尋ねる為に電話を入れた時に蓮の本棚の話になり、大きい本棚を買いたいと言う話を聞いて、一緒に買いに来る約束をしていたのだ。
この家具屋は外国製の家具を扱っており、それぞれテーマ別ごとに売っている。
朱莉と修也は今子供部屋コーナを見に来ていた。
「あ、朱莉さん。この本棚どうですか?」
修也がある一つの本棚の前で足を止めた。朱莉もその本棚を見て笑顔になった。
「まあ・・・すごく素敵な本棚ですね。まるで図書館の絵本コーナーの展示用の本棚みたいです。」
修也が指示した本棚は木製の本棚ラックで、上段と下段に分かれている。上段はディスプレイとして見せられるように表紙を上にして収納でき、下段は縦置きですっきり収納できるデザインとなっている。本棚も低く作られているので小さな子供でも無理なく収納できる可愛らしいデザインだった。
「へえ~・・・この家具、北欧製ですよ。どうりでデザインが素敵なはずだ・・・。」
修也は商品説明プラカードを見て納得している。
「各務さん、私・・この本棚が気に入りました。これにしたいと思います。」
「いいですね。どうやらこの本棚は組み立て式になっていますよ。それじゃ早速買いましょう。組み立てなら僕がやるので任せて下さい。」
修也は笑顔で言うと、商品番号を調べて梱包された商品を大型カートに詰め込み、2人でレジへと向かった。並んで歩きながら朱莉は尋ねる。
「各務さん・・・でもよろしいんですか?本棚の組み立てなんて・・。そこまでお願いしても・・。」
「ええ。いいんですよ。どうせ僕は暇な人間なので。それに朱莉さんは午後からお母さんの面会ですよね?」
「はい、先週は母の面会に行くことが出来なかったので・・。」
「そう言えば、蓮君アスレチックから落ちて左腕を怪我したんですよね?もう治ったんですか?」
「ええ、思った以上に怪我の具合が軽かったんです。本当に良かったですよ。」
「千葉県まで迎えに行ったんですよね?」
「ええ。航君と丁度その時一緒にいたんです。」
「航君・・?」
修也が首を傾げた時、突然朱莉のスマホが鳴った。
「あ、すみません。電話・・・出てもいいですか?」
朱莉は慌ててスマホを取り出しながら修也に言う。
「ええ。どうぞ出て下さい。僕はレジまで運んでいますね。」
そして修也はそのままカートを押してレジへと向かった。一方、朱莉はスマホを取り出し、着信相手を見て驚いた。それは琢磨からだった。朱莉はスマホをタップすると電話に応じた。
「もしもし。」
『もしもし、朱莉さん?久しぶりだね・・・。』
電話からは懐かしい琢磨の声が聞こえる。
「はい、本当にお久しぶりです。日本に帰国されたのですよね?」
『ああ。帰国早々トラブル続きで大変だったけど・・それも先程解決したんだよ。』
何所か楽し気な口調の琢磨に朱莉は尋ねた。
「トラブルって・・・お仕事の事ですか?」
『いや。そんなんじゃないんだけどね・・。でも、もう大丈夫だから朱莉さんは気にする必要はないからね?』
「はい、分かりました。」
『それで朱莉さんは今何所にいるんだい?六本木のマンションかな?』
「実は今、幕張に来ているんです。」
『え・・・・ええっ?!ま・・幕張に?!どうしてっ?!』
あまりにも意外な場所だったので琢磨は驚いて尋ねた。
「はい、実は蓮ちゃんの本棚を買いに家具屋さんに来ていたんですよ。幕張には大型家具店があるので。」
『そうなのかい?でも幕張なんて・・1人で・・・。』
「いいえ。1人じゃありませんので大丈夫です。」
『え?!何だって?1人じゃ・・ない・・?』
「はい、各務さんと一緒に幕張に来ているんです。私の車では大きな家具は持って帰れませんけど、各務さんの車は大きいので、一緒に来てくれたんです。丁度今本棚を選んで、これから会計なんですよ。」
『あ・・・そ、そうか。朱莉さんは各務さんと一緒だったのか・・・。その・・買い物の邪魔して悪かったね。ま、また今度電話するよ。今度からはずっと日本にいるから・・・いつでも電話は出来るしね。そ、それじゃまたね。』
「え?九条さん?何か大事な用事があったんじゃ・・。」
しかし、電話は話の途中でブツリと切れてしまった。
「九条さん・・・。どうしちゃったんだろう・・・?」
朱莉は首を傾げた。朱莉はまさか琢磨が未だに自分の事を思い続けていたと言いう事実を知る由も無かったので、何故突然電話を琢磨が切ったのか理解する事が出来なかったのだ―。
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