3-1 美和の目論見

 翌日日曜日午前10半―


六本木にあるホテルの1Fの広々としたカフェラウンジの窓際のテーブルには神妙な面持ちの二階堂夫婦と琢磨が座っている。


「「「・・・。」」」


もうかれこれ30分は美和に待たされている。


「・・・遅いな・・・。」


二階堂はオメガの腕時計をチラリと見てため息をつく。


「静香、ちゃんと相手の女性に連絡は入れたんだろうな?」


「ええ。もちろんよ。昨夜も入れたし、今朝も連絡をしたわ。美和・・来るって言ってたのに・・・どうしたのかしら・・・。」


「・・・・。」


一方の琢磨は青ざめた顔で椅子に座っている。先ほどからほとんど言葉を発することもない。琢磨の胸中は複雑だった。このまま現れないで欲しいという気持ちと、現れて、DNA検査を受けて、美和の子供が本当に自分の子供なのか確かめておきたいという相反する気持ちで激しく揺れ動いていた。


「おい、九条。大丈夫か?さっきよりますます顔色が悪くなっているようだが・・?」


二階堂が心配そうに琢磨に声をかけた。


「は、はい。」


「九条さん・・・。とにかく美和の話をしっかり聞いて・・話し合いましょう。」


「はい・・・。」


「おいおい、大丈夫かよ・・・本当にそんなんで。落ち着くためにもう1杯コーヒーを注文しようか?どの銘柄がいい?」


二階堂はメニューを広げ、本日4回目のコーヒーを注文しようとする。


「いいえ・・・・。」


はっきり言えば、琢磨は先ほどからコーヒーばかり飲んでお腹がいっぱいになっていたのだ。これいじょう飲めそうに無い。


「九条・・・お前さあ・・・さっきから『はい』か『いいえ』しか言ってないぞ?」


溜息をつきながら二階堂はメニューをパサリとテーブルの上に落とした。

そして、そんな彼らの様子を遠目からじっと見つめる美和の姿があった。



「ああ・・どうしよう。全員もう来ているわ・・。でも、それにしても・・・。」


美和は正面を向いて座っている琢磨の姿を見つめた。


「うん、あの男の人・・・間違いない。3年前、私がホテルへ連れ帰った相手だわ・・。でも・・ほんと、見れば見るほどいい男・・・。」


美和はうっとりしながら琢磨を見つめている。


「それにしても・・医学の進歩って本当に嫌ね・・・。」


美和は看護師にあるまじき発言をする。


「DNA検査なんてもの存在しなければ、子供は貴方の子ですって言いきれるのに・・これじゃごまかすことも出来ないわ・・・。」


プライドの高い美和は静香に子供が琢磨の子供ではない嘘がばれるのが嫌だった。ただでさえ実は結婚していなかったと言う嘘がばれてしまったのに、この上子供の父親の嘘がばれるのは屈辱でしかなかった。本来であれば、メールで自分のついた嘘を正直に謝罪していれば、静香たちの前で嘘をばらさなければいけない事態になることも無かったのだが・・それでも遭えてその手段を取らなかったのは・・美和の打算的なある考えがあったからだった―。



「これ以上・・ここでコソコソしていても何も始まらないわね。・・覚悟を決めていかないと・・・。」


美和は気合を入れるために、自分の両頬をパンッと叩くと、今日の為にレンタルした服にバックを持って、九条たちのいるテーブル席へと歩き始めた―。




「あ、美和がやってきたわ!」


いち早く美和が琢磨たちのテーブル席へ向かって歩いて来るのに気づいたのは静香だった。


「ああ・・・彼女が美和って女性か・・・成程、確かに琢磨の理想の女性とは真逆のタイプだな。」


二階堂は小声で言う。一方の琢磨は美和の姿を見ようともせず、青ざめた顔で窓から見える外の景色をじっと眺めていた。


「遅かったじゃないの、美和!」


静香は若干咎めるような口調でテーブル席にやってきた美和に言う。


「ごめんなさい。子供を保育園に預けていたら遅くなってしまったのよ。」


美和の言葉に琢磨はビクリと反応し、初めて美和の顔を見た。・・・派手なメイクにブランドで固めた格好・・。そしてきつめの香水。何もかもが琢磨の理想のタイプとは程遠く、すでに美和に対する嫌悪感で一杯だった。


「美和。それじゃここに座って。」


静香は自分の隣の席に座らせると、美和と琢磨は向かい合わせの席になった。


「改めて紹介するわ。この方は、九条琢磨さん。夫と同じ会社で社長をしているわ。」


それを聞いた美和の目が輝いた。


(嘘っ?!この人・・・社長だったの?こんなにハンサムなうえに『ラージウェアハウス』の社長だなんて・・・。)


途端に美和の目は獲物を狙う女の眼つきへと変わる。


「・・初めまして。今ご紹介に預かりました九条琢磨です。」


琢磨は頭を下げながら思った。


(くそ・・っ!一体これは何の罰ゲームなんだ?!何が悲しくてこんな見合いのような真似をさせられているんだっ?!)


「私は二階堂明で静香の夫です。初めまして。」


二階堂は笑みを浮かべながら美和に挨拶をするが、それすら琢磨を苛立たせた。


(先輩め・・・高みの見物でするつもりでわざわざやってきたに違いない・・!)


「それで、美和。早速なんだけど・・・美和の子供のDNA検査を・・・。」


静香が言いかけると、突如美和が頭を下げてきた。


「ごめんなさいっ!」


「え・・?なぜ急に謝るのかしら?」


静香だけでなく、琢磨も二階堂も首を傾げる。


「私の産んだ子供・・父親は九条さんではありません。当時交際していた・・元カレとの・・・子供・・・なんです・・。」


美和の言葉は最後の方はしりすぼみになってしまった。


「え・・?そ、その話は本当なのかっ?!」


琢磨は思わず、大きな声を上げてしまった。


「はい。そうです・・・。すみませんでした。」


美和は素直に謝る。


「ねえ・・・美和。なぜ九条さんが父親みたいな言い方をしたの?」


静香は美和に尋ねた。


「そ、それは・・・・当時付き合っていた男は・・そ、その・・無職で・・私の紐みたいな男だったから・・。周囲にそんな男を相手にしていたと思われたくなくて・・・。」


「おい・・・それで、たまたま2次会で泥酔した琢磨をホテルに連れ込んで、既成事実を作ろうとしたのか?」


二階堂は呆れたように尋ねると美和は頷き、話の続きを始めた。


「だけど、ホテルへ連れて行っても・・・貴方は一度も目を離さなくて・・・。でも裸でベッドに入っていたら・・・目が覚めた時に勘違いしてくれるんじゃないかと思って・・。」


「そ・・それで・・・眠っている俺の服を・・・勝手に脱がした・・・のか・・?」


琢磨の質問に少しだけ美和は頬を染めて頷く。それを聞いた琢磨は開いた口が塞がらなかった。


(な・・・なんて女だ・・・っ!こ、これだから肉食系女は嫌なんだっ!)


そんな琢磨の怒りに気付く様子もなく美和は言う。


「あの、九条さん。ここへ来てくれたって事は・・私と子供の面倒を見てくれる覚悟があったって事ですよね?」


「「「え・・・?」」」


3人は美和を見つめた。


「娘は・・・私と九条さんとの間にできた子供では無いけれど・・・ここで知り合ったのも何かのご縁だと思うんですよ。なので・・・私と正式にお付き合いしていただけませんか?これも・・・何かの運名だと思いませんか?」


美和は熱い眼差しで琢磨を見た。

そう・・美和が何故、本日この場に現れたのか・・・世間に娘の父親についての嘘がばれる恥ずかしさよりも勝っていたのが、どんな手段であれ、あわよくば琢磨を手に入れる事ができるのではないかという打算的な考えがあったからである。


「ね・・・ねえ。美和。貴女・・・本気でそんな事考えているの?」


静香は半ば呆れたように美和に尋ねる。


「全く・・・話にもならないな。呆れたものだ」


二階堂は軽蔑の眼差しを美和に向ける。一方の琢磨は無言で俯いていたが・・・突然立ち上がった。


「あ?あの・・九条さん・・?どうしたのかしら・・?」


美和は突然立ち上がった琢磨に声をかけた。


「帰るんですよ。」


琢磨はぶっきらぼうに答える。


「え・・?か、帰るって・・まだ私たち、お話すんでいませんよね?」


おろおろする美和をよそに、静香と二階堂も立ち上がった。


「ああ、帰るか。やれやれ・・とんだ時間の無駄使いをしてしまったな。」


「ええ、その通りね。」


「え?!ちょ、ちょっと待ってよ!静香っ!私たち・・友達よねっ?!何とか九条さんを説得してよっ!」


美和は尚も図々しい願いをしてくる。


「友達・・・冗談はやめてくれる?こんな・・・自分の欲の為に子供を利用するような人は・・友達でも何でもないわ。」


冷たく言い放つと静香は琢磨に頭を下げた。


「九条さん。本当に申し訳ございませんでした。」


「静香さんは謝る必要はありませんよ。」


琢磨は静香を見た。


「それで、琢磨・・・これからどうするんだ?」


二階堂は尋ねてきた。


「あ、あの・・ちょっと・・・。」


もうすでに美和は蚊帳の外に置かれている。


「俺は・・・これから朱莉さんに連絡を入れてみようと思っています。」


「よし、それじゃ俺たちは実家に行くか。子供が待ってるしな。」


「ええそうね。」


そして琢磨たちは茫然とする美和をその場に残してホテルを後にした―。




「な・・・何よっ!どうして・・私がこんな目に合わなくちゃならないのよっ!」


一人残された美和は悔し気に親指の爪を噛むのだった―。











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