2-16 斉藤美和 (後編)
16時―
病院の勤務時間が終わり、ロッカーで着がえを終えた時に美和のスマホに突然着信が入ってきた。
「誰かしら?」
美和はスマホをタップして、手を止めた。
「え・・?静香・・?一体何かしら・・・?」
半月ほど前、3年ぶりに再会したが自分が不在の時に友人たちから話のネタにされていた事実を知り、バツが悪くなった美和はそのまま逃げるようにホテルを後にしてしまった。その為気まずい思いをしていたので、静香からのメールに美和は嫌な予感を覚えた。
(とりあえず病院を出てからメールを確認しよう。)
美和はロッカーを閉めると急ぎ足で更衣室を後にした―。
「・・・はい、今職場を出た処なので、17時にはお迎えに行けると思います。はい。どうぞよろしくお願いします。」
保育園へ迎えの連絡を入れた美和は電話を切るとため息をついた。
「ふう・・・今日は疲れたわ・・・。とても食事の支度をする気力が出ないわ・・。今夜はスーパーでお惣菜を買って帰ろう。」
そして美和は再度スマホをタップして静香からのメッセージを表示させると読み始めた。すると徐々に美和の顔色が変わっていく。青ざめた表情・・・そして小刻みに震える身体。メールを最後まで読み終えた頃には心臓は早鐘を打っていた。
「ど・・・どうしよう・・・。」
静香は頭を押さえ、3年前の出来事を思い出した―。
****
今から3年前の6月―
美和は静香の結婚式の2次会に参加していた。
静香の結婚相手は『ラージウェアハウス』の社長で、ハイスペックの上、モデル顔負けの男性だったので、セレブ妻を狙っている美和はそんな静香が羨ましくて仕方が無かった。
(あ~あ・・・静香が羨ましいわ・・・。)
美和は度数の強いカクテルを口にしながら不機嫌な気持ちで一緒に二次会に参加した友人たちとお酒を飲んでいた。
(誰かいい男いないかしらね・・・・。)
店内をぐるりと見渡し、男を物色していると、美和の目に2人組の男性が目に留まった。
(あの2人・・・ちょっといいわね・・。)
何やら神妙な面持ちで話し合っている2人の男性・・。2人とも人目を惹く容貌をしている。深刻な話をしているのだろうか?その雰囲気が何となく険悪そうに見える為、周囲には彼ら以外は皆離れたテーブル席で飲んでいる。
美和は適当に女友達と会話をしながら彼らに近づけないか、じっとチャンスをうかがっていた。2人共顔が整っていて美和の好みのタイプだったので、何としても手に入れたいと思った。。しかも身なりの良い恰好をしている。ここに出席しているということは、ハイスペックの男性に違いないと美和は確信していた。
(この際どちらでも良いわ・・・。どちらか1人にならないかしら・・。)
新しいカクテルに手を伸ばしながら、美和はじっと2人の様子をうかがっていた。
その眼はまるで・・・さながら獲物を狙う獣の様であった。
するとその内、右側に座っていた男性が酔いつぶれたのかテーブルに突っ伏して眠ってしまった。そして左側に座る男性は困った様子で見ている。やがてそのテーブルに近づく男を見て美和は眼を見開いた。
(あ・・・あれは・・二階堂社長!静香の・・夫になった人だわ・・!)
二階堂社長と男性は何か一言二言話し、やがて酔いつぶれてしまった男性を残して去って行った。
(今が・・チャンスだわ・・っ!)
そして静香は琢磨に近づいた―。
美和にはつい最近まで同棲していた男性がいた。しかし、この男はどうしようもない人間で、美和の紐同然の生活をしていたのだが、ついに男を自分のマンションから追い払ったのである。美和はいい加減その男にはうんざりしていたし、潮時だと思っていたからである。
(そうよ・・・もうじき静香の結婚式の披露宴後の二次会に参加する・・。きっとこの男なんかよりもずっとハイスペックの男が見つかるに決まってるんだから・・!)
こうして琢磨はセレブ妻を狙っていた美和にまんまとお持ち帰りされてしまったのだが―。
「全く・・・一体何よ・・・。」
美和はベッドの中でぼやいた。そして隣に眠る琢磨を恨めしそうに見つめる。
やっとの思いでこのホテルまで連れてきたのに、ベッドに運んだ途端琢磨は完全に眠ってしまったのだ。いくら揺すぶっても、試しに頬を叩いてみても目を覚まさない。
「もう・・・っ!どんだけ酔ってるのよっ!折角好みのタイプの男を見つけたっていうのに、ちっとも目が覚めないし、時折他の女の名前をつぶやいているのも気に入らないわっ!」
美和はいら立ち紛れに言う。そして・・一つの悪だくみを思いついたのだ。
(そうよ・・・服を脱がしてしまえばいいんだわ。そして私も服を脱いで何食わぬ顔で2人で同じベッドで寝ていれば・・・きっと目が覚めた時、この男は驚くはず。私と寝たと勘違いするはずよ・・・!)
そして・・・美和は正体をなくして眠っている琢磨の服を脱がし、ついでに自分の服も脱ぐと裸でベッドの中へ入ったのだった―。
(フフフ・・・明日の朝が楽しみ。きっとうまくいくはずよ・・・。)
美和はうっとりした目つきで眠りについている琢磨の髪を撫でた。すると眠りながら琢磨は呟いた。
「朱莉・・さん・・・。」
それを聞いて美和はいら立ちを覚えた。
「もう・・・!また、同じ名前を呟いて・・・!一体誰なのよ・・・。もしかし恋人・・?」
でも構うものかと美和は思った。明日になれば目を覚ました男はさぞかし驚くだろう。そこで嘘の話をでっちあげるのだ。
「大丈夫・・きっとうまくいくわ・・・。」
美和は呟き、眠りについた―。
なのに、目が覚めた琢磨はあまりの状況にパニックを起こし、テーブルに2万円を置くと逃げ出したのだった。
美和が悔しがったのは言うまでもない。
「もう・・何よっ!」
美和は持っていた枕を壁に向かって投げつけた。
「信じられないっ!あの状況で逃げ出すなんて・・・!こんな事はじめてよっ!」
そして美和は爪を噛むと呟いた。
「まさか・・・あの朱莉って女がいるから?その女の事が頭の中にあったから・・・逃げ出してしまったわけ?しかも・・たったの2万円だけおいて?!」
その事実も美和のプライドを傷つけた。
「信じられないわ・・っ!この私をたった2万円の価値でしか見れないってことなのね?!」
そして美和は悔しい思いをしながらホテルを後にした。しかしこの後、美和を悲劇が襲った―。
月のものがこなくなり、怪しんだ美和は妊娠検査薬を購入し、検査をしたところ・・陽性反応が出た。相手は・・・この間別れたばかりの紐同然の男だった。
美和は子どもを堕ろすつもりは全くなかった。かと言って別れた恋人とヨリを戻すつもりも無かった。そしてシングルマザーの道を選び・・ひまりを産んだのだった―。
****
美和はシングルマザーとしてひまりを産んだが、それでも見栄っ張りな性格は変わらなかった。周りからひまりの父親の事を聞かれるたびに、2次会で偶然出会った男・・つまり琢磨が父親だと吹聴して回ったのだった。どうせこんな嘘、ばれるはずがないと美和は思っていた。それなのに・・・。
「一体・・・どういう事よ・・静香っ!」
美和は唇をかみしめ、両手を握りしめた。
「まさか・・・あの時のホテルの男性が現れるなんて・・!DMA鑑定を行って親子関係を調べさせてくれだなんて・・・。そんな事したら・・・私のついていた嘘が・・・一発でばれてしまわ・・・!どうしよう・・どうすればいいの?!」
美和は頭を抱えてしまった。何とかDNA鑑定を断りたいのに断る理由が全く見つからない。
こうして、美和も琢磨同様・・・絶望のどん底へと落とされた―。
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