2-12 琢磨からの電話
週末金曜日の午後6時―
明日香はこの日、朱莉の家に来ていた。今、蓮と明日香はリビングで話をしている。
「はい、蓮。これ・・今度新しく発売される絵本よ~。まだどこにも売っていない新刊だから・・・他の人達には絶対内緒だからね?」
明日香は絵本を蓮に手渡しながら言う。
「え?本当?まだどこにも売ってないの?それじゃ僕が一番乗りって事?」
蓮は瞳をキラキラさせながら言う。
「ええ。そうよ?どう?嬉しい?」
「もちろん!嬉しいっ!ありがとう、明日香ちゃん!」
蓮は大喜びで明日香に礼を言う。蓮の腕の捻挫は思った以上に軽く、本日包帯が取れたのだ。
「蓮ちゃん。明日香さん。食事の準備が出来たのでどうぞ。」
そこへ朱莉がダイニングルームから顔をのぞかせると2人に声を掛けてきた。
「うん!」
蓮が元気よくダイニングテーブルへ来ると目を丸くした。
「うわあ~おいしそう・・・!」
テーブルの上には大きなプレートに乗ったハンバーグステーキが置いてある。ハンバークの上にはとろけるチーズが乗せてあり、デミグラスソースがたっぷりかかっている。付け合わせには皮付きの揚げたジャガイモ、ニンジン。ブロッコリー、コーンが添えられており、彩も美しい。極めつけは蓮のハンバーグの上にはアメリカ国旗が立てられている。
「まあ・・・おいしそう。朱莉さん、すごいわね。」
明日香も朱莉が作ったハンバーグステーキを見ると目を丸くした。
「い、いえ・・・そんな。お口に合うといいのですけど。」
朱莉は頬を染めて言う。
「あのね。明日香ちゃん。お母さんはね・・とっても料理が上手なんだよ!」
蓮が自慢げに言う。
「そう?楽しみだわ。それじゃ早速いただきましょう。」
明日香の言葉に3人で手を合わせた。
「「「いただきまーす。」」」
蓮はさっそくハンバーグをたどたどしくフォークとナイフで切ろうとする。
「蓮。手伝ってあげようか?」
明日香が尋ねると蓮は首を振った。
「ううん!大丈夫っ!これくらい・・・やれるよ。」
すると朱莉が手本を見せた。
「ほら、蓮ちゃん。フォークとナイフはこうやって持つのよ?」
「うん、こうやって持つんだね?」
蓮は朱莉の持ち方を見て、一生懸命真似しながらハンバークステーキをカットしていく。
(朱莉さん・・・ちゃんと蓮の教育をしているのね・・。そういえば蓮は絵本も読めるし・・・まだ4歳なのにすごいわ。)
明日香は知らない。蓮が何故一人でも絵本を読めるかを。それは朱莉が明日香の描いた絵本を何度も何度も読み聞かせしている内に蓮は平仮名を覚えたのだ。そして朱莉も明日香もまだ気づいていないが、蓮はとてもかしこい少年だったのだ。
「お母さん。ハンバーグステーキとっても美味しいよ。」
蓮はニコニコしながら言う。
「本当?ありがとう?」
「ええ。本当に。蓮の言う通り、朱莉さんは本当に料理が上手よね?」
明日香の誉め言葉に朱莉は思わず赤面した。
「あ、ありがとうございます。おいしいものを沢山食べなれている明日香さんにお世辞でも褒められると・・嬉しいです。」
「いやね~朱莉さん。私がお世辞なんか言わない人間だって事知ってるでしょう?本当においしいわよ?」
明日香は言いながら蓮をチラリとみると言った。
「ね?蓮。」
「うん。お母さんは世界一お料理がおいしいよ。」
口の周りにソースをつけた蓮が笑顔で答える。
「あらあら、蓮ちゃん。お口の周り、ソースだらけよ。食べ終わったらあとで口の周り拭きましょうね。」
「うん!」
そして3人の楽しい夕食時間が過ぎて行った―。
その後、明日香は蓮と一緒にお風呂に入っている間、朱莉は食器の片づけをしていた所に突如スマホに着信が入ってきた。
「あら?誰かしら?」
朱莉はスマホを手に取り驚いた。
「え?く、九条さん?!」
慌てて朱莉はスマホをタップすると応対した。
「もしもし?」
『やあ、朱莉さん。今、日本だと・・こんばんはになるのかな?』
電話からは琢磨の声が聞こえてくる。
「お久しぶりです。九条さん。あの・・・もしかして今、日本だと・・・という事はオハイオから電話をかけているのですか?
『そうだよ、こっちは今朝の7時なんだ。実は今日電話を掛けたのは・・・明日、ようやく日本へ帰ることになったからだよ。』
「え?明日・・・帰国されるんですか?」
『ああ、そうなんだ。それで真っ先に朱莉さんに伝えておきたくてね。』
「そうだったんですね・・・。」
その時―
「ああ、いいお湯だった。朱莉さん、お風呂ありがとう。あら?電話中だったの?」
蓮を抱いた明日香が朱莉のいるダイニングルームへやってきた。蓮は明日香の腕の中で眠そうに目をこすっている。
「あ、明日香さん。はい、九条さんから電話なんです。」
「え?ひょっとして琢磨からなの?ちょっと代わって頂戴!」
明日香は蓮を抱き上げ、朱莉の胸に押し付けると朱莉の手からスマホを取り合上げた。
「もしもし、琢磨?」
『うわあっ!な、なんで明日香ちゃんが電話に出るんだよっ!』
「あら、随分なご挨拶ね。何年ぶりだと思ってるのよ。」
『う~ん・・・5年ぶり・・・くらいか?それより何故朱莉さんの家にいるんだ?』
尋ねられた明日香はチラリと蓮を見ると、既に蓮は朱莉の腕の中で眠っていた。
「蓮に・・・会いに来たに決まってるでしょう?」
『え・・ええっ?!蓮に・・?』
「ええ。そうよ。私はあの子の母親なんだから当然でしょう?」
それを聞いた朱莉は一瞬俯き・・・蓮を抱いたまま寝室へと移動した。・・その先の話の続きを聞くのが・・・怖かったからだ。
朱莉は寝室のベッドに蓮を寝かせると、そっと蓮の髪を撫でながら思った。
(明日香さん・・・わざわざ長野から東京に来るなんて・・やっぱり蓮ちゃんを引き取るために・・?翔先輩もいないのに・・だけど・・・。)
朱莉は布団をギュッと握りしめながら思った。
(私には・・・蓮ちゃんを連れて行かないでって・・・言える資格は・・何も無い・・。)
そして暫くの間、蓮の寝顔を見つめていると寝室に明日香がやってきた。
「ごめんなさいね。琢磨からの電話・・・私が途中で出てしまって。」
「いえ、そんな・・・。お気になさらないで下さい。九条さん、何て言ってらしたのですか?」
「明日の午後3時半頃羽田に到着するらしいわ。」
「そうなんですか。」
明日香はベッドで眠っている蓮を見ながら言った。
「朱莉さん・・・それじゃ明日も蓮を連れて出かけてもいいのよね?」
「はい、蓮ちゃんもお出かけしたがっているんですよね?それでどちらへ行くのですか?」
「アクアワールドに連れて行ってあげようと思うのよ。ホテルへ一泊するわ。実はもう手配してあるのよ。海が見える絶景のロケーションなの。」
明日香は嬉しそうに言う。
「それは素敵ですね。蓮ちゃんは水族館が大好きですし、海も好きなのできっと喜びますよ?」
「ええ。この話をしたらとても喜んで聞いてくれていたから・・。フフ・・今から楽しみだわ。朝早いけど・・明日は7時に迎えに行くわね?それじゃ私も部屋に帰って寝ることにするわ。」
そして玄関へ向かう明日香を朱莉は見送った。
「明日香さん。おやすみなさい。」
朱莉は玄関に立った明日香に言う。すると明日香が神妙な面持ちで言った。
「私は・・朱莉さんには航の方がお似合いだと思うわ。」
「え・・?それは一体どういう意味でしょうか・・・?」
朱莉はわけも分からず首を傾げた。
「いいえ、何でもないわ。それじゃ、おやすみなさい。朱莉さん。」
明日香はにこやかに手を振る。
「はい、お休みなさい。明日香さん。」
そして玄関は閉ざされた―。
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