2-5 明日香からの電話
「え・・?航君・・・?美由紀さんと別れちゃったの・・・?それに好きな女性っ
て・・?」
朱莉は驚いて航に声を掛けるが、俯いたまま返事をしない。が・・缶コーヒーを握りしめる航の手が震えている。
(と、とうとう・・言ってしまった・・・!美由紀と別れて朱莉を誘ってこんなところまで来てるんだ。いくら朱莉だって・・。)
その時―
朱莉のスマホに突然着信を知らせる音楽が鳴り響いた。朱莉は航の様子を伺いながら言った。
「航君・・・ごめんね。電話なってるから・・。」
「ああ・・出ろよ。」
朱莉はスマホの着信相手を見て目を見張った。
「え・・?明日香さん・・・?」
「明日香・・?」
航は顔を上げた。
急いで朱莉はスマホをタップして電話に応答した。
「はい、もしもし。」
すると受話器越しから明日香のうろたえた声が聞こえてくる。
『あ・・朱莉・・・さん・・。』
「明日香さん?どうしたんですか?」
『そ、それが・・蓮が・・蓮が・・アスレチックで怪我をして・・。』
「え?!蓮ちゃんがっ?!怪我って・・・どんな怪我なんですか?!」
『アスレチックから落ちて・・・腕を・・』
後は声にならなかった。
「明日香さん!今、どこにいるんですか?」
『グ・・グランピングの施設の中なの・・・。ここには医療機関併設してあるから・・。』
「分かりました、明日香さん。私・・すぐに行きますからっ!」
朱莉は電話を切ると言った。
「航君・・・ごめんなさい。蓮ちゃんが・・怪我をしたみたいだから私すぐに行かないと・・・。せっかくここまで来たのにごめんなさい。マンションまで・・・送ってくれる?」
朱莉はガタンと椅子から立ち上がり、身体を小刻みに震わせながら言った。
「ああ・・それは構わないが、マンションに帰ったらどうするんだ?」
立ち上がった朱莉を見上げながら航は尋ねた。
「その後は自分の車で千葉まで行くから。住所は知っているし・・・ナビを使えばいけるはず・・・だから・・。」
朱莉は自分の震える手をギュッと押さえつけている。
(朱莉・・・!震えているじゃないか・・・っ!)
「何言ってるんだ。朱莉っ!お前・・そんな震えている腕で車を運転するつもりか?!事故でも起こしたらどうするんだよっ!」
航は椅子から立ち上ると朱莉の両肩に手を置き、言った。
「で、でも・・・私、蓮ちゃんの所へ行かなくちゃ・・。」
朱莉の顔はすっかり青ざめている。
「ああ、そんな事分かってる。何の為に俺がいると思っているんだ?」
「え・・?航・・君・・・?」
「朱莉、俺をもっと頼ってくれよっ!そんなに俺は頼りないか?!朱莉・・・俺はもう27なんだぞ?!」
航は朱莉の両頬を手で挟むように言う。
「だ、だけど・・航君に迷惑は・・・。」
「迷惑なんて思うなよ・・・。俺は朱莉を・・・。」
そして航は朱莉に言う。
「朱莉、それじゃすぐに千葉へ向かおう。」
「あ、ありがとう・・・航君・・・。」
朱莉は航の袖をつかみ、俯いた―。
その後―
2人はすぐに駐車場へ向かうと、航は朱莉の言う住所をナビに打ち込むと言った。
「ここから千葉県までは約3時間か・・・よし、朱莉。行くぞ。」
「うん、ありがとう。」
朱莉がシートベルトを締めるのを確認すると、航はアクセルを踏み込んだ―。
その頃美由紀は安西弘樹の事務所を出て、1人で上野公園をぶらぶらと歩いていた。
「はあ・・・・・退屈。公園にはカップルかファミリー連れしかいないし・・。」
安西の事務所を出た美由紀は暇と時間を持て余していたので。そのま上野を散策することにしたのだった。特に行く当てもなった美由紀は上野公園にある美術館へほんの気まぐれで入ったのが、芸術に全く興味が無かった美由紀にとっては結局つまらない・・退屈なものでしかなかった。そしてその後、上野公園内にあるカフェに入ると奮発して一番高い飲み物と一番高いスイーツを注文し、じっくり時間をかけて味わった。その後カフェを出たのだが・・・。
「駄目だわ・・・やっぱり時間を持て余してしまう・・。」
美由紀は再び公園をぶらぶら歩き、木の下にあるベンチを見かけて腰かけた。眼前には大きな池が見える。
目の前に広がる池を眺めながら美由紀は航の事だけを考えていた。美由紀は恋に生きる女だった。毎日恋愛の事ばかりを考えて生きていた。美由紀にとって恋愛は生きる糧であり、人生その物だったのだ。なので航を失った喪失感は計り知れない。
「動物園にでも行ってみようかな・・・。」
しかし、美由紀はすぐにその考えを否定した。
「ダメダメ、動物園こそ家族連れかカップル連れに決まってるんだからっ!」
美由紀はブンブン首を振ると言った。
「やっぱり、もう帰ろう・・・。帰ってDVDの続きを見よう・・。」
美由紀は項垂れ、とぼとぼと歩いていると背後から突然声を掛けられた。
「ねえねえ、君可愛いね。1人?」
美由紀は振り向き、顔を上げた。するとそこには若い男がニコニコしながら立っていた―。
途中、サービスエリアで降りて休憩を挟みながら、13時半に航と朱莉は明日香と蓮が宿泊しているグランピングのキャンプ場に到着した。朱莉は駐車場に着くとすぐに明日香に電話を掛けた。
『はい、もしもし。』
「明日香さん!私です、今キャンプ場につきました。どこにいるんですか?」
『今、宿泊施設にいるの。場所が分かりにくいと思うから待ち合わせをしましょう。場所は・・・・。』
「・・・。」
電話を切った朱莉に航は声を掛けてきた。
「朱莉、明日香は何て言ってたんだ?」
「あ・・航君。あのね、この施設内の中央広場に大きな噴水広場があるんだって。そこで待ち合わせをすることになったのよ。」
「そうか、それならすぐに行こう!」
「うん。」
航に促されて朱莉は頷いた。そして2人は噴水広場へと急いだ―。
「蓮ちゃん!」
噴水広場にはすでに明日香と、三角巾で左腕をつった蓮が待っていた。
「お母さんっ!」
蓮は朱莉の姿を見ると、駆け寄って行く。しかし、腕をつっているせいか、うまくバランスが取れずに転びそうになった。
「危ないっ!」
すんでのところで朱莉は蓮を抱きとめると、そのままそっと抱き寄せた。
「蓮ちゃん・・。怪我・・・したんでしょう?痛かったでしょう?」
朱莉は蓮を胸に抱き寄せながら優しく尋ねる。
「うん。痛かったけどね、先生が治療してくれたから大丈夫だよ。」
「良かった・・・蓮ちゃん・・・。」
朱莉は目に涙を浮かべて蓮の頭や背中を撫でている。そこへ明日香が申し訳けなさそうに声を掛けてきた。
「ごめんなさい・・・朱莉さん・・。私がちゃんと蓮をみていなかったばかりに・・。」
すると蓮は言った。
「ううん、違うよ!僕がちゃんと係りの人の説明聞いていなかったから落ちて怪我しちゃったんだよっ!」
「蓮ちゃん・・・。」
蓮は朱莉を見ると言った。
「お母さん、明日香ちゃんを叱らないで上げて。本当に明日香ちゃんは何も悪くないんだからね?」
「あ、明日香ちゃん?!」
それを聞いて今迄黙って立っていた航は声を上げた。
「え・・?お兄ちゃん・・誰・・?」
蓮は怪訝そうな声を上げる。
「ああ、俺か?俺は航って言うんだ。お前のお母さんの友達だ。それにしてもお前、えらかったな~。そんな大怪我しても平気なんだから。」
すると蓮は元気よく言う。
「うん、そうだよ。僕はね男だからお母さんを守ってあげるの!ね、お母さん。」
そして蓮は朱莉に抱き付く。
「蓮ちゃん・・。」
朱莉と蓮が抱き合う姿を複雑な表情で見守る航と明日香であった―。
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