2-6 幸せな時間
「ええっ?!お、俺たちにここに泊って行けっていうのか?!」
航の驚いた声がコテージに響き渡る。
ここは明日香が手配した宿泊施設のコテージである。
ロフト付きの広さ20畳の1LDKの広々とした内部。床はぬくもりのあるヒノキのフローリング。同じくヒノキの木材を使用した天井は高く、空調ファンがゆっくりと回っている。壁は清潔感の漂う白で奥行きを感じさせる。室内にはすべての家具・家電がそろっており、何より圧巻なのが、100インチの壁掛けテレビであった。
コテージの南向きの面は全面大きな掃き出し口の窓で、ここから屋根のあるデッキへ出ることが出来る。そしてここで調理ができるようにアウトドア用の大型バーベキュー用グリルセットがあり、4人掛けのガーデニングテーブルセットが置かれている。
勿論、コテージ内にも大型のアイランド式キッチンが備え付けらえてある。
「こ・・・こんな凄い場所に本当に俺達・・泊まって行っていいのかよ?」
航は興奮気味に明日香に尋ねる。
「ええ、勿論よ。もともと私と蓮の2人で宿泊するには広すぎると思っていたのよ。」
明日香はこともなげに言う。
「でも・・・急に人数が増えて・・ご迷惑では・・?」
朱莉が申し訳なさそうに言うと、航が言う。
「何言ってるんだよ、明日香もああ言ってるんだ。ここは泊まらせてもらおうぜ?」
すると蓮が航に言う。
「やったー!航お兄ちゃん、泊ってくれるの?嬉しいな~。あ、そうだ!あっちにね、トイレとお風呂場があるの。すっごく大きくて綺麗なんだよ?一緒に見に行こうよ!僕案内してあげるっ!」
すっかり航になついた蓮が航のズボンを引っ張った。
「お?そうか?それじゃ案内してもらうかな?」
航はウキウキしながら蓮と一緒に部屋を出て行った。
2人きりになると明日香が口を開いた。
「あの人・・どこかで会った気がするんだけど・・・覚えていないのよね・・。」
実は明日香は記憶が退行していた時の事をよく覚えていなかったのだ。
「明日香さん。あの男性が安西先生の息子さんなんですよ?彼が翔さんの事を色々調べてくれたんです。」
「え?そうだったの?!」
「ええ・・・それがきっかけで航君と友達になったんです。」
朱莉の言葉に明日香は意味深に言う。
「ふ~ん・・・友達ねえ・・・。」
「?」
すると、そこへ2人が戻ってきた。航は興奮気味に言う。
「朱莉!すごいぞ!この部屋の風呂、ジェットバスにミストサウナ迄ついてるぞ!中にはテレビ迄ついているし・・驚きの連続だ!」
航はすっかり笑顔に戻っている。航のそんな様子を見て朱莉は少し安心した。
(良かった・・・航君。美由紀さんと別れてからなんとなく元気が無いように見えたけど・・・少しは持ち直したのかな?)
しかし、航が落ち込んでいる原因がまさか自分に原因があるとは朱莉は全く気付いていなかった―。
朱莉たちは今『グランピング』の施設内にある店にやって来ていた。
「すごいな・・本当に何でもそろっているんだな。」
航は店内を歩きながら感心したように言う。
「ええ、そうよ。ここは手ぶらで来ても大丈夫なくらい設備が整っている場所なのよ。向こうのブースは男性用の品が売ってるから見てきないよ。」
明日香に言われた航は蓮を見ると言った。
「よし、蓮。男同士・・一緒に見に行くか?」
「うん!行く!」
そして航は蓮の左手を繋ぐと、意気揚々と男性用ブースへと向かった。それを明日香と朱莉が見届けると、明日香が言った。
「朱莉さん。女性用はこっちよ。」
「はい、分かりました。」
そして朱莉も明日香に案内されて女性用品売り場へと向かった―。
約1時間後、4人は店を出た。
時刻は早いものでもう17時を過ぎている。
「今夜はね、庭でバーベキューを蓮とするつもりだったの。食材を2人分追加するからみんなでバーベキューパーティーをしましょうよ。」
明日香の提案に一番喜んだのは言うまでも無い、航だった。
「すっげーな。蓮。楽しみだな~。」
航は蓮の頭をグシャグシャなでながら笑顔で言う。
「うん!すごい楽しみっ!ねえねえ航お兄ちゃん。今夜は僕と一緒に寝ようよ。いいでしょう?」
蓮は航にしがみ付きながら言う。
「蓮ちゃん、航君をあまり困らせては・・・・。」
朱莉が言いかけると航は言った。
「何言ってるんだ、朱莉。俺も蓮と一緒に寝たかったんだよ。な~蓮。よし、なら上のロフトで寝ようぜ。俺がお前を抱っこして上まで運んでやるよ。ロフトからなら天井に窓があるか星空も見えるぞ~。」
「うん。僕ねえ・・・星見るの大好き。明日香ちゃんも星を見るのが好きなんだよ。ねえ~。」
蓮は航に抱き付きながら明日香を見る。明日香も笑顔で蓮を見つめていた。
そんな様子を見ながら朱莉は思った。
(フフ・・・こういう暮らしも素敵かも・・・。何だかシェアハウスみたいで悪くないかも・・この暮らし方なら・・私もずっと蓮ちゃんと一緒に・・。)
そこで朱莉はすぐにその考えを打ち消した。
(でも駄目よ。こんな考えは・・・自分のエゴでしかないわ。私は・・・いつの間にか贅沢を言う人間になってしまったのかも・・・。いつまでも夢みたいな事を考えていないで、これからは現実を見つめていかなくちゃ・・。)
でも・・・朱莉は願うのだった。
今の幸せが・・・もう少しだけ長く続きますように―と。
その夜は盛大なパーティーが開かれた。
バーベキューを仕切るのは航。みんなのリクエストに応えて肉や野菜を焼き、皿に取り分けていく。
「お?何だ~蓮。お前ちっともピーマン食べてないじゃないか。」
航は蓮の皿の上に乗っているピーマンの山を見て言う。
「うえ~だって僕ピーマン苦いから苦手なんだもの・・・」
「そうなの。蓮ちゃんピーマンが苦手で・・・細かく切ってカレーに入れれば食べるんだけど・・・。」
朱莉の言葉に蓮が驚いた。
「ええっ?僕・・・カレーの中にピーマンが入っているなんて知らなかったよ。」
「フフ・・・蓮。お母さんの作戦勝ちね。さあ、これでもうピーマンが食べられないなんて言ってられないわよ?」
明日香がクスクス笑いながら言う。
「ええ~そんなあ・・・。」
すると航が言った。
「大丈夫だって、蓮。ほら、このピーマン縦に切ってるんだ。縦切りにするとな、あんまり苦くないんだぞ?それに網の上で焼いたピーマンは絶対旨いって!な?俺を信じろよ、蓮。」
「うん・・・航君がそう言うなら・・・食べてみるよ。」
蓮はしぶしぶ言うと、フォークに刺してピーマンを口に入れた。
「・・・・。」
口の中でゆっくり咀嚼して飲み込む蓮。それを大人たち全員が静かに見守る。
「・・・食べた・・・。僕・・ピーマン食べれたよっ!」
そして次の瞬間、朱莉たちはいっせいに拍手するのだった―。
夜―
腕に包帯がまかれた蓮はお風呂に入ることが出来なかったが、航がお風呂に入りながらバスルームで蓮の身体をシャワーで綺麗に洗っている間に朱莉と明日香は2人で施設内にある温泉へやって来ていた。
2人で星空を眺めながら湯につかっていると明日香が言った。
「朱莉さん・・・・。」
「はい、何でしょう?」
「今・・・翔はアメリカへ行ってるのよね?」
「はい。・・・恐らく今年中には日本へ帰国してきます。」
「そう・・・。なら・・。」
明日香は少しの間、口を閉ざしていたが・・・やがて言った。
「翔が日本へ帰ってきたら・・考えてみようと思っているの。」
「考え・・・?」
朱莉は明日香を見た。
「ええ・・翔とは・・・もう夫婦にはなれないけど・・・家族にならなれると思うの。」
「家族・・・。」
「そう、家族。私と・・・翔、そして蓮との3人家族・・。いいわよね?朱莉さん・・。」
「明日香さん・・・。」
朱莉はそれ以上、何と返事をすればよいか分からなかった。
一方その頃―
航と蓮はロフトの部屋で2人で一つのベッドに入って天井の窓から星空を眺めていた。
「ねえ。航お兄ちゃん。」
蓮が突然話しかけてきた。
「何だ?」
「お母さんの事好き?」
「ゴホッ!」
航は蓮の突然の質問にせき込んでしまった。
「れ・れ・蓮!お、お前・・一体何言いだすんだ?」
「だって・・・僕もお母さん好きだから、なんとなく分かるんだもん。」
「・・・そうか、蓮も・・お母さんが好きなのか?」
「うん!大好きだよっ!でも・・お母さんてモテモテだよね。修ちゃんもお母さんの事好きだって言ってたし・・。」
「誰だ?修ちゃんて?幼稚園の友達か?」
航は欠伸をしながら尋ねる。
「ううん、修ちゃんていうのはね、鳴海グループの副社長って言うのをやってる人だよ。何かね、高校生の頃からずっと好きだったって言ってた。あ、これお母さんには内緒にしていてね?・・航お兄ちゃん・・・どうしたの?」
蓮は真っ青な顔をしている航の顔を不思議そうに見つめていた―。
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