2-4 航の告白
「なあ、朱莉。それじゃあ展望台へ行かないか?」
航は青銅の鳥居を指さしながら言う。
「え・・?ここから展望台へ行けるの・・・?」
みると、鳥居の先には長い坂が続いている。坂道の左右には食堂や土産物屋の店がびっしりと立ち並んでいる。そして多くの観光客たちが上を目指している姿が朱莉の目に留まった。
「すごいね・・・。お店もたくさんあるし・・ここを上って行くだけでも十分観光出来るね。」
「ああ、そうなんだ。色々な店があるぞ~。江の島と言えばシラス丼が有名なんだ。だからシラス丼を提供している食堂もたくさんあるし、江の島名物のたこせんべいも売ってるぞ?」
「たこせんべい・・そう言えば見かけた事あるわ。よく物産展とかで売られてるもの。帰りにお土産に買って帰ろうかな・・。蓮ちゃん、おせんべい好きだし。」
「お?蓮に土産を買うのか?なら俺が買ってやるよ。」
航の言葉に朱莉は首を振った。
「だ、駄目だよ。航君。そんな事させられないってば。私の方が年上なんだし・・・買ってもらうなんてとんでもないわ。自分で買うから大丈夫よ。それより航君こそ欲しいもの無いの?私が買ってあげるから。」
すると朱莉の言葉に突然航の顔が曇る。
「・・・するなよ。」
しかし、航の声が小さすぎて朱莉は初めの言葉は何を言っているのか理解できなかった。
「え?航君・・・何て言ったの?初めの言葉・・・。」
「だから・・いつまでも俺を弟扱いするなよって言ってるんだよ!」
航は気づけば大きな声を上げていた。
「あ・・・ご、ごめんなさい。航君。私・・・。」
俯く朱莉を見て航は慌てた。
「す、すまないっ!朱莉。俺・・・思わず大声をあげてしまって・・。本当にごめん・・・。俺の事・・・嫌になったか・・?」
まるで捨てられた犬のような目で朱莉を見つめてくる航。それを見て何故か一瞬朱莉は京極に預けたマロンの事を思い出してしまった。
(そっか・・・航君て・・・どこかマロンに似てるんだ・・初めて会った時・・航君マロンと同じ色の髪だったし・・。だから余計に親近感を持てたのかも・・。)
だから朱莉は笑みを浮かべて言った。
「私が航君の事嫌になるはずないでしょう?ねえ、早く展望台に行ってみよう?」
「あ、朱莉・・・。」
(良かった・・・俺、きっと朱莉に嫌われていないんだ。いや・・・少しは俺に好意を抱いてくれているのかも・・・。)
航はすっかり有頂天になっていた。
まさか朱莉が自分の事をかつての飼い犬のマロンに似ていると思われているとは思いもしていなかったのだ―。
その後、朱莉と航は干物や海苔を扱う店、さらに相模湾の海の幸・・・夫婦饅頭や羊羹、貝細工の土産物店に老舗旅館、等々参道に立ち並ぶ様々な店の前を通り抜け、約5分かけて高台にある『江の島エスカーのりば』へとやってきた。
『江の島エスカーのりば』には多くの客が並んでいたが、ほぼ若いカップルか、ファミリー層ばかりだった。
「やっぱりここってカップルに人気のある場所なんだね。」
朱莉が航を見上げて言う。
「お、おう!そ・そうだな・・・。」
(俺と朱莉も・・・周囲からそういう目で見られているのだろうか・・?)
そう考えると何だか航の心はくすぐったい気持ちになった。ふと前方にいたカップルが仲良さげに手をつないでいる姿が目に入った。
(俺も朱莉と・・・手を繋ぎたいな・・・。)
航が少し手を伸ばせば、すぐに触れあう距離に朱莉の手がある。航は朱莉の様子をそっと伺うと、朱莉はエスカーのりばのすぐそばに立っている江の島展望灯台の大きな看板を眺めていた。
(よ・・よし・・っ!)
航は思い切って朱莉の左手を握りしめた。
「わ!びっくりした。どうしたの?航君。」
朱莉は目を見開いて航を見上げた。
「あ、い・いや・・。」
(嫌なのか?!も、もしかして・・・朱莉・・俺と手を繋ぐのが・・嫌なのか?!)
「航君・・・?」
朱莉は不思議そうな顔をしながらも手を振り払うような真似はしない。そこで航は苦し紛れの言い訳をした。
「い、いや・・・。この先の乗り物は急なエスカレーターになってるんだ。朱莉はわりと・・・ドンくさいところがあるから手を繋いでいた方がいいかなって思ってだな・・。」
何とも我ながら白々しい言い訳だと思ったのだが、意外な事に朱莉はその話をあっさりと信じた。
「そうなんだ・・・そんなに急なエスカレーターなんだね。それなら確かに航君の言う通り、手を繋いでもらっていた方が安心かもね。」
言いながら朱莉は笑みを浮かべて航を見た。
「お、おう!そうなんだっ!」
(良かった・・・朱莉が鈍い女で・・・。)
航は心の中で安堵するのだった―。
その後、航と朱莉はエスカーに乗り込み江の島展望灯台までやってきた。その間航はどさくさに紛れて朱莉の手を繋ぎっぱなしだったが、朱莉はその事については何も口にしなかった。
何故なら朱莉は航が自分の手を繋いだまま離さないのは、はぐれてしまわないように繋いでいるのだろうと思っていたからである。
(航君て・・・心配性だよね・・・。)
しかし当の航は朱莉が手を繋ぐことを拒否しないのですっかり有頂天になっており、朱莉が何を考えているのかは知る由も無かった―。
2人で青空の下、江の島展望台から地上を見下ろしていると航がポツリと呟いた。
「残念だったな・・。」
「何が?」
朱莉は航を見上げた。・・・2人の手はまだ繋がれたままである。
「いや・・・夜だったらさ、夜景が綺麗に見えて、ロマンチックな景色が観れたはずなのに・・・。」
すると朱莉が言った。
「今だって、十分素敵な景色だよ。それにね・・・。」
航は朱莉の次の言葉に凍り付くのだった。
「夜景って言うのはやっぱり恋人同士でみるものなんじゃないかな?航君・・今日は私が暇で寂しそうにしてるから誘ってくれたんでしょう?だから今度は美由紀さんと2人で夜景を見に来たらどう?きっと喜ぶんじゃないかな・・え・・?ど、どうしたの?航君。」
航は突然朱莉から手を離すと、泣きそうな顔で朱莉を見つめている。
「朱莉・・・。俺・・。」
航はそこまで言うと、俯いてしまった。
「ど、どうしたの?航君。そ、そうだ。とりあえず下に降りよう?この展望台の下・・・お店になっていたよね?そこでコーヒーでも飲もう?」
すると、航は子供のようにコクリと頷く。
「じゃあ、すぐに下に降りよう。」
航は朱莉に促され、2人は江の島展望台を降りることにした―。
展望台を降りた航は外に設置してあるガーデンテーブルの椅子に座っていた。
「航君、お待たせ。」
朱莉が2人分の缶コーヒーを買ってくると、航の前のテーブルに置いた。
「外は暖かいから冷たいコーヒーにしちゃったんだけど・・良かったかな?」
「ああ・・・悪いな。朱莉。」
航はポツリと呟く。2人はプルタブを開けてコーヒーを口に入れると朱莉が尋ねてきた。
「航君・・・大丈夫?私・・・もしかして何かまずい事言っちゃた?」
朱莉は自分が美由紀の事を持ち出してから、航の様子がおかしくなった事に気が付いたのだ。
「・・・。」
それでも航は口を閉ざしたまま、俯いている。
「ねえ・・・航君・・・。ひょっとして・・・美由紀さんと何か・・あった?」
航はその言葉に反応して肩をピクリと動かした。
(やっぱり美由紀さんと何かあったんだ・・・。ひょっとして・・私のせい・・?)
「ねえ・・航君・・。美由紀さんと何があったか・・教えてくれる?」
朱莉は航に静かに問いかけると、航は顔をあげて口を開いた。
「朱莉・・・俺・・・美由紀とは・・もう別れたんだ・・。俺には・・別に好きな女がいるから・・。」
そして航は再び缶コーヒーに手を伸ばした―。
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