1-10 美由紀と朱莉と修也

(噓でしょう?航君・・・・。)


美由紀は目の前の光景を信じられない思いで見つめていた―。




 今日2人で一緒にやってきた映画館。以前から美由紀が観たがっていた映画だった。航は徹夜明けで疲れているにも関わらず、以前から約束して映画を観に行く約束を守ってくれた。けれど、よほど疲れていたのか、上映中もうつらうつらしていた。


(航君・・・。私に無理に合わせて今日は来てくれたんだね・・。)


大音量の響き渡る映画館の中でウトウトしている航を見て、美由紀の顔に思わず笑みが浮かぶ。


(やっぱり航君は優しいな・・・。私の為に疲れていてもちゃんと約束守ってくれるんだもの。これって・・やっぱり愛されているって思ってもいいんだよね・・・?)


美由紀は思った。映画が終わったら、今度は航の好きな事をさせてあげよう。思い切り甘やかせてあげようと思った。なのに―。



 2人で観た映画は公開が始まったばかりの人気作品だった。観客席もほぼ満席で、上映が終われば、当然のごとく館内は人混みで溢れかえっていた。そして気づけば一緒に歩いていたはずの航の姿を美由紀は見失ってしまっていた。


(え・・?やだ・・・航君・・・何処行っちゃったのよ・・・。)


美由紀は人混みに押されながら、キョロキョロと周囲を見渡し、数人を挟んだ前方に航の後ろ姿が見えた。


「あ、航く・・・。」


呼びかけた時、美由紀は驚愕で目を見開いた。何故なら前を向いていたはずの航が急に振り返ると、真後ろにいた女性をいきなり強く抱きしめてきたのだ。左手を女性の頭に添え、右手でまるでかき抱くように強く抱きしめている姿・・。そして航は女性の髪に自分の顔をうずめている。美由紀はあんな風に情熱的に航に抱きしめられたことは今までに一度もなかった。しかも、相手の女性には連れの男性がいたようで、その男性は困り切った顔をしていた。


周囲ではヒソヒソざわめき声が聞こえてくる。


「うわ・・・こんなところでよくやるな・・・。」


「あの男の人、なんか格好いいね?」


「あの相手の女・・・男連れじゃないの・・?」


等々・・。

それらのざわめき声は全て雑音となって美由紀の耳に伝わってくる。


(な・・何やってるのよ・・航君・・・・。)


美由紀は頭がズキズキと痛くなってきた。これと同じような情景を数年前も一度見たことがある。そう、あれは初めて美由紀が勇気を振り絞って航を誘ったクリスマスイベントのショー会場で・・・あの時も航は女性をあんな風に情熱的に抱きしめ、そしてその女性の傍には男性が・・。

その時、美由紀は2人の傍に立っている男性を見て息を飲んだ。 


(あの人・・・どこかで見た事がある・・。)


そして気がついた。その人物は美由紀が勤めている会社、『ラージウェアハウス』の取引先の得意先である、鳴海グループの副社長だった。会社で度々話題にのぼり、しかも社長とも個人的に親しく付き合いがある人物で社内報でも登場したことがある。


(まさか・・・航君が抱きしめているあの女性は・・・?)


美由紀の目に見る見るうちに涙が溜まり、頬を伝って流れ落ちてゆく。もうこれ以上航が他の女性を抱きしめている姿を見るのは耐えられなかった。


「!」


美由紀は身をひるがえし、映画館の外へ飛び出した―。





「航君・・・。」


美由紀は映画化の出入り口の隅にあるベンチにぼんやり座っていた。航からは一度だけ着信があったが、とても出る気にはなれなかったし、折り返し掛けなおす気持ちにもなれなかった。

美由紀は映画館を出入りする人達に目を向けた。友達連れやファミリー連れもあったが、一番多く目立ったのはやはりカップル同士だった。みんな幸せそうに寄り添って映画館の中に吸い込まれてゆく。


(私だって・・・映画を観終わるまでは・・とても幸せな気持ちだったのに・・・。)


その時、美由紀は偶然見た。

映画館の中から出てゆく美男美女。カップル同士にしては少し距離があるように見えるその2人・・・男性の方を見て美幸はアッと思った。

その男性は鳴海グループの副社長で、先程航が抱きしめていた女性と一緒にいた男性だった。


「・・・ッ!」


気が付けば美由紀はたちあがり、2人の後を追っていた。



「あ!あの!すみませんっ!」



「「え?」」


2人は同時に振り向いた。男性の方はやはり鳴海グループの現副社長である。そして女性の方は・・。


(誰・・・?すごく綺麗な人・・・でも何処かで会ったことがあるような・・?)


美由紀は必死で記憶の糸を手繰り寄せた。すると修也が朱莉に尋ねた。


「朱莉さん・・。知り合い?」


「いいえ・・・知らない方です。あ、あの・・どちら様でしょう?何か御用でしょうか・・?」




「え・・・?!あ、朱莉・・・・?!」


美由紀はその名前に聞き覚えがあった―。




 2人が交際して・・初めて関係を持ったあの日・・・・。

美由紀は幸せな気持ちで隣で寝息を立てて眠っている航の寝顔を見つめていた。


(フフ・・航君・・・。)


美由紀は眠っている航にすり寄ると、寝ぼけているのか航は美由紀を抱き寄せてきた。

そして航は言った。


「朱莉・・・・。」


と―。


あの時、美由紀は確かにショックを受けたけれども、どうせ過去の話だし、今航の彼女は自分なのだからと無理に気持ちを納得させた。けれど度々寝言で航は朱莉の名前を呟き・・・そのたびに美由紀は寂しい思いをしてきた。


(こ、この女の人なの?航君が寝言でつぶやいていたのは・・・?!)


美由紀は足を震わせながら朱莉をじっと見つめていた―。




 一方の修也と朱莉は困り果てていた。呼び止められて、振り向いたものの、全く見覚えがない女性の上に、先程から黙ったまま口を開かないのだから。


「あの・・・?」


修也がもう一度声を掛けると、美由紀は一瞬俯き・・・顔を上げると言った。


「あの、私・・・前田美由紀って言います・・・っ!」


「え?前田・・美由紀さん・・?美由紀・・・さん・・・。あ!ひょっとすると・・・貴女が航君の彼女ですか?」


朱莉が笑顔を見せた。


< 航君。 >


朱莉の口から航の名を聞いた美由紀は何故か苛立ちが募ってきた。


(いや・・・やめてよ・・。私の航君を・・・同じ呼び方で呼ばないでよ・・!)


「貴女が美由紀さんですか?今安西君は貴女と連絡が取れなくて、ご自宅へ向かったんですよ。すみません・・ぼくが余計な事を話してしまったばかりに・・。」


修也は申し訳なさそうに言う。


「あの、航君に連絡を入れてもらえますか?すごく心配していたので。」


朱莉が言うと、美由紀は敵意のある目で朱莉を睨みつけた。


「あの・・失礼ですが・・・貴女は一体航君の何なのですか?!」


つい美由紀の口調が強くなる。


「え・・?」


とっさに美由紀に尋ねられ、朱莉は何と答えれば良いのか分からなかった。ただ分かるのは目の前に立っている相手から自分が良く思われていないという事であった。

そこで朱莉は気が付いた。


(あ・・・まさか、・・この女性に見られてしまったんじゃ・・?そうでなければこんな視線で見らえるはずは・・。)


そこで朱莉は言った。


「あの、私は航君とは知り合いで・・・。」


「嘘ッ!」


しかし美由紀は強い口調で言う。


「え・・?あ、あの・・・?」


「嘘言わないで下さいっ!ただの知り合いに・・航君があんな事しますかっ?!それだけじゃない・・・。何年か前・・ 航君と初めてデートする予定だった時だって、航君は貴女に会って、さっきみたいに抱きしめて・・っ!」


「え?クリスマスイブ・・・?」


(ひょっとして・・・偶然航君に再開したイブの日の事・・?あの時、翔先輩と航君が揉めた・・あの日・・?)


すると、ついに見兼ねた修也が美由紀の前に立つと言った。


「ええと・・美由紀さん。先程の男性とは本当に偶然僕たちは出会ったんです。そうしたら彼がいきなり朱莉さんを抱き締めてきたんですよ。それよりも・・・早く彼に連絡してあげてください。きっと心配しているでしょうから。それでは僕達は用事があるのでこれで失礼します。さ、行きましょう。朱莉さん。」


「あ、は・はい・・・。」


修也は朱莉の肩を抱きかかえるように、美由紀をその場に残して歩き始めた。



「航君・・・どうして・・・。」


美由紀はポツリと呟くのだった―。



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