1-11 別れの予感
「朱莉さん、大丈夫ですか?折角のオムライスが冷めてしまいますよ?」
「え?あ!す、すいません。」
修也に指摘されて、朱莉は自分が出来立てのオムライスを前にぼ~っとしていた事に気付き、頬を染めると謝った。
「いえ・・・。朱莉さん。先程の2人が気になるんですか?」
修也はオムライスを口に運びながら尋ねた。
「は、はい。すみません・・。」
「朱莉さん。別に謝る必要は無いですよ?朱莉さんは別に何も悪い事はしていないのですから。」
「ですが・・・何だか責任を感じてしまって・・。」
朱莉は項垂れた。
「朱莉さん。とりあえず・・・元気を出して食べましょう。午後はお母さんの面会に行くんですよね?僕もご一緒させて下さい。」
「え?!そ、そんな・・・各務さんに面会に来て頂くなんて申し訳ないです。」
朱莉は慌てて言うが、修也は笑みを浮かべて言った。
「いえ、いいんです。それに・・あながち朱莉さんのお母さんとは全く関わりが無かったわけじゃありませんから。」
修也は何故か意味深な言い方をした。
「え?それは・・どういう意味ですか?」
朱莉は首を傾げて尋ねたが、修也は曖昧に笑うだけだった。その笑みが表す意味を朱莉は知る由も無かった―。
その頃―
航は美由紀の住む賃貸マンションに来ていた。先程からインターホンを押しても何の
応答も無い。スマホに電話を入れても繋がらないし、メッセージを入れても既読にすらならない。
「美由紀・・・何所に行ったんだよ・・・。何で連絡が取れないんだよ・・・。」
航はため息をついて、ズルズルと美由紀の玄関の前に座り込み、ため息をついた。
するとその時、航のスマホに着信が入った。
「美由紀かっ?!」
慌ててスマホを上着のポケットから取り出すと相手は父親からであった。
「チッ!何だよ・・こんな時に・・・。」
思わず舌打ちをすると航はスマホをタップした。
「はい、もしもし。」
『航、今何所にいるんだ?』
「何所って・・・。」
航が言い淀むと、父である弘樹が言った。
『もしかすると彼女の家か?』
「ああ・・まあな・・・。」
『そうか。だが、夜には帰るんだろう?』
「あ、あたりまえじゃないかっ!何言ってるんだよ!」
『そうか、ならいい。実は今夜11時に仕事が入ったんだ。張り込みの仕事だ。やれるな?』
「あ・・・大丈夫だよ。」
『そうか、詳細はお前が帰宅してから話す。それじゃ、邪魔したな?』
「な・・!な、何おかしな事言ってるんだよっ!分かった、今から帰るから仕事の話を聞かせてもらうからな。」
航はそれだけ言うと、立ち上がって帰りかけた時、マンションの踊り場で美由紀に会った。
「あ・・・、美由紀!お前・・・何所に行ってたんだよっ?何で連絡してこなかったんだ?」
しかし、美由紀は航の質問に答えない。虚ろな瞳で航を見ると言った。
「航君・・・帰るの?」
「ああ・・・悪いな。夜から仕事の依頼が入ったから帰る。悪い。」
すると航の言葉に美由紀は顔を上げて睨み付けた。
「また・・・またそうやって、心にもない『悪い』を言うのっ?!」
「み、美由紀・・・。別に俺はそんなつもりじゃ・・・。」
「仕事・・夜からなんでしょう?」
「あ、ああ・・・。」
「なら、私の部屋へ寄って行ってよ。」
「・・・・。」
航は黙って美由紀の顔を見つめた―。
今、航は美由紀の部屋の玄関に立っている。
「ねえ。上がらないの・・?」
玄関から部屋に上がった美由紀はまだ靴を履いたまま、玄関で立っている航に尋ねた。
「ああ。上がらない。すぐに帰るから。」
「そんな事言わずに・・少しでもいいから上がってよ。今、コーヒー入れるから。」
しかし、航はそんな美由紀を見つめながら思った。
(駄目だ・・・今、部屋に上がったら、美由紀は何だかんだと理由を付けて俺を帰らせようとしない可能性があるからな・・・。)
航は言った。
「だけど・・俺は今日徹夜明けで・・それに今夜も夜中の仕事なんだ。だから仮眠を取らないと。そういう分けだから今日は帰る。じゃあな。」
そして航は美由紀に背を向けて玄関のドアを開けようとした時―。
「行かないでっ!」
美由紀が航の上着の裾を握りしめると言った。
「み、美由紀・・・。」
航が振り向くと美由紀は俯き、必死になって航の上着を握りしめている。その身体は小刻みに震えていた。
「お、お願い・・・。行かないで。仮眠なら・・・私の部屋にあがって休んでいけばいいじゃない。ベッドなら貸してあげるから。」
「・・・。」
しかし、航は返事を出来なかった。何故なら・・・今、航の頭の中を半分以上占めていたのは朱莉の事だったからである。
「ねえ・・・どうして黙っているの?何か言ってよ・・・。」
美由紀の声はいつしか涙声になっていた。
「ごめん。美由紀。また・・・今度話をしよう。」
航は美由紀の頭を撫でながら言う。
「今度って・・・いつよっ?!また会ってくれるの?!」
美由紀は目に涙を浮かべながら言う。
「ああ・・・ちゃんとまた会うから。」
「本当?本当にまた会ってくれるの?」
美由紀は震えながら航に尋ねる。
「勿論だ。」
「そう・・なら、キスしてよ。」
美由紀は目を閉じて顔を上に向けた。
(もし・・・まだ航君が私の事を彼女だと思ってくれているなら・・きっとキスしてくれるはず・・・。)
すると美由紀の頬に航の手が触れる気配を感じ、航の息遣いが聞こえてきた。
(航君・・・。)
しかし・・・航がキスしたのは美由紀の額だった。しかもほんの一瞬触れるだけの。
「航君・・・。」
(どうして・・・。)
美由紀が目を開けると、そこにはどこか悲し気な航がそこに立っていた。
「わ、航君・・・?」
「じゃあな・・美由紀。」
それだけ言うと、航は美由紀の部屋を出て行った。
「航君・・・・。」
美由紀は玄関にぺたりと座り込んだ。まるで今の航の言葉は別れを告げているように聞こえてしまった。
「航君・・・。」
美由紀は膝を抱えていつまでもすすり泣いていた―。
美由紀の部屋を出て、道路に出ると航は美由紀の住むワンルームマンションを振り返った。4年前から交際が始まって・・週1位で通った美由紀の部屋。
(でも・・・それも今日で終わりだ。ごめん、美由紀。)
航の心はもう決まっていた。朱莉に自分の気持ちを告白して・・・例え受け入れて貰えなくても美由紀とは別れる。何故なら朱莉に振られたとしても、未練だけが残って以前の様に朱莉と再会する前の自分にはもう戻れないと自覚してしまったからだ。
そんないい加減な気持ちで美由紀と付き合う訳にはいかない。
(そうだ、美由紀はいい女だ。だから俺みたいなろくでも無い男じゃなく・・もっと美由紀の事を大切にしてくれる男と付き合うべきなんだ・・・・。)
航はそう思う事によって、自分が美由紀と別れる為の正当な理由を作り出していたのだ。航は知らなかった。自分がどれだけ美由紀に思われているかを。知ろうとも思っていなかったのかもしれない。
自分が寝言で朱莉の名を呟いていた事・・・それを傍らで聞いている美由紀がどれ程傷ついていたのかを。
航は駅に向かって歩きながら、4年ぶりに再会した朱莉の事を思い出していた。
もう今年で30歳になるにも関わらず、朱莉は若々しく・・・そして美しかった。
(朱莉と今日一緒にいた男・・。あいつも・・朱莉の事を好きなのだろうか・・?)
気付けばいつの間にか美由紀の事は頭の隅から追い払われ、今は朱莉の事で航の頭はいっぱいになっていた。
そして航は空を仰ぎ見ると思った。
朱莉に早く会いたい―と。
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