9-12 空港での別れ
翌朝―
朝の食事と回診が終わると、すぐに翔は祖父にメールを入れた。すると5分も経過しない内に翔のスマホが鳴った。着信相手は勿論会長からである。
「もしもしっ?!」
『おお・・・翔、元気そうじゃないか。いやあ・・驚いたよ。秘書課の課長から連絡を貰った時は・・・まさかお前が急性虫垂炎にかかるとはな・・・でも手術は大ごとにならなかったそうじゃないか。しかし医学は発達したものだ。昔は開腹手術じゃ無ければ手術等出来なかったからなあ・・・。』
翔の焦りとは裏腹に、電話越しから聞こえて来る会長ののんびりした口調に苛立ちを募らせながら翔は言った。
「会長!そんな事よりも・・・どういう事ですかっ?!修也に副社長代理をまかせるなんて・・・!私には2週間程休暇を取るように言ったそうですね?言っておきますが・・・私は本来なら休暇をとるつもりなは無いのですよ?!ですが・・・会長の命令とあれば受けるしかありませんが・・・。」
『翔・・・実はお前にはやって貰いたい事があってな・・・。休暇はもういい。取りたくないのなら取らなければいい・・・ただし、お前には4年間カルフォルニア州へ行って貰う。そこで研修を受けて来るんだ。無事に・・・研修期間を乗り越えられた上で、お前か修也のどちらかを後継者にする。』
「な・・・何ですって・・・?!」
翔は耳を疑った。そんな話がまさか会長の口から飛び出して来るとは夢にも思わなかった。
「ど、どういう事ですかっ?!うっ・・・!」
あまりに大声をあげたので手術の痕がズキリと痛み、翔は呻いた。
『ほら・・・あまり興奮するな。傷に障るぞ?良いか・・・翔。人は競争してこそ成長する。お前は今迄自分が後継者に選ばれるのは当然と思っていたようだが・・それに奢るな。鳴海家の地を引く人間なら誰だって後継者候補にあがるし・・・能力を兼ね備えている人物なら・・・外部の人間が選ばれる可能性だってあるのだ。修也は本当に優秀な人物だ。お前だってその事は知っているだろう?それに修也は経験も豊富だ。色々な場所や部署で仕事をしてきたのだからな。そこへ行くとお前はどうだ?ずっとトップの地位に座り続けているだけで・・・下の者の苦労も知らない。経験不足だ。そのような人間にこの巨大グープを任せるわけにはいかんのだよ?』
「そ、それは・・・・。」
確かに祖父の言葉は的を得ている。だが・・・どうしても翔は納得出来なかった。
『異論があるなら、この話・・・やめてもいいぞ。その代わり・・・出向は確実だ。もう二度とトップに昇れる事はない。』
「!!」
翔は息を飲んだ。もう・・こうなると会長の話を引き受けざるを得なかった。
「分かりました・・・。この話・・社命として・・受けます。それでいつから動けばよいですか?」
『時期はお前に任せるが・・・なるべく早い方がいいな。退院して・・体調が戻り次第、出国手続きを進める。現地にはコーディーネーターの男がいるから、今後の連絡はその男を介せばいい。お前のアドレスにその男の連絡先を送って置く。後で目を通して置け。それじゃ・・・お大事にな。』
それだけ言うと電話は切れた。
「くそっ!!」
翔は枕を掴み、壁に向かって投げつけると頭を抱えた。
「何て事だ・・・・。」
そして深いため息をついた―。
午後3時―
朱莉が蓮を連れて面会に現れた。
「こんにちは、翔さん。」
「ああ・・朱莉さん。」
翔はPCから顔を上げると弱々しい笑みを浮かべた。
「ど・・どうしたんですか?翔さん。顔色が酷く悪いですよ?まさか具合でも悪いのですか?」
「い、いや・・・。そうじゃないんだ・・。ただ・・・。」
「ただ?」
朱莉は首を傾げた。その様子を見て翔は思った。
(駄目だ・・・こんな重要な話・・・絶対に隠しておいてはいけないに決まっている!)
「朱莉さん・・・落ち着いてよく聞いてくれ。」
「は、はい・・・。」
朱莉はただ事ではない翔の姿に何かを感じ、ベッドの傍に椅子を寄せると蓮を胸に抱きしめ、翔を見た。
「会長に命令されたんだ・・・。体調が回復次第・・・カルフォルニア州へ行くようにと・・・。それも4年間・・・。」
「え・・?」
(そ、そんな・・・私はどうすればいいの・・・?レンちゃんは・・?)
「朱莉さん・・・。俺と一緒に・・・来てくれるか・・?カルフォルニアへ・・・?」
翔はほぼ絶望的な訴えとは知りつつも朱莉に尋ねた。そしてもし・・・この場で頷いてくれたなら・・・正式にプロポーズをしようと考えた。
しかし・・・。
「す、すみません・・・。そ・それは・・・無理・・・です・・・。」
朱莉は申し訳なさそうに、今にも消え入りそうな声で俯くと言った。
「そうか・・・そう・・・だよな・・・。何せ俺達は・・・。」
翔が言いかけた時、朱莉は口を開いた。
「母が・・・病気の母が心配なので・・私は日本を離れる事は出来ませんっ!す、すみません・・・。」
朱莉は再び、俯くと肩を震わせた。
「え・・・?お母さん・・・?」
(ひょっとすると・・・朱莉さんが俺について来れない理由は・・・お母さんの事だったのか・・?そうか、なら・・・。)
翔は下唇を一度ギュッと噛むと言った。
「朱莉さん・・・本当に悪いけど・・・俺が日本に戻ってくるまで・・蓮を頼めるかい・・・?」
「は・・・はいっ!勿論ですっ!」
朱莉は力強く頷いた。
「ありがとう、朱莉さん・・・。」
翔はその時に決めた。4年後・・・日本に戻ってきたら朱莉に正式に結婚を申し込もうと・・・。そして、その答えがどんな事になっても受け入れようと―。
「朱莉さん。俺は明日退院するんだ。そうしたら少しずつ転居する準備をする。そして退院後の外来診察が終わったら・・・すぐに日本を発つよ。だから・・悪いけど・・荷造り・・手伝って貰えるかい?」
翔は照れ臭そうに尋ねた。
「はい・・勿論ですっ!私に出来る事なら・・・どんなお手伝いも致します。」
朱莉は力強く頷いた―。
翌日、翔は無事に退院手続きを終えると、車で迎えに来た朱莉と一緒にマンションへと戻った。それから朱莉と翔は引っ越しの準備の為、協力して荷造りをした。
外来診察は退院から2週間後だった。そこで翔はその2週間の間に、修也への引き継ぎ業務等を行い・・・あっという間に2週間が経過した。
ピンポーン
朱莉の部屋のマンションのチャイムが鳴った。朱莉はすぐにドアを開けるとそこには翔が立っていた。
「翔さん、どうでしたか?診察の方は。」
「ああ。経過は良好。もう大丈夫だよ。」
「そうですか・・・。」
朱莉がほっとした笑みを浮かべると翔は言った。
「朱莉さん。明日・・・カルフォルニアへ発つ事にしたよ。」
「明日・・・。」
朱莉は顔を上げた。
(明日・・・翔さんは・・カルフォルニアへ行くんだ・・・。)
「空港まで・・・お見送りさせて下さい。何時の便ですか?」
「明日9:30だよ。」
「分かりました。レンちゃんと2人で・・行きます。」
「有難う。それじゃ・・準備があるから・・また明日。」
「はい、また明日・・・。」
そしてドアは閉じられた。
翌日―
朱莉と翔は搭乗ゲートにいた。蓮はベビーカーの中で眠っている。
「残念でした・・・。レンちゃん目を覚ましていれば、挨拶できたのに・・・。」
朱莉はポツリと言う。
「いや、いいよ。でも・・次に会う時は蓮は4歳か、もしくは5歳になってるのか・・想像つかないな。」
翔はベビーカーでスヤスヤ眠っている蓮を見ると言った。
「そうですね・・・私も想像つかないです。」
その時、空港内にサンフランシスコ行の搭乗案内のアナウンスが流れた。
「あ・・・もう、行かないと・・・。」
翔は顔を上げてアナウンスを聞いた。
「そうですね・・・。」
朱莉はポツリと呟く。
「・・・・。」
翔は朱莉を黙って見つめていたが、突然朱莉の左腕を掴み、グイッと自分の方へ引き寄せ、抱きしめるとそのまま唇を重ねた。
「!」
あまりの出来事に朱莉は一瞬何が起こったか分からなかった。
翔は朱莉からゆっくり唇を離すと、両手で朱莉の頬に手を添えると言った。
「朱莉さん・・・元気でね。」
そして朱莉が口を開く前にクルリと背を向けると、そのまま歩き去って行った。
「・・・・・。」
朱莉はたった今の出来事が信じられず、立ち尽くしていたが・・・やがて自分の唇にそっと指で触れると呟いた。
「翔先輩・・・。」
そして、3年の月日が流れた—。
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