第3部 1-1 蓮の入園式

 4月―


今日は今年4歳になる蓮の幼稚園の入園式である。


「おかあさーん。まだあ~?」


幼稚園の制服に身を包み、園指定の靴を履いた蓮が玄関から朱莉を呼んでいる。


「ごめんね~。蓮ちゃん。もうすぐ出かけられるから待っていてくれる?」


上品なフォーマルスーツを着た朱莉が蓮に声を掛けた。


「うん・・・よし、戸締り大丈夫っ!お待たせ、蓮ちゃん。」


朱莉はショルダーバックを下げると、パンプスに足を通した。


「お母さん、とっても今日は綺麗。」


蓮はニコニコしながら朱莉の手をギュッと握りしめる。


「蓮ちゃん・・・。」


朱莉は思わず頬を染めて蓮をギュっと抱きしめると言った。


「蓮ちゃんも今日は一段と格好いいわよ。」


「えへへ・・・。」


蓮は恥ずかしそうに言う。


「さて、それじゃ行こうか?」


朱莉は右手を差し出すと蓮は小さな手で朱莉の手を握りしめてきた―。



 マンションのエレベーターに乗り込んで外へ出ると、そこには修也が立っていた。


「え・・?各務さん・・・?」


「あ!修ちゃん!」


蓮が嬉しそうに修也に駆け寄って行く。蓮は優しい修也が大好きなのだ。


「蓮君。おはよう、いよいよ今日から幼稚園生だね。」


修也は蓮の前にしゃがむと笑顔で頭を撫でた。


「うん!僕ね。今日から幼稚園生だよ。」


蓮は胸を張って笑顔で言う。修也はそんな蓮を愛おしそうに見つめ、立ち上がると朱莉に視線を移した。


「あ、あの・・・各務さん。お仕事はどうされたのですか?」


朱莉は戸惑いながら尋ねた。すると修也は照れくさそうに言った。


「いえ・・・実は会長に頼まれたんです。今日は蓮君の幼稚園の入園式だから、翔の変わりに参加するようにって・・・。あの・・僕、ひょっとして迷惑・・でしたか?」


「うううんっ!そんな事無いよっ!だって僕・・・修ちゃんの事大好きだもんっ!」


そして蓮は修也に抱き着いた。


「そうかい?そう言って貰えると・・・嬉しいな。よし、それじゃあ3人で行こうか?」


修也は蓮の左手を握りしめると言った。


「うん!お母さんも手、繋ごう?」


蓮は小さな右手を差し出して来た。


「え、ええ。そうね。行きましょう?」


朱莉は蓮の右手を握りしめると、3人は蓮を真ん中に駐車場へと向かった―。


 

 蓮が通う事になる幼稚園は朱莉たちが住むマンションからスクールバスで15分程の距離にある。今日だけは入園式なのでスクールバスは利用しないが、明日から蓮はバスに乗って登園する事になっている。


 今年入園する園児は合計120人。この地域では稀にみないマンモス幼稚園で、場所柄、当然の如くセレブばかりが通園する幼稚園なのだ。その中でも特に入園する園児の中で注目を浴びていたのは当然、蓮である。


 何せ、あの日本で5本の指に入る鳴海グループ総合商社の将来的な跡取りになる可能性が大なのだ。当然注目度も違ってくる。

朱莉は目立つことが苦手だったので、鳴海グループの事は伏せていたのだが、苗字でばれてしまった。


 園児たちだけが先生たちに集められて教室に向かった時、朱莉は明らかに周囲の両親達から注目されていることに気付き、恥ずかしくなってしまった。


(どうしよう・・・私は翔さんの本当の妻でも無ければ、蓮ちゃんの本当のお母さんじゃないのに・・・。)


だから必要以上に園児の母親達とは親しくしないようにと決めていたのだが・・・。


(でも、心配する事は無かったみたいね・・・。)


朱莉は注目されている分、浮いていた。どうやらあまりにも次元が違うレベルと思われて、誰もが朱莉に声を掛けるのをためらっている様子が分かった。

元々朱莉はそれ程積極的な性格では無い。それに後1年で朱莉は翔と蓮の元を去るのだ。だから反ってこの状況は朱莉にとっては好ましいものだった。


(私はママ友は別に必要無いわ・・・。ただ、蓮ちゃんが幼稚園で楽しく過ごせればそれでいいんだもの・・・。)


 すると朱莉の様子に気付いたのか、傍らに立つ修也が小声で声を掛けてきた。


「大丈夫ですか?朱莉さん。何だか・・僕達随分注目されているようですけど・・・全く気にする事はありませんからね?何か困った事があればいつでも相談に乗りますから。」


「あ、ありがとうございます・・・。」


朱莉は修也に元気づけられ、笑みを浮かべるのだった。




 入園式終了後―


修也の運転する車の後部座席に乗り込んだ朱莉と蓮は楽し気に会話をしていた。


「どうだった?蓮ちゃん。幼稚園・・・楽しんで行けそう?」


朱莉は蓮の手を握りしめながら尋ねた。


「うん!僕ね、もうお友達が出来たんだよ!ハルト君とヒナタ君て言うの。明日幼稚園に行ったら一緒に遊ぶ約束したんだよ?」


蓮は目をキラキラさせて言った。


「あ、後ねえ・・ハルト君とヒナタ君が言ってたんだけどぉ・・・。」


「何?何て言ってたの?」


「お母さんの事・・・とっても綺麗だって言ってたよ!」


「え・・ええっ?!」


朱莉は思わず赤面してしまった。するとそれまで静かに運転をしていた修也が楽しげに言った。


「うん、そうだね。蓮君のお母さんはとっても綺麗だものね。」


「か、各務さんまで・・っ!」


朱莉はますます赤くなる。すると蓮が言った。


「あ!やっぱり修ちゃんもそう思う?」


「うん。勿論そう思っているよ。」


「も、もう・・この話はやめましょう。それよりも、もっと幼稚園のお話を聞きたいわ。」


「うん、いいよ。他にはねえ・・・。」


そして蓮の話はマンションに着くまで続くのだった―。




「各務さん、今日は本当に有難うございました。」


車から降りた朱莉は修也にお礼を述べた。


「ねえねえ、修ちゃんも家に行こうよ。」


修也の事が大好きな蓮は修也の手を引っ張りながら言う。


「ごめんね。蓮君。僕は仕事に戻らないといけないんだ。」


修也は蓮の前にしゃがむと言った。


「ええ~そんなあ・・・。」


蓮は口をとがらせる。


「蓮ちゃん、あまり各務さんを困らせちゃ駄目よ。」


朱莉がたしなめると蓮はますますふくれっ面をする。


「だって・・・。」


「本当にごめんね・・。あ、でもその代り今度の日曜日、また水族館に連れて行ってあげるよ。蓮君、イルカ大好きだっただろう?」


「えっ?!本当っ?!」


蓮は頬を赤く染めて言う。


「うん、勿論だよ。」


「え・・・?でも各務さん・・・それはご迷惑では・・。」


朱莉の母親の入院はまだ続いている。そして翔がカルフォルニアへ行ってからは修也が代わりに蓮の面倒を見てくれていたのである。


「大丈夫ですよ、気にしないでください。僕も蓮君のおかげで、すっかり水族館好きになったんです。なので今度の日曜日はゆっくりお母さんに会って来て下さい。」


「各務さん・・・本当に有難うございます。」


朱莉は頭を下げてお礼を述べた。


「それじゃ、僕はもう会社に戻りますね。それじゃ、蓮君。日曜日にね。」


「うん!バイバイ!」



そして修也は朱莉と蓮に見送られ、会社へと向かった―。


2人は修也の車が見えなくなるまで見送ると、朱莉が言った。


「さて、それじゃマンションに帰ろうか?蓮ちゃん、お昼何が食べたい?」


「う~んとねえ・・・それじゃ・・僕、ナポリタンが食べたいっ!」


蓮は少し考えながら言った。


「うん。ナポリタンね?いいわよ。腕によりをかけて作るわね。」


朱莉は蓮と手を繋ぐと2人は微笑みあった。




そして、明日からいよいよ朱莉と蓮の新しい生活が始まる―。

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