9-11 修也と母
「修也・・・お前、その話・・・受けたのか?」
翔は顔色を青ざめさせたまま、修也を見つめると尋ねた。
「違うんだよ・・・翔。受けたわけじゃなくて・・・会長からの業務命令だったんだ・・・。仕方なかったんだよ。」
修也は俯きながら言った。
「断ることは出来なかったって訳か?」
翔は投げやりに言った。
(くそっ・・・!やっぱり爺さんは・・・始めから会社の跡継ぎに修也を考えていたって言うのか・・?!)
「それで・・・会長が翔に伝えてくれって言っていたんだけど・・・2週間はゆっくり過ごせって・・・会社の事は大丈夫だから・・って・・。」
それを聞いた翔の顔色はますます青ざめていった。
「修也・・・。会長は・・・今、どこにいるんだ?日本に戻っているか?」
「い、いや・・・。日本にはいないよ・・。今はマレーシアにいるんだ。でも・・・。」
「でも、何だっ?!」
「近々・・・帰国するかもしれないって言ってた・・・。」
「そうなのか?!それはいつ聞いた話だ?」
「今日だよ。今日会長から連絡が入って来たんだから。」
修也は翔の勢いに押されながら返事をした。
「翔・・・。会長と直接話したらどうかな・・・?今回の翔の急性虫垂炎の事心配していたよ?」
「虫垂炎・・・そうだ!修也・・・お前、何故会長に俺の病気の事を報告したんだっ?!余計な真似を・・・!」
翔は修也にくってかかって来た。
「ち、違うよっ!僕じゃないって!翔の性格の事だ・・・会長に病気になって手術になったなんて話・・知られるのは嫌だと思ったから報告するつもりは全く無かったんだよ。会長に連絡を入れたのは、秘書課の課長なんだよ。しかも事後報告だったんだ。僕に連絡してきたのは・・・。でも・・ごめん。翔・・やっぱり僕の責任だね。秘書課の人達に会長には内密にして欲しいと伝えなかったんだから・・・。」
修也は申し訳なさそうに言う。
「いや・・・もうそれはいい・・。」
(そうだ・・・どっちみち、最初から俺を後継者にする気があるなら、こんな事を会長がするはずない・・・。俺がもっと会長の目に叶う人間だったらな・・・・例えこんな急病になったとしても、修也を副社長の代理になんかするはずは無いんだ・・っ!)
「修也・・・悪かった・・・。お前のせいじゃない。責めて・・・すまなかった・・。」
翔は頭を修也に頭を下げた。
「翔・・・一体どうしたんだい・・?」
突然翔が頭を下げてきたので、修也は戸惑ってしまった。
(そうだ・・・俺に足りないのは・・他者への配慮なのかもしれない・・・。)
「そ、そんな事より・・・翔。会長に直に電話して話をしてみたらどうかな?翔の口から直接会長に話をしてみれば・・・。」
「そうだな・・・。確か今、会長はマレーシアにいるんだっけ?」
「そうだよ、翔。」
「確か・・日本とマレーシアの時差は・・・。」
「大丈夫、1時間日本が早いだけだから。」
「そうか・・・明日にでも電話してみるよ。今夜は・・・その、色々悪かったな。さっきの看護師の件といい・・・。」
「ああ・・・あれにはさすがに驚いたよ。あんなドラマみたいな事が起こるなんて・・。」
「おい、あれはドラマなんかじゃないぞ?こっちは必死だったんだからな?」
翔は真面目な顔つきで修也に言う。
「ごめん、ごめん。そんなつもりは無かったんだよ。それじゃ・・翔。僕は帰るね。」
病室の時計を見ると時刻は夜の9時を回っている。
「あ・・・すまない。もうこんな時間だったんだな・・・。悪かったな、おばさんにもよろしく伝えて置いてくれ。」
「うん、分ったよ。それじゃまた明日、翔。」
修也が言うと、翔は首を振った。
「いや、もう来なくて大丈夫だ。修也。」
「え・・?だけど・・・。」
修也が怪訝そうな顔をすると翔が言った。
「明日からお前が副社長の代理を務めるんだろう?会長は俺に2週間ゆっくり休めと言ってるわけだし・・会長の言う通り、のんびり過ごさせてもらうよ。でも電話はするけどな。」
「ああ・・そうだね。翔・・。それじゃ帰るよ。」
そして修也が帰った後、1人残された翔は溜息をつくとベッドに横になった。
「参ったな・・・・。明日・・まずはメールを打ってから会長に電話を入れる事にするか・・・。」
しかし、この時の翔はまだ知らない。明日会長に掛ける電話によって、自分の・・そして朱莉の人生が大きく変わるきっかけになると言う事を―。
「ただいま、母さん。」
港区高輪にあるマンションに修也は帰宅した。
「お帰りなさい、修也。」
修也を出迎えた母は、穏やかな笑みを浮かべて玄関まで迎えに来た。
「どう?翔君の様子は?」
「うん。元気にしている、大丈夫だよ。」
「修也、食事はどうなの?食べてきたの?」
「まだ食べていないけど・・・もう10時になるし・・食事はいいよ。シャワー浴びて来る。」
修也は言うと、バスルームへと消えて行った。
20分後―
「ふう~・・・気持ちよかった・・・。」
タオルで頭を拭いながらリビングへ行くと、テーブルの上には冷えた生ビールと冷ややっこに枝豆とポテトサラダが用意してあった。
「え?母さん・・・これって・・・?」
「今日も暑かったからねえ。修也はビール好きでしょう?」
「うん、確かに好きだけど・・こんなおつまみまで用意してくれて・・ありがとう、母さん。」
「何言ってるの。ずっと離れて暮らしていた息子とようやく一緒に暮らせるようになったんだから・・・世話位焼かせて頂戴。だけど・・。」
「うん?だけど・・何?」
ビールを飲みながら修也は尋ねた。
「私は修也の可愛いお嫁さんに早く会いたいわ~。」
「えっ?!な、何を急に・・・!」
修也は危うくビールを吹き出しそうになった。
「あら?折角東京に戻って来たって言うのに・・・誰かいい人はいないの?」
「いないよ、そんな人。今は仕事を覚えるので手一杯だよ。」
「そう?残念だわ・・・。修也・・・貴方はとっても優しい子だから・・きっとお嫁さんを貰っても大切に出来る人なのに・・・。」
母は溜息をつきながら言う。
「僕には・・・まだ早いよ。とりあえず今は一刻も早く仕事を覚えないとね。」
そして修也はポテトサラダを見つめると目を細めた。
「懐かしいな・・・子供の頃、大好きだったっけ・・。」
「あら?一人暮らししている時は作ったりしなかったの?」
「うん・・つい、ポテトサラダって作り過ぎてしまうから・・・作るのやめていたんだ。でも今は母さんと2人暮らしだから、作りすぎても食べきれそうだね。母さんも大好きだよね?」
「ええ、そうね・・・。それじゃ、翔。私は先に休ませてもらうわね。明日は何時に家を出るのかしら?」
「早めに出社して確認しないといけない資料があるから・・7時には出るよ。」
「なら6時には起きないとね。」
「うん。でも母さんは寝ていていいからね?」
「何を言ってるの。会社で働いている息子が朝早く出るのにそれを寝て送り出さない母親が何処にいるって言うの?朝ご飯用意するからちゃんと食べて行きなさい。」
「うん、有難う母さん。」
「それじゃおやすみなさい。食べ終わった食器は流しの中に入れておくだけでいいからね?」
それだけ言うと、修也の母は自室へ向かった。
「・・・。」
母がリビングから去ると、修也はテレビの電源を入れた。そしてチャンネルをニュース番組にすると、再びビールに手を伸ばした―。
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