9-10 災難

夕方6時半―


味気ない全粥食を食べた翔はネット配信のドラマを観ていた。


コンコン


その時、ドアをノックする音が聞こえてきた。


(きっと修也だな・・・。)


先程、翔のスマホに修也から19時頃に病室に来れそうだと連絡を貰っていたのだった。


「どうぞ、入って来いよ。」


するとガチャリとドアが開けられ・・・翔は中へ入って来た人物を見て息を飲んだ。


「き、君は・・・・っ!」



 その頃、修也は翔の入院している病棟へ向かう為にエレベーターに乗っていた。

会長から貰った電話の件で頭が一杯になり、少しの間考え込んでしまっていたので退社時間が遅くなってしまったのだ。

やがて修也を乗せたエレベーターは翔が入院している7階で止まり、ドアが開いた。

エレベーターから降りた修也は急ぎ足で翔が入院している特別個室へと向い、ドアの前に到着すると、ノックをした。


コンコン


「だ、誰だっ?!」


部屋の中から翔の上ずった声が聞こえてきた。


「修也だよ、翔。面会に来たんだ。」


「修也なのかっ?!い、今すぐ部屋の中へ入ってくれっ!」


翔の切羽詰まった声が聞こえて来たので、何事かと思った修也は急いでドアノブに手を掛けた。しかし・・・・。


ガチャガチャッ!


幾らドアノブを回してドアが開かない。


「え・・・?開かない・・?」


(何だろう?病室に鍵を掛けるなんて・・・普通の状況じゃあり得ないっ!)


「翔っ?!翔っ?!どうしたんだいっ?!」


ドアをドンドン叩いても反応が無い。


「おかしい・・・。何かあったのかもしれないっ!」


修也は急いでナースステーションへと向かった。誰もいなかったらどうしようかと思ったが、そこには運よく男性看護師が1人いた。


「あの!すみませんっ!」


修也は男性看護師に声を掛けた。


「どうしましたか?面会の方ですか?」


修也達とさほど年齢が変わらないと見られる男性看護師は修也に尋ねてきた。


「はい、そうなんですが・・・特別個室の患者の面会に来たのですが、鍵がかかっていて中へ入れないんです。ドアをノックしても、中から返事が無いし・・。ひょっとすると何かあったのではないでしょうかっ?!」


すると男性看護師は壁にかかっているキーを掴むと言った。


「患者さんに何かあったのかもしれません!すぐに向かいましょうっ!」


そして2人は急いで翔の入院している病室へと向かった―。




「特別個室は内側から鍵が掛けられるようになっているんですよ。」


男性看護師はガチャガチャと鍵を開けて、中へ飛び込むと青い顔をした翔がベッドの上にいた。


「翔っ!大丈夫っ?!」


「い、一体何があったんですか?!」


男性看護師が翔に尋ねた。


「あ・・・そ、それが・・・。」


翔が言いかけると、奥のキッチンから派手な赤いTシャツにロングスカートをはいた若い女性が現れた。こんな女性を修也は今迄一度も見た事が無かった。


(え・・?この女性は誰だろう・・・?)


すると女は口を開いた。


「あら?無粋な人達ですね・・・?折角私が誰も中へ入れないように鍵をかけておいたのに・・・勝手に入って来るなんて・・・今、彼の為にお茶を淹れてあげようと思っていた所なのよ?だから邪魔しないで貰えますか?」


「藤井さんっ!貴女・・・患者さんに一体何の真似をしているんですかっ?!貴女は・・・それでも看護師ですかっ?!」


男性看護師は藤井に向って声を荒げた。


(え・・・?看護師・・・この女性が・・?)


修也は藤井を見た。しかし藤井は修也や男性看護師の鋭い視線にも全く動じる気配が無い。


「あ、あの女・・・勝手にこの個室に入って来るなり鍵を掛けたんだっ!そして俺がまだ自由に動けない事を良い事にバスルームを使ったり・・・。」


「ええ、勤務明けでシャワーを浴びたいなと思たからお借りしたんです。だって・・・私、もうここのお部屋の・・・鳴海さんの担当を外されちゃったんですよ?奥様のせいで・・・酷いと思いませんか?だったら少しくらい使わせて貰ってもいいと思いませんか?」


「な・・何を言ってるんだ?藤井さん!」


男性看護師は青ざめた顔で藤井を見た。


「う・・ッ。」


翔は興奮したせいか、荒い息を吐いて苦しそうにしている。


「翔っ!大丈夫っ?!」


修也は慌てて駆け寄り、翔に声を掛けた。


「あ、ああ・・・。それにしても・・あの女、頭がおかしいっ!狂っているんじゃないのかっ?!」


翔は吐き捨てるように言った。


「うん・・確かにあの人の目は・・普通じゃない気がする。」


修也は藤井と男性看護師の様子を見ると、何やら2人は激しく口論をしている。


「そうだ、翔!ナースコールを押して他の看護師さん達も呼ぼうっ!」


修也はナースコールボタンを押すと、すぐに当直の女性看護師が個室に現れ・・・その後は病棟を巻き込む騒ぎへと発展した—。



夜8時―


「申し訳ございませんでしたっ!」


騒ぎがあって呼びつけられたのか、この病院の事務長が翔と修也に頭を下げてきた。


「全くだ・・。一体この病院はどうなっているんだ?あんな頭のいかれた看護師を雇っているなんておかしいだろうっ?!」


翔は怒りを抑える事も無く、声を荒げた。


「はい、それは本当に大変申し訳なく思っております。あの看護師は懲戒休職の措置を取りました。そして特別個室の料金を全額免除させて頂きますので、なにとぞこの事は内密にお願い出来ませんでしょうか?」


事務長は平謝りに頭を下げて来る。


「・・・。」


翔は腕組みをしたまま、機嫌が悪そうにしていたが・・・頭の中では計算していた。


(この個室は1日15万円すると言われているからな・・・入院期間は4日間と聞いているし・・そうすると60万円を支払わずに済むと言う事か・・・。別に金が無い訳じゃないが、部屋代を無料にしてくれると言うなら、それに越した事は無いしな・・。)


「分かりました。では口外はしませんが・・・あの看護師を何とかして下さい。いっそ精神鑑定を受けさせた方がいいかもしれないですよ?」


「は、はい。正に仰る通りですっ!今、本人もかなり興奮気味の為・・取りあえず鎮静剤を打っておきましたので、今夜は安心してお休み下さい。」


「ええ、是非そう願いたい物ですね。」


何処までも無愛想な態度を取る翔に修也は声を掛けた。


「翔・・・、もうこの辺で終わりにした方がいいよ。先方も、高額な個室代を無料にしてくれるとまで言ってくれているんだから・・それに。翔・・実は今日は大事な話が合って僕は翔の所へ来たんだよ。」


「え・・・?大事な話・・?」


翔は眉をひそめた。


「うん・・・だけど、これは会社の内々の話だから・・・。」


言いながら修也はチラリと事務長の方を見た。


「あ、あの・・・そ、それでは私は下がらせて頂きますね。」


そして事務長はそそくさと立去り、部屋には翔と修也の2人きりになった。


「全く・・・あの看護師め・・・。だが修也、お前が来てくれて助かったよ・・・。有難う。」


「い、いや。あれ位・・・大した事無いから、お礼なんていいよ。それより・・。」


修也は何処か落ち着きなく、ソワソワしている。


(どうしたんだ?修也の奴・・・いつも落ち着いているくせに・・会社で何かあったのか?)


「修也、大事な話があるって言っただろう?一体どう言った内容の話なんだ?」


「それが・・・実は今日・・携帯に会長から直々に電話がかかって来たんだ・・。」


「電話?一体誰から?」


「会長からだよ・・・。」


「会長から・・・?」


(先程から見せる修也の挙動不審な態度・・・。恐らく・・・何か重要な事を言われたに違いない・・・。)


すると修也は重たい口を開いた。


「実は・・・僕に翔が仕事に復帰出来るようになるまで、副社長代理を務める様に・・・言われたんだよ・・・。」


「な、何だって・・・・っ?!」


翔の顔は青ざめるのだった—。










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