9-9 それぞれの動き
(ナースステーションで看護師さんたちが噂していた人って・・・きっと翔先輩の担当看護師さんの事よね・・・。)
朱莉は考え込みながら自販機へと向かった。
自販機の前でアイスティーを購入して、再びナースステーションの前を通り過ぎようとした時、まだ看護師たちが話をしていた。
(え?あの看護師さん達・・・まだここで話をしていたの?)
朱莉は何故か咄嗟に通路の角に隠れてしまった。そして、ナースステーションの様子をそっと伺った。
4人の看護師たちはPCの前で噂話の続きをしている。
「あんまり目に余るようなら看護室長に相談した方が良いわよね・・・。」
「うん、本当。いくらこの病院の理事長が叔父さんだとしても、あれはいくら何でも無いわ。」
「本当、藤井さんてお金持ちと若い男性に目が無くて困るわよ・・。」
「前回は大変だったじゃない、恋人を名乗る女性が現れてナーススーションに文句を言いに来たじゃないの・・・。」
「でも、結局あれは一方的に相手の女性がストーカーしてたのよね。結局その女性の方が訴えられたって話よ?」
その時・・。
「ダア、ダア。」
蓮が大声を出した。
「「「「え?!」」」」
3人の看護師達はいきなり廊下で蓮の声が聞こ得たことに驚いたのか、全員が朱莉の方を振り向いた。
「あ、あの・・・。」
朱莉はバツが悪そうに俯くと、看護師たちは慌てたように口々に言った。
「あ、あの・・・今の話は・・・。」
「だ、大丈夫ですっ!鳴海さんと藤井さんの事は・・私たちが責任を持って・・・み、見張っておきますからっ!」
「どうか・・い、今の話は内密に・・・お願い出来ますか・・・?」
「あの・・・差支えなければ・・藤井さんという看護師さんの事・・教えて頂けないでしょうか・・・。」
朱莉は遠慮がちに尋ねた。3人の看護師は顔を見合わせたが・・・少しだけ藤井の事を教えてくれた。
本名は藤井美奈代、年齢は23歳でこの病院に勤務したのは3年前。男性経歴が激しく、気に入った男性患者がいれば相手がいようが、既婚者だろうがお構いなしに声を掛けると言うが、この病院の理事長が彼女の叔父にあたると言う事で、それらの事実は隠蔽されてきたと言う。
「そう・・・だったんですか・・・。」
朱莉は複雑な心境で話を聞いていた。すると1人の看護師が慌てたように言った。
「大変!藤井さんが戻って来たわっ!」
「すみません、今の話はここだけにしておいてくださいねっ!」
「は、はい。分かりました。」
朱莉は急いで特別個室へと戻り、ドアを閉めるとソファに座った。
「ンマ・ンマ。」
喃語を発している蓮を抱きしめながら朱莉は困惑していた。
(どうしよう・・。あの看護師さんは翔先輩に気があるのかな・・?だけど、翔さんには明日香さんがいるのに・・・。そうだ・・翔先輩の気持ちはどうなんだろう・・?)
生真面目な朱莉は先ほどのナースステーションで聞いた話で、藤井はすっかり翔の事を気に入ってしまったのだろうと思い込んでしまったのである。
(そうよ、まずは翔先輩に気持ちを確認してみないと・・。)
すると病室のドアがガラリと開かれ、翔と藤井が部屋に戻ってきた。
「お帰りなさい、翔さん。」
朱莉は翔に声を掛けて蓮を腕に抱いたまま立ち上がった。
「ああ、朱莉さん。待っていてくれたのか。有難う。」
翔の背後には藤井が付いており、朱莉をチラリと一瞥すると翔に声を掛けた。
「お疲れさまでした、鳴海さん。それではベッドへお休み下さい。」
そして翔の身体を支えながら、歩行器からベッドへ誘導した。
「・・・ありがとうございます・・。」
翔はベッドの中へ入ると藤井に礼を言った。
「いいえ、鳴海さんのお世話をするのが私の当然の務めですから。明日もまた歩行訓練を致しましょうね。」
藤井は笑みを浮かべて翔に言った。
「あの、どうもお世話になりました。」
朱莉も礼を述べたのだが、藤井はチラリと朱莉を一瞥するだけで返事すらしない。いや、むしろその視線に何故か敵意の様な物を朱莉は感じた。
「・・・・。」
朱莉は思わず俯いて、思った。
(あの視線・・・・以前も私はあの視線で見られたことがあった・・。過去の明日香さんに・・・。あの目は・・嫉妬の目だったんだ・・・。)
「それでは、また明日伺いますね。」
藤井は翔に笑み浮かべると、部屋を後にした。
「ふう・・・全く、まいったよ・・・。」
翔は溜息をつきながら、前髪を書き上げると言った。
「え・・?どうかしたのですか?」
朱莉が蓮をあやしながら尋ねると、翔は不機嫌そうに言った。
「あの藤井とかいう看護師・・・。やたらと距離感が短くて困る。はっきり言って迷惑だ。妙に馴れ馴れしく身体に触れて来るし・・・入院とは全く関係無い話までしてくる・・・。朱莉さん、悪いけど・・担当看護師を変えて貰えるように頼んでくれないか?」
「ええ?!た、頼むって・・誰にお願いすればいいんですか?」
「ふむ・・・確かに言われてみれば・・。担当看護師の変更依頼は何処に頼めばいいんだろう・・。」
その時、朱莉の脳裏に先程の3人の看護師が思い浮かんだ。
(まだあの看護師さん達はナースステーションにいるかな・・?)
「翔さん、私が今ナースステーションに行って聞いてきます。でも藤井さんがいたら無理ですけど。」
「ああ。有難う。それじゃ頼むよ。」
翔はベッドの上から朱莉に頼んだ。
「はい、分かりました。では行ってきます。」
朱莉は蓮を連れて、再びナースステーションへと向かった。
ナースステーションを覗いてみると、たまたま運良く藤井の姿は無く、50代位の看護師がいた。
「あの・・・私、特別個室に入院中の鳴海翔の妻ですが・・・。」
朱莉が遠慮がちに声を掛けると、看護師は笑みを浮かべて挨拶をしてきた。
「初めまして。私はこの病棟の看護師長です。何か御用ですか?」
「はい・・実は・・・主人が担当の看護師を変えて欲しいと訴えておりまして・・。」
すると途端に看護師等の表情が強張った。
「あの・・もしや、その看護師は・・・藤井という名字でしょうか?」
「あ、はい。そうです。」
「あの子ったらまた・・!」
看護師長が口の中で呟く声を朱莉は聞き逃さなかった。
「あの・・?」
朱莉が声を掛けると、看護師長は突然謝罪して来た。
「申し訳ございませんでした。すぐに藤井の担当を外します。ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした。」
「い、いえ・・。それではどうぞよろしくお願い致します。」
朱莉も頭を下げると、ナースステーションを後にした。
「どうだった?朱莉さん。」
翔は朱莉が病室に戻って来るとすぐに尋ねてきた。
「はい、大丈夫です。ちゃんと伝えてきました。しかもナースステーションにたまたまいらしたのが看護師長さんだったんですよ。すぐに担当を外すと言っておられたので。明日からはもう大丈夫なはずですよ。」
「そうか・・・それなら安心だ。所で朱莉さん、もう今日は帰っても大丈夫だよ。蓮も疲れているみたいだし・・・。」
翔は朱莉の腕の中でウトウトしている蓮を見ながら言った。
「そうですね・・・。ではすみませんが、本日はお暇させて頂きますね。明日は・・。」
「明日は病室に来てくれなくても大丈夫だよ。毎日来るのも大変だろう?蓮の世話だってあるのに・・・・。」
「え・・?本当によろしいのですか・・?」
「ああ。本当だよ。」
(また必要な物が出た場合は修也に頼めばいい事だしな・・・。何せ、今あいつは俺の秘書なんだからな・・・。)
その頃―
オフィスで仕事をしていた修也の元に1本の電話が鳴った。
「はい、もしもし。あ、会長ですか?お久しぶりです。・・・翔ですか?はい、特に術後問題は無いようですよ。実はまた退社後、病院に行く事になっているんです。・・・・え?会長・・・今、何と仰ったのですか?」
電話を持って話をしている修也の顔は青ざめていった—。
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