8-4 琢磨の帰国
日本時間午前10時―
二階堂は社長室で琢磨に電話を掛けていた。
「いよいよ、明日久しぶりの帰国だな。九条、どうだ?今の気分は?」
何処か楽しそうに電話越しの琢磨に言う。すると琢磨が答えた。
『それは嬉しいに決まっていますよ。何せ半年以上日本を離れているんですから。炊き立ての白米と味噌汁が早く飲みたいですね。だから先輩の披露宴、フランス料理ではなく、俺だけ炊き立て白米付きの懐石料理にして貰えませんか?』
「馬鹿言うな。九条。今更そんな変更出来るはず無いだろう?」
二階堂は大まじめに返事をする。
『ハハハ・・・冗談ですよ。でも・・冗談と言えば・・・あの時は本当に何かの悪い冗談では無いかと思いましたよ。』
「何だ?あの時って?」
二階堂は背もたれに寄りかかると尋ねた。
『そんな事は決まってるじゃないですか。京極の会社を吸収合併した時ですよ。まさかあの京極から会社を奪うなんて・・・。』
九条は言葉を詰まらせながら言う。
「おい、人聞きの悪い事を言うな。合併の話は京極から持ち出してきたんだからな?ついでに妹をよろしく頼むと言われたんだ。」
『まさか・・・本当に驚きでしたよ。京極の双子の妹が会長や翔の秘書をしていたなんて・・。』
「今は俺の秘書だけどな?ついでに明後日には俺の妻になる。どうだ?羨ましいだろう?お前も早いとこ相手を見つけてさっさと結婚しろよ。」
『何言ってるんですか?先輩は俺より2歳年上ですよね?2年後にまた考えて見ますよ。』
すると二階堂は言った。
「九条・・・まだ朱莉さんの事が好きなのか?」
『・・・・。』
しかし琢磨は返事をしない。
「答えないって事は・・・まだ朱莉さんに気があるって事だな?」
『ええ・・・その通りですよ。』
「俺は・・応援してるぞ?」
二階堂は口元に笑みを浮かべながら言う。
『え?』
「お前と朱莉さん・・・お似合いだと思うぞ?」
『先輩っ!ふざけないで下さいっ!そもそも俺がここ、オハイオに来ているのは俺と朱莉さんのスキャンダルを隠す為だったはずじゃないですかっ?!』
「ああ、確かにそうだった。だが、今はあの脅威となる京極はもういないんだ。まあ確かに・・・今後も他のマスコミに嗅ぎつけられない可能性がある訳でも無いが・・そうだっ!いっそ翔と朱莉さんをさっさと離婚させれば・・・ってそれは無理な話だな。朱莉さんが契約が切れる前に翔の子供からそう簡単に離れられるとは思えないし・・。」
『朱莉さん・・・そんなに翔の子供を・・・?』
「ああ、そりゃあもう・・・・溺愛しているって言っても過言じゃない。」
『で、溺愛って・・・。』
「だから・・・契約婚が終了するまでは・・朱莉さんは翔と離婚しないかもしれないな・・。」
『朱莉さんらしいですよ・・・。』
「でも・・まあ、朱莉さんはもうお前の気持ち知ってるわけだし?遠慮する事は無い。再会したらガンガンいってみたらどうだ?」
『結婚式場でそんな事出来るはず無いでしょう?と言うか・・・先輩が余計な事話してくれたせいで逆に顔を合わせずらくなってしまったじゃないですかっ!』
電話越しで琢磨が大声でまくしたてたので、二階堂は受話器から耳を離して琢磨の話を聞いた。
「全く、何言ってるんだ?大の大人が・・・。だがな、顔を合わせずらいなんて悠長な事言ってる余裕は無いかもしれないぞ?」
『え・・?どういう事ですか・・・?』
「うん、実はな・・・翔の新しい秘書なんだが・・その人物が・・・。」
『え・・・?』
二階堂は修也の事について、琢磨に語りだした―。
二階堂が電話を切ったタイミングで姫宮が社長室へ入って来た。
「社長。今度の目玉商品となる商品リストを持ってきました。」
二階堂は姫宮から資料を受け取りながら言った。
「ああ、ありがとう。静香。それにしても・・・何だよ、『社長』って。2人きりの時は名前で呼んでも構わないって言ってあるじゃないか。」
「そうはいきません。ここは会社です。公私混同するつもりは全くありませんので。」
姫宮はぴしゃりと言ってのける。
「やれやれ。全く静香は真面目だよな・・・。最もそんな所も魅力的なんだけどな。」
言いながら二階堂は姫宮から受けとった商品リストに目を落した。だから気付いてはいなかった。姫宮が耳まで赤く染めているという事を―。
一方、こちらはオハイオ州の琢磨の自宅。琢磨はイライラしながら帰国の為の荷造りをしていた。
(くそっ!先輩め・・・。何で今頃になってあんな話をしてくるんだ?!俺をからかって楽しんでいるのか・・・?)
二階堂から聞いた話は衝撃的だった。翔に同じ年の従弟がいるとは今迄一度も聞いた事が無かったし、しかも顔がそっくりだと言う事実も驚きだった。おまけに今は翔の秘書をしているというのだから驚きでしかない。
「翔と顔がよく似た従弟・・・何だか嫌な予感がする・・・。」
何故かは分からないが、琢磨の心は不安で一杯だった。そして気付けば琢磨はテーブルの上に乗っていたスマホに手を伸ばし、画面をタップしていた—。
翌日午前11時―羽田空港
琢磨は半年ぶりに日本の地に降り立った。
「まだ半年しか経っていないのに懐かしいな・・・。」
荷物を受け取り、タクシー乗り場へ向かおうかと考えていた時、突然琢磨のスマホに着信を知らせる音楽が鳴り始めた。
「ん?誰だ・・?」
そして琢磨はスマホの着信相手を見て息を飲んだ。何とそれは朱莉からの着信だったからだ。
(朱莉さんっ?!な、何故だ・・・っ?!)
琢磨は慌ててスマホをタップした。
「もしもし?!」
『あ、九条さんですね?良かった・・・電話が繋がらなかったらどうしようかと思いました・・。』
受話器からは懐かしい朱莉の声が聞こえて来る。
「朱莉さん・・・?信じられない・・どうして急に電話なんか・・・。」
琢磨は思わず声を上ずらせてしまった。
『だって昨日メッセージ送ってくれたじゃないですか。11時に羽田へ着くって。それに1人で帰国してくると書いてあったので、お迎えに来たんですよ?』
朱莉の声は穏やかで、聞いていると心に染み入ってくるようだった。つい、朱莉の声に聞き惚れていた琢磨は返事を返すのも忘れていた。
『もしもし?九条さん?聞こえていますか?』
再び琢磨の耳に朱莉の言葉が飛び込んできた。
「あ、御免。朱莉さん。大丈夫、聞こえているよ。」
琢磨は慌てて返事をした。
『それで、九条さんは今どちらにいらっしゃるんですか?』
「今タクシー乗り場に行こうかと思っていた所だよ。」
『ではそちらでお待ちください。すぐ行きますので。丁度その近くにいるんです。では後程。』
「ああ、また後で。」
琢磨は電話を切ると、はやる気持ちでタクシー乗り場へと向かった。まさか朱莉が迎えに来てくれるとは思ってもみなかった。歩きながら思わず顔が綻んでいるのが自分でも分かり、立ち止まると一度両手で自分の頬をパンッと叩き、言った。
「朱莉さんの前でこんな緩んだ顔を見せる訳にはいかないからな。」
そして気を引き締めなおし、改めてタクシー乗り場へ向かうと既に朱莉がベビーカーに蓮を乗せて待っていた。
「朱莉さんっ!」
琢磨は朱莉を見ると駆け寄った。
「お久しぶりですね、九条さん。」
朱莉は琢磨を見上げると、笑みを浮かべた。
「ああ、久しぶりだね。元気だったかい?」
「はい、お陰様で元気です。ほら、レンちゃんを見て下さい。こんなに大きくなったんですよ?」
ベビーカーにはすっかり大きくなった蓮がおしゃぶりをくわえたまま眠っている。
その寝顔は何所となく翔に似ていた。
「悪かったね。子連れで羽田空港まで迎えに来て貰って・・大変だっただろう?」
「いいえ、そんな事はありませんよ。それで、どこまでお送りすればいいんですか?」
「新宿にあるホテルを手配しているんだ。運転は俺がするよ。朱莉さんは助手席に・・・あ、それとも後部座席の方がいいかな?」
琢磨はベビーカーで眠っている蓮を見ながら言った。
「あ、私は別に助手席でも・・でもいいんですか?長旅でお疲れなのに運転をお願いして・・。」
朱莉が申し訳なさそうに言う。
「ああ。いいんだ。よし、それじゃ行こうか。」
「はい。」
朱莉は笑顔で琢磨を見上げて返事をした―。
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