8-5 朱莉の願い
ハンドルを握りながら琢磨は朱莉に尋ねた。
「朱莉さん、もう以前の億ションは引っ越ししたんだって?」
「はい、そうです。まあ・・・色々ありましたから。」
朱莉は琢磨をチラリとみると言った。
「例えば・・・京極の事・・とか?」
「ええ、そうですね。初めは京極さんがあの億ションに隠しカメラを仕掛けていたのが原因で引っ越しを考えたんですけど・・・明日香さんも・・出て行ってしまったし・・・。」
「知ってるよ。その話は・・・今、明日香ちゃんは『ホテル・ハイネスト』の総支配人と同棲しているんだろう?」
琢磨は前を向いたまま言った。
「え?九条さん・・・どうしてその話を知ってるんですか?」
朱莉は驚いて琢磨の顔を見た。
「ああ、航から聞いたんだ。どうも・・・航は京極から詳しい話を聞かされないまま『ホテル・ハイネスト』の総支配人について調べてきてくれって言われたらしい。」
「京極さんが・・・。」
朱莉は京極があちこちの人間の身元調査に手を広げているかを改めて知り、今更ながら京極と言う人間が怖くなった。だが、その京極ももはや日本にはいない。姫宮の話だと、オーストラリアへ移住したらしい。
「京極さんは・・・もう日本へ戻ってはこないつもりなのでしょうか・・・。」
朱莉はポツリと呟いた。
「さあ・・・どうかな?あの男の事だ。またふらりと日本へ戻って来るかも知れないぞ?」
「そうですね・・・。でも明日は姫宮さんの結婚式なのに・・・お兄さんとして出席されないなんて・・姫宮さんが何だかかわいそうです。たった一人きりのお兄さんなのに・・。」
それを聞いて琢磨は笑みを浮かべると言った。
「やっぱり朱莉さんは・・・優しいんだな。あんな男にも同情して・・・あれ程怖い目に遭わされてきたのに・・。」
「確かにそうかもしれませんが、でも最初は本当に親切な人だったんですよ?私が最初に飼っていた犬のマロンを引き取ってくれたし・・・。」
すると琢磨が思い出したように言った。
「そう言えば、ネイビーはどうしてる?」
「はい、ネイビーも元気ですよ。レンちゃんがもうすこし大きくなったら一緒に遊べるといいんですけど。」
朱莉は後部座席に置かれたチャイルドシートでスヤスヤと眠っている蓮を見た。
「朱莉さんは・・・明日の二階堂社長と姫宮さんの結婚式に参加するんだろう?」
「はい、そうです。今から楽しみです。姫宮さん・・・とても綺麗な女性だからウェディングドレス姿きっとお似合いだろうな・・・。」
朱莉はうっとりしたように言う。
「朱莉さん・・・。」
(朱莉さんも・・綺麗だから、ウェディングドレス姿・・・似合うだろうな・・出来ればその隣に立てるのが俺だったら・・。)
琢磨は想像した。海辺にある真っ白な教会で、ウェディングドレスに身を包んだ朱莉を待つ自分の姿を・・。そんな事を想像しただけで琢磨は自分の顔が緩んでしまうのを感じ、慌てて首を振った。
「九条さん、どうしましたか?」
朱莉は琢磨が突然首を振ったのを不思議に思い、尋ねてきた。
「あ、いや・・・・何でも無いよ。それで式の間・・・蓮はどうするんだい?」
「はい、レンちゃんは私が抱っこして式と披露宴に参加しようと思っています。」
「でも・・それじゃ朱莉さん・・・疲れないかい?」
すると朱莉は言った。
「大丈夫です。途中で翔さんがレンちゃんのお世話を代わってくれると言うので。翔さん・・・すっかりレンちゃんのお世話に慣れたんですよ?今では離乳食も作って冷凍保存してあるくらいで・・・立派なパパになってますよ。」
朱莉はクスクス笑いながら言った。それを見ていた琢磨は翔に対して、どうしようも無い程に嫉妬心を覚えてしまった。
(くそっ!翔の奴・・・誰よりも・・・今だに一番朱莉さんの近くにいるなんて・・!かたやこの俺はオハイオで、航は身を引いたし・・・。)
「翔の奴め・・・。」
思わず、口から翔の名が飛び出してしまった。それを耳にした朱莉が琢磨に遠慮がちに尋ねてきた。
「あ、あの・・・そう言えば、九条さんと翔さんは・・・そ、その・・仲直り・・出来たんでしょうか・・・?」
「え?な、何故朱莉さんがその事を・・・?」
「・・・。」
しかし、朱莉はそれに答えずに膝の上で両手をギュッと握りしめると言った。
「あの・・・九条さん・・・お願いがあります。」
「お願い?」
「どうか・・・翔さんと仲直りして頂けないでしょうか・・?お二人はずっと仲の良いお友達だったのですよね・・?私は・・高校を中退した後は・・ずっと働きづめで仲の良い友達っていないんです。ずっと・・翔さんと九条さんが羨ましくて・・・。だからこそ、お二人には仲良くして頂きたいんです。幸い、明日は二階堂社長と姫宮さんの結婚式と言うおめでたい席なので・・・。」
「朱莉さん・・・。」
(それは朱莉さんの頼みなら聞いてやりたいけど・・・。)
思わず黙ってしまうと、朱莉が続けた。
「翔さん・・・とても変わったんですよ?私にもとても親切にしてくれて・・・この間は私はなにも用意していなかったのに、結婚記念日だからと言って腕時計をプレゼントしてくれたんです。でも・・・。」
朱莉は少し悲し気に俯いた。
「どうしたんだ?朱莉さん。」
「翔さんがくれた腕時計・・・純金製で・・・私、金属アレルギーで折角プレゼントしてくれた腕時計、はめる事が出来ないんです。」
「そう言えば、朱莉さんは金属アレルギーだったな。前に俺に話してくれたっけ。」
「はい、プレゼント・・すごく嬉しかったんですけど、金属製だったので・・やっぱり翔さんは私の事・・全く覚えていなかったんだなって改めて思いました。」
「・・・。」
琢磨は朱莉の話を神妙な顔で聞いていた。
(まさか・・・本当に翔は忘れているのか?考えにくい話だが・・・朱莉さんはそれとも別の誰かと勘違いしているんじゃ・・・?)
「九条さん?どうかしましたか?」
「あ、いや・・・何でもない。あ、そろそろホテルが見えてきた。」
琢磨は左斜め前方に見える巨大なホテルを見て行った。
「あ・・・あのホテルは都内でも三ツ星に当たるホテルじゃないですか。・・・相変わらず九条さんはスケールが大きいですねえ・・・。」
朱莉は感心したように言う。
「まあな、これでも一応社長だから・・・と言っても雇われだけどね。」
そして琢磨はウインカーを左に点灯させると、そのままホテルの敷地内へ進入していった。
そして正面入り口に車を停めると言った。
「朱莉さん。それじゃ・・俺のホテルはここだから。車・・返すよ。今日はありがとう。迎えに来てくれて。とても嬉しかった。」
「はい、私も久しぶりに九条さんに会えて良かったです。」
朱莉も笑みを浮かべて琢磨を見る。その朱莉の笑顔があまりにも魅力的だったので、琢磨は無意識のうちに朱莉の手に触れようとしたとき・・。
「フエエエエ~ン・・・。」
突如、チャイルドシートに座っている蓮がむずかり、そこで琢磨は我に返った。
「あらあら、レンちゃんはお腹がすいたのかしら?」
朱莉は助手席から降りると、後部座席のドアを開けて中へ入るとレンのチャイルドシートのベルトを外して抱き上げた。
琢磨はそんな朱莉の姿を見ながら、心の中で安堵のため息をついた。
(あ、危ないところだった・・・。レンがあそこで泣かなければ俺はあのまま・・・。)
朱莉は琢磨が自分の姿をじっと見つめていることに気付き、言った。
「九条さん、私の事は気になさらずにどうぞホテルへ行って下さい。」
「しかし、それでは・・・。」
「大丈夫ですよ、おむつで泣いたみたいなので、ここで取り換えたらそのまま帰りますので。」
「あ、ああ・・ありがとう。それじゃ、朱莉さん・・・また明日。」
琢磨は車を降りると言った。
「はい、又明日。」
朱莉は笑顔で答えた。そして琢磨は頭を下げると車を降りてホテルの中へと消えて行った―。
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