8-1 結婚記念日
季節は5月になっていた。
「明日のスケジュールを今メールで翔のアドレスに送っておいたよ。」
PC に向かっていた修也は書類に目を通していた翔に言った。
「ああ、ありがとう。」
早速翔はPCに目を通した。
「うん。この日程なら何とかなりそうだ。・・修也はスケジュール管理もうまいな。姫宮さんがあんな事になって引継ぎも中途半端だったのに・・流石だな。」
翔はニヤリと笑った。
「いや、ここまで出来るようになったのはやっぱり姫宮さんのお陰だよ。僕の為に完璧なマニュアルを作っておいてくれたんだから。」
「そうか・・・それじゃ姫宮さんはきっと向こうの会社でもうまくやれているだろうな。」
「そうだね。きっと二階堂社長は素晴らしい人材を手に入れたと喜んでいると思うよ。何せ翔の秘書を務めていたんだからね。」
「そうだな・・・。でもまさか姫宮さんが二階堂先輩の秘書になるとは思わなかったよ。おまけに・・・。」
「うん。驚いたね。まさか来月結婚式を挙げるなんて。」
修也は今朝届いたばかりの結婚式の招待状を眺めると言った。
「ジューンブライドを選ぶなんて先輩もなかなかやるよ。」
翔は椅子の背もたれに寄りかかりながら言った。
「でも・・・僕も招待されているけど、本当に参加してもいいのかな?あまり姫宮さんとは接点が無かったし、二階堂社長の事も知らないんだけど・・。」
「・・・いいんじゃないか?断れば失礼だ。だけどな・・・。」
翔はジロリと修也を見ると言った。
「俺の妻には・・・。」
「分かってるよ、翔。親しくするなって言うんだろう?分かってるよ。でも一応挨拶だけはさせてくれるよね?」
「挨拶・・・そうだな・・。挨拶は・・仕方が無いか・・・。」
翔は難しい顔をすると言った。そんな様子の翔を見て修也は言った。
「本当に翔は奥さんの事が大事なんだね。でも安心していいよ。僕には翔の奥さんと親しくしないように心掛けるからさ。」
修也は笑顔で言った。
「・・・。」
翔はそれには答えず、黙って修也を見つめるのだった―。
その日の夜7時―
ピンポーン
朱莉の住むマンションのインターホンが鳴った。
「あ。レンちゃん。パパが来たみたいだよ?ちょっとお利口にして待っていてね。」
ハイチェアに座っていた蓮に声をかけると朱莉は玄関へと向かった。
「こんばんは、朱莉さん。」
ドアを開けるとそこには笑顔の翔が立っていた。手には紙バックを持っている。
「こんばんは、翔さん。どうぞ上がって下さい。」
「ああ、それじゃお邪魔しようかな。」
朱莉に促され、翔は靴を脱ぐと玄関に上がり込んできた。そしてダイニングルームでハイチェアに座っている蓮と目が合った。
「お?蓮・・・いいの座っているなあ~。」
翔は目を細めて蓮を見ると、頭を撫でた。
「だっだっ。」
蓮はそんな翔を見ると手を伸ばしてきた。
「ん~?蓮・・もしかして抱っこして欲しいのか?ん?」
翔は笑顔で蓮をハイチェアから抱き上げて言った。
「蓮・・・重たくなってきたな~。」
するとそこへ蓮の離乳食を用意してきた朱莉がやって来た。
「あ、翔さん。蓮ちゃんを抱っこしてたんですね?」
「ああ、そうなんだ。蓮が俺を見て手を伸ばしてきたから。」
「フフ・・・レンちゃん、パパに抱っこしてもらいたかったんですね。」
そして翔に言った。
「翔さん、レンちゃんの離乳食を持ってきたのですが・・食べさせてあげますか?」
「え?いいのかい?」
翔は驚いて朱莉を見た。
「はい、お願いします。」
「それじゃ・・・やってみようかな。」
翔は蓮をハイチェアに戻すと、朱莉が食事用スタイを持ってきて、蓮に付けると途端に蓮が笑顔になった。
「マ・マ・マ」
「フフフ・・・レンちゃん、お利口だからこのスタイを付けると食事って事がもう分かるんですよ。」
朱莉が嬉しそうに笑みを浮かべて蓮を見つめると言った。
「そうなのか・・・。それでこれが離乳食なのかい?」
翔は可愛らしい動物の絵が描かれた小さなお椀を見た。
「はい、そうです。」
「オレンジ色をしているね。これ・・・中身は何だい?」
「5倍で炊いたおかゆに人参を茹でて、裏ごしにした人参のおかゆですよ。」
「へえ~そうなのか・・・。食べてくれるかな?」
翔はスプーンを手に、心配そうに尋ねた。
「はい、大丈夫です。レンちゃんは人参もおかゆも大好きですから。」
「そうなのか・・なら大丈夫だな。」
翔は早速蓮の前に座るとスプーンですくって口元に持って行くと蓮が口を開けたので、そっとスプーンを口に中に入れるとすぐにパクリとくわえてモグモグさせると飲み込んだ。
その姿があまりにも可愛くて翔は嬉しそうに朱莉を見て振り向いた。
「朱莉さん!蓮・・食べたよ、俺の手から、美味しそうに離乳食を食べてくれた!」
「ええ、見ました。」
まるで子供の様に喜ぶ翔を見て朱莉は思った。
(翔さん・・・やっぱり子供が好きなんだ・・。きっと翔さんなら私がいなくなってもレンちゃんを大切に育ててくれるはずね。後、残るのは明日香さんの問題だけ・・。)
朱莉はまだ明日香の事は諦めていなかった。やはり蓮には幸せになってもらいたい。片親だけではなく、両親が揃った環境で一緒に暮らすのか本当の家族の在り方だと朱莉は常日頃から考えていたのだ。
(そうよ、私は・・・翔さんの仮初の妻であり、レンちゃんの代理のお母さん。やっぱり明日香さんと翔さんが元通りになって・・家族になるのが本当の形だもの。)
翔が蓮に離乳食を与えている姿を見つめながら朱莉は思うのだった・・・。
「ところで、翔さん。今夜は突然どうしたのですか?」
離乳食を食べ終えた蓮が寝ると、朱莉はお茶を出しながら翔に尋ねた。
「あ、ああ。突然で驚かせてしまったかもね。実はこれを・・朱莉さんに渡したいと思ってね・・・。」
言いながら翔は朱莉にラッピングされた手のひらサイズの四角い箱をテーブルの上に置いた。
「え・・?これは・・?」
首を傾げる朱莉に翔は照れたように言った。
「開けて見て貰えるかな?」
「は、はい・・・・。」
朱莉は丁寧にラッピングをはがし、箱の蓋を開けると中にはレディース用の腕時計が入っていた。
「え・・?腕時計・・・?」
朱莉は戸惑いを隠せず、翔を見上げた。
「これは・・・朱莉さんの為に買った結婚記念日のプレゼントだよ。」
「え?結婚記念日?」
「ああ・・・。丁度2年前のこの日・・役所に婚姻届けを出したからね・・。」
「!そうだったんですね・・・。」
(だけど・・私は翔さんの書類上の妻・・こんな事をしてもらう訳には・・・。)
一方の翔は朱莉があまり喜ばず、表情が陰ってしまったのが気がかりだった。
(どうしたんだ・・・?朱莉さん・・・。もしかしてプレゼントの中身が気に入らなかったのか?ネットで調べて結婚記念日に適したプレゼントを探して手に入れたのに・・。)
そこで翔は朱莉に尋ねてみる事にした。
「朱莉さん・・・ひょっとすると・・・腕時計は気に入らなかったのかい?」
すると朱莉はパッと顔を上げて言った。
「いいえ!そんな事はありません。腕時計は以前から欲しいと思っていましたし、とっても嬉しいです。けど・・私は翔さんには何もプレゼントを用意していませんでした・・。」
朱莉は再び項垂れた。
「何言ってるんだ?そんな事は考える必要は無いよ?俺が勝手に朱莉さんに結婚記念日のプレゼントを渡したいと思って勝手にやった事なんだから。」
「ええ・・・。でも私はこんな事をしてもらう立場の人間ではありません。書類上だけの妻ですし・・・。」
「!朱莉さん・・・それは・・・。」
翔が言いかけた時、さらに朱莉は続けた。
「翔さん・・・私・・・今月長野へ行こうと思っています・・・。」
朱莉の言葉に翔は凍り付いた―。
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