7-6 京極の特技
「ん・・・?これは・・中々興味深い書き込みだな・・・。」
深夜2時―
最近姫宮から鳴海グループに関する情報が入って来なくなっていた京極は焦りを感じていた。あまりにも連絡が来ないので、姫宮に自分から鳴海翔について何か報告する事は無いか電話で尋ねても、特に変わった事は何も無かったと素っ気ないものだった。
そこで京極はネットの情報を利用して、何か鳴海グループに関して面白い情報が無いか探してみた所、偶然あるブログを発見したのである。
≪ 玉の輿を狙いたい!乙女雑記帳 ≫
4月5日
『私は鳴海グループ総合商社の副社長の後任秘書に抜擢されていたのに、現在副社長の秘書を務めているS・Hと言う女性秘書から後任秘書の役を解かれ、さらには総務部へと移動させられてしまいました。あまりにも理不尽な仕打ちだったので会社をその日のうちに辞めてきました。皆さん、どう思いますか?あまりに酷いと思いませんか?』
(これは鳴海翔との話だ・・・。それに秘書のイニシャルのS・H・・・・静香の事じゃ無いか?何故後任の秘書の話が出ているんだ?静香・・秘書を辞めるのだろうか・・?俺には何も話してくれていないなんて怪し過ぎる。よし・・・この女と直に連絡を取り合ってみるか・・・。)
そして京極はこのブログにコメントを寄せた—。
3日後―
「あ、今日もコメントとメールを寄せてくれているわ。」
飯塚が自分のブログを開くとコメントが書き込まれていた。今日飯塚が書いたブログは自分を副社長の後任の秘書の任を解き、総務部へ追いやった姫宮が昼休みに修也と親し気に2人でカフェでランチを食べている姿を偶然見かけたのだ。修也は飯塚に背を向ける形で座っていた為、顔を確認する事が出来なかったが、飯塚を嫉妬させるには十分すぎる光景だった。その時の様子を憎しみを込めてブログに書きこんだのである。
『それは酷い話ですね。貴女の様に優秀な方をあっさりと自分の個人的感情で切り捨てるなんてあってはいけない事ですね。その上、自分は昼休みに男性と食事をしているとはますます許しがたい事だと思います。心中お察し申し上げます。』
「本当よね、この人の言う通りだわ。でも嬉しいな・・・。私の気持ちを良く分かってくれているから。」
飯塚は満足そうに言うと、今度はメールをチェックして息を飲んだ。
『私はこの秘書の知合いです。貴女が望むなら・・この女性の住所や情報を教えてあげますよ。お望みでしたら下記のメールアドレスにご連絡下さい。』
そしてそこには京極のメールアドレスが記載されていた。
「え・・・?何者なの・・この人は・・・。でも、姫宮静香の住所を知っているなら・・・。」
そして飯塚は一瞬ためらったが、メールの返信を打ち込んだ―。
翌日の夜7時
飯塚はメールをやり取りした相手との待ち合わせ場所にやってきていた。くしくもそこは以前、飯塚が姫宮と修也が一緒にランチを食べていたのを見張っていたカフェであった。
(こんな偶然ってあるのかな・・・。ちょっと怖いな・・・。)
飯塚は不安な気持ちを抱えながら指定された椅子に座ると、ソワソワし始めた。
コメントを寄せてくれた相手はすごく飯塚の気持ちを理解してくれた。そして自分自身も鳴海グループ総合商社に恨みを持っている事を語って来た。なので飯塚は顔も性別も分からない相手ではあったが一気に親近感が湧き、本日早速会う事になったのだが、いざここまで来ると尻込みしている自分がいた。
メールのやり取りで相手が京極正人という名前の男性である事は分かったが、それ以外はなにもかもが分からない。顔も、年齢も、職業すら・・。
(私・・ここへ来て大丈夫だったかのかな・・・。だけど・・やっぱり姫宮さんは許せない・・!私の築き上げてきたキャリを一瞬んで奪ってしまったんだから・・!)
飯塚は歯を食いしばり、テーブルの下に置いた自分の両手をグッと握りしめて俯いていると、不意に声を掛けられた。
「失礼します、飯塚咲良さんですか?」
「は、はいっ!」
飯塚は顔をあげて、目を見張った。そこには優し気に微笑む京極の姿があった。
(え・・・?この人が・・京極正人・・?何て素敵な人なんだろう・・。)
元々惚れっぽく、男性に目が無い飯塚は一瞬で京極に目を奪われてしまった。そこでいつも男性に向ける眼差しで京極を見ると言った。
「はい、私が飯塚咲良です。貴方が京極さんですか?」
「ええ、そうです。お待たせしたようで申し訳ありませんでした。」
京極は笑顔で言うと、自然な仕草で飯塚の向かい側に座ると言った。
「まずはコーヒーを飲んでからお話しましょう。」
そしてニコリと微笑んだ―。
「それで私、頭にきてその日のうちに退職願を書いて総務部の係長に叩きつけてやったんですよ。元々移動してきたばかりで引き継ぎも何も無かったので、さっさと私物を片付けて辞めて来ちゃいました。だって酷いじゃないですかっ!私が今迄何の為に努力してここまでこれたか・・・あの女は全く分かっていないんですよっ!」
アルコールが入っている訳でも無いのに飯塚は興奮しっぱなしで、まるでマシンガンのように話し続けていた。
京極は適当に相槌を打っていたが、話しの半分も聞いてはいなかった。
(全く、よく喋る女だ。甲高い声も耳障りだし・・・朱莉さんとは大違いだ。大体俺は昔からお喋りな女と見境なく泣く女は苦手なんだよ・・。)
しかし、そんな気持ちをおくびにも出さず京極は熱心に話を聞いているふりをした。
(それにしても・・・静香の奴・・・一体何を考えているんだ?秘書をやめる?そんな話は聞いた事が無いぞ?まさか鳴海から手を引くつもりなのか・・・?この俺を裏切るのか・・?)
「あの・・・ところで京極さん。京極さんは・・・おいくつなんですか?」
突如飯塚がはにかみながら尋ねてきた。
「え?30歳ですよ。」
「へえ〜30歳ですか・・・。私は27歳です。それでお仕事は何をしてるのですか?」
「IT関係の仕事を経営してますよ。」
「ええっ?!社長さんなんですか?!すごい・・・。」
飯塚は目をキラキラさせながら京極を見た。
(何だ?この女・・今度は俺に興味を持って来たのか?冗談じゃない。俺が一番苦手なタイプの女に興味を持たれたらたまったものじゃない。)
そこで京極は話題を戻す事にした。
「それで飯塚さん。貴女はその女性に何をしたいのですか?」
すると飯塚は一瞬俯いたが、顔を上げた。
「あの女は・・・私の今迄築き上げてきた会社での地位を一瞬で奪ったんですっ!許せないっ!」
「なるほど・・・。私は姫宮静香を良く知っています。あの女は・・副社長の秘書をしていますが・・・実は愛人なんですよ。それで僕も彼女に捨てられてしまって・・。このまま黙って引き下がるつもりですか?」
「え・・?そ、それは・・?」
飯塚は京極を見た。
「いいですか?貴女は姫宮静香のせいで・・・人生を狂わされたのですよ?それなのに本人は副社長の愛人をしながら、別の男性と・・しかも昼休みに逢引している。
こんな事は許されると思いますか?」
京極は暗示をかけるように飯塚から片時も目を離さずに語り掛ける。
「いいえ・・・許されないわ・・・。」
「そうです、貴女が副社長を失ったのも・・・職を失ったのも・・全ては姫宮静香のせいです。このままあの女を野放しにして置いて後悔しませんか・・?」
「する・・。あの女に仕返ししてやらないと・・・一生私は後悔するわ・・。」
何時しか飯塚の目はトロンとしていた。
「これが・・姫宮静香の住所です。」
京極はメモ用紙をテーブルの上に置いた。
そして飯塚は無言でそのメモ紙に手を伸ばした—。
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