7-5 翔と修也の秘密の関係
姫宮から各務修也への引継ぎは順調に進んでいた。そして本日、修也は午前中は秘書研修という事で秘書課へ顔を出していた為、久しぶりに副社長室のオフィスルームは姫宮と翔の2人きりとなっていた。
「どうだい?姫宮さん。修也への引継ぎは・・・進んでいるかな?」
翔は引継ぎの資料を作成していた姫宮に声を掛けた。すると姫宮は顔を上げ、翔を見た。
「ええ、順調です。それにしても彼には驚きです。とても呑み込みが早くて、何でもそつなく出来て・・・本当に優秀な方なんですね。」
姫宮は感嘆のため息をつきながら言った。
「ああ・・・そうなんだ。修也は・・・本当に優秀な人間なんだ。だからこそ・・・。」
修也はそこまで言って口を閉ざした。
「翔さん?どうかしましたか?」
姫宮は突然黙り込んでしまった翔を見て首を傾げた。
「い、いや。何でもないよ、俺に構わず続けてくれ。」
「はい、分かりました。」
そして再び、姫宮はPCと向き合った―。
12時になり、修也が副社長室へと戻って来た。
「只今戻りました。」
修也が翔と姫宮に挨拶をした。
「ああ、ご苦労だったな。修也。」
「お疲れさまでした、各務さん。どうでしたか?秘書課の研修は。」
「はい、皆さんには親切丁寧に教えて頂きました。午後からは引き続き姫宮さんの引継ぎ業務に入らせて頂きます。」
修也はにこやかに言った。
「それじゃ、姫宮さんと修也・・・2人で一緒にお昼に行ってくるといいよ。」
翔は2人に言った。
「そうですね。では行きましょうか?各務さん。」
姫宮はコートを取ると言った。
「はい、ご一緒させて下さい。それじゃ、翔。行ってくるよ。」
修也も上着を取ると翔を見た。
「ああ。行ってらっしゃい。」
翔に言われ、姫宮と修也はオフィスを出て行った。そして1人オフィスに残った翔は小さく呟いた。
「修也・・・。お前が俺の秘書になるとはな・・。これじゃあ10年前の関係と大して変わりないな・・・。」
そしてため息をついた―。
「ここが今私が一番気に入ってる店なんですよ。」
姫宮が連れて来た店は本社ビルの近くにあるカフェだった。このカフェはコーヒーの種類が豊富で15種類の味のコーヒーを提供していたし、注文に応じてブレンドしたコーヒーを作ってくれるのだ。
「姫宮さんはコーヒー通なんですね。僕は普段はインスタントしか飲まないので感心してしまいますよ。」
コーヒー付きのセットメニューでホットサンドを食べながら修也は言った。
「でも一度引き立てのコーヒの味を知れば、きっと各務さんもインスタントでは満足できないかもしれませんよ?」
器用にパスタをフォークに巻き付けながら姫宮は笑みを浮かべた。
「そうかもしれませんね。確かにこのコーヒー・・香りが凄く良いですね。」
修也が嬉しそうに答える。そんな修也を見ながら姫宮は思った。
(今なら聞いても大丈夫かしら・・・。)
そして修也を真っすぐ見つめると姫宮は尋ねた。
「あの・・・各務さんは・・副社長の従弟だと聞いていましたが・・・それにしても随分と顔立ちが似ていらっしゃいますね。初めてあった時は一瞬目の前に副社長が立っているのでは無いかと思う程でした。」
「そうですよね・・。確かに僕と翔は従弟ですけど、似ているのも無理は無いかと思いますよ。何故なら僕と翔の父親は双子なのですから。」
「まあ・・・そうだったのですか?どうりで良く似ていると思いました。実は私も双子なんですよ。双子と言っても私は二卵性で、兄がいるんですよ。」
姫宮の話に今度は修也が驚く番だった。
その後2人は昼食の席で双子の話について大いに盛り上がるのだった。
そしてそんな2人の楽し気な様子を鋭い視線で睨み付けている者がいた事に姫宮も修也も気が付いてはいなかった―。
翔の父親の竜一は一卵性双生児で竜二という双子の弟がいる。そして鳴海猛は2人のうち、1人を鳴海グループの後継者にと考えていた。そして候補に挙がったのが次男である竜二であった。
竜一は穏やかな性格であったが、弟の竜二は荒々しい性格で、少々強引な手を使っても無理を押し通すというまさに真逆な性格の2人であった。猛は会社を大きくする為には竜二のような性格の人間の方がトップに立つにふさわしい人間と考え、竜二を後継者に任命したのだった。
竜一も竜二もほぼ同じ時期に結婚し、翌年にはお互いに子供をもうけていた。
それが翔と修也であった。2人は父親が双子と言う事もあり、顔立ちが良く似ていたが性格は違っていた。皮肉な事に翔は叔父である竜二に似た性格であり、修也は竜一のように穏やかな性格であった。
そして翔と修也が小学1年になった時・・・事件が起こった。
当時、竜二は営業部の課長を務めていたが、部下である若手社員の営業成績が振るわなかった事に苛立ちを募らせていた。そこで竜二はその社員を個人的に呼び出し、ノルマを課した。それは到底若手社員には厳しすぎるノルマであった。
竜二はその社員に言った。もし3カ月以内にノルマを達成できなければ毎月の給料から補填させると言ってきたのだ。
その社員は言われた通り、寝る間も惜しんで得意先を必死になって頭を下げて回ったが、結局ノルマを達成する事が出来ず、思い悩んだ末にとうとう遺書を書いてビルから飛び降り自殺をしてしまったのだ。
その社員は母と子の2人暮らしだった。息子の遺書を発見した母親は嘆き悲しみ、亡き息子の書いた遺書をマスコミに公表した。その事件はあっと言う間に世間に広がる事となり、息子である竜二の失態に激怒した猛は後継者候補の座を剥奪し、グループ会社の最下層に位置する会社へ左遷させた。
この事が原因で竜二は離婚する事になり、修也は母親に引き取られて鳴海の姓から母方の各務の姓を名乗ることになった。そして修也親子は猛の恩情にあずかり、鳴海家の邸宅の近くのマンションを与えられ、2人はそこで暮らす事になった。
竜二の失態は鳴海グループの汚点であり・・・竜二の妻と息子の修也は鳴海家の中で存在を抹消され・・・明日香にも修也の存在は隠されたのだった。
だが、密かに翔と修也は家族には内緒で交流をしていた。2人は顔も良く似ていたし、互いに真逆の性格だったが気が合った。2人が会うのは大抵鳴海家の離れだった。子供の頃はふざけあい、お互いを入れ替えてみたこともあったが誰にもバレる事は無かった。そしていつしか2人はよりお互いを似せる為に服装から髪型・・特技までもそっくりそのまま入れ替わっても周りからばれない程にまで完璧に演じられるようになっていた。
やがて時は流れ・・高校に入学した頃から翔は鳴海グループの後継者として扱われるようになり、徐々に高飛車な態度を取るようになってきていた。そしていつしか自分の周囲の人間を・・・そして修也を見下すようになっていた。この頃になると翔は修也の真似をするのは辞め、何か面倒な事があった場合は修也を呼びつけ、自分の代役を押し付けるようになっていた。そして修也は何一つ文句を言うことなく、完璧に誰にも気づかれる事無く、翔の役を演じてきた。つまり翔は面倒な事は全て修也に押し付けてきたのである。
しかし、そんな生活がいつまでも続くわけもなく・・・。
高校3年の時・・・いつものように修也は翔の役を演じ・・・出過ぎた真似をしてしまった。そして、その事を翔に報告すると思い切り激怒されてしまい、2人の関係に亀裂が入った。やがて亀裂が埋まらないまま・・・高校生活に終わりを告げ、翔は東京の大学に、修也は地方の国立大学へと入学し・・・音信普通のまま10年の歳月が流れたのであった―。
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