5-4 式典前の出来事
翌日―
午後3時。
朱莉は緊張の面持ちで本社のロビーのソファに蓮を抱いて座っていた。するとそこへ姫宮が1人の若い女性を伴って現れた。
「お待たせ致しました。朱莉様。」
「こんにちは、姫宮さん。」
朱莉は立ち上がって挨拶をすると、姫宮の隣に立っている若い女性をチラリと見ると女性の方から挨拶をしてきた。
「初めまして、私はこの会社の保育室で勤務している高坂と申します。本日お子さんをお預かりさせて頂きます。」
「あ、そうだったのですね。初めまして、鳴海朱莉と申します。そしてこの子は蓮と言います。それではよろしくお願い致します。」
朱莉は蓮を保育士に預けると、蓮がぐずった。
「フエエエ・・・。」
そして朱莉の方を見る
「あらあら、蓮君。やっぱりママがいいのかな〜?」
高坂が蓮を抱っこしながら言う。
(ママ・・・。)
朱莉は自分を向いて蓮が泣く姿を始めて見て胸が熱くなる思いがした。そしてそんな朱莉を姫宮は黙ってみている。
「あの・・・大丈夫でしょうか・・?」
蓮が朱莉を見てぐずっている姿を見て朱莉は心配になって声を掛けた。
「いえ、大丈夫ですよ。皆最初はこうですから。それではお荷物もお預かりしますね?」
高坂に言われて、朱莉は蓮の荷物一式を預けると言った。
「それでは蓮をよろしくお願いします。」
「はい、大切にお預かり致しますね。」
そして高坂が去るのを見届けると朱莉は言った。
「知りませんでした・・・。こちらの会社には保育所もあるんですね。昨日の話ではベビーシッターさんに預かって貰うと聞いていたので・・。」
「はい、私が社の保育所に尋ねたところ、蓮君を預かってくれるとの事でしたので、急遽保育所にお願いしたのです。」
「そうでしたか。いつも色々とお世話になってばかりで・・本当にありがとうございます。」
朱莉は丁寧に頭を下げると姫宮は言った。
「いいんですよ、朱莉様。私は副社長の秘書として当然の仕事をしているだけですので・・それでは会場までご案内致します。」
そして姫宮に連れられて朱莉はビルの外へ出た。
ホテルに向かうタクシーの中で朱莉と姫宮は会話をしていた。
「知りませんでした。会社で式典を行うと思っていたのですが・・・まさかホテルで行うなんて・・・。」
「ええ。ホテルを借りる方が早いですから。設備も整っておりますし、お料理や飲み物・・全て揃っておりますからね。会長と社長・そして副社長もすでにホテルにいらっしゃいますから。」
「え?社長・・といいますと・・・翔さんのお父様の事ですよね・・?」
「はい、そうです。」
「ど、どうしましょう・・私、翔さんのお父様とお会いするの・・初めてなんです・・・。今から緊張してきてしまいました。」
朱莉が胸を押さえながら言うのを見て姫宮はフフッと笑った。
「朱莉様・・・会長よりもお会いになるの緊張されるのですか?」
「え、あの・・・会長とは既に何回か会っておりますので・・あ、勿論今も会長にお会いするのは緊張しますけど、社長とは初めてですから・・。」
「大丈夫ですよ。社長はとても穏やかな方ですから、それ程緊張する事はありませんからね。それより・・・。」
姫宮は朱莉を見ると言った。
「朱莉様の今日のお召し物・・・とてもよくお似合いです。ハーフアップの髪型も・・アクセサリーもとても素敵です。」
「あ、ありがとうございます・・。」
朱莉は真っ赤になってお礼を言う。そんな姿を見て姫宮は思った。
(フフフ・・・朱莉さんのこの姿、正人に見せてやりたかったわ・・・。きっと改めて朱莉さんの美しさに惚れ直すんじゃないかしら?)
そしてどことなく優越感に浸るのであった—。
ホテルへは15分程で着いた。
タクシーを降りると姫宮は朱莉を連れて会場へと向かった。会場はホテルの3Fにある大ホールで行われる事になっている。
ホールへ着くと、既に大勢の人々が集まっており、朱莉は久々に緊張してきた。
(ど、どうしよう・・・・私みたいな人間・・・はっきり言って場違いなんじゃないかしら・・。それに妻と言っても所詮私は偽装妻だし・・。)
緊張しきった朱莉は姫宮に連れられて、ある部屋を案内した。
「こちらに会長と社長、それに副社長がおられますので。」
「は、はいっ!」
朱莉は緊張しながら返事をした。姫宮はドアをノックすると言った。
「朱莉様をお連れしました。」
するとすぐに翔がドアを開けて現れ、朱莉を見ると笑みを浮かべた。
「朱莉さん、待ってたよ。」
そして自然に朱莉の背中に手を当て、中へと案内した。すると朱莉の目に会長と見た事の無い中年の男性がこちらを向いて立っている。その男性は何処となく翔に似ていた。
「朱莉さん、よく来てくれたな。」
鳴海猛が朱莉を見て笑顔で声を掛けてきた。
「会長、その節は有難うございました。」
朱莉は深々と頭を下げると、猛が言った。
「朱莉さん、彼に会うのは初めてだろう?私の息子で・・翔の父親の鳴海竜一だ。」
「初めまして。朱莉さん。翔の父の竜一です。」
男性は優しい笑みを浮かべて挨拶をしてきた。
「初めまして。朱莉と申します。いつも翔さんには良くして頂いております。」
すると猛が言った。
「朱莉さん、正直に言ったほうがいいぞ?翔は私に性格が似ていて冷酷な所があるからな。今から直して欲しい所があるなら言っておいた方がいいぞ?」
猛は面白そうに言う。
「か、会長!な、何て事を・・・。」
翔は顔を赤らめた。
「いえ、翔さんは完璧な方ですから直して貰いたいところは何処もありません。」
朱莉は笑顔で答えた。
「ほう・・・貴方はうちの息子を随分買ってくれているようですね。ありがとうございます。」
社長の鳴海竜一は目を細めると言った。すると翔が声を掛けた。
「それではそろそろ会場へ行きましょう。」
そして猛が先頭に立ち、部屋を出ていき、次に竜一が続いた。
「副社長、お二方は行かれましたが・・・?」
姫宮が声を掛けると翔は言った。
「姫宮さん、先に会場へ行っていてくれ。少し朱莉さんとここで話をしてから向かうから。」
「承知致しました。」
姫宮は頭を下げると部屋を出て行った。そして朱莉と翔、2人きりになると翔が朱莉に語りかけてきた。
「朱莉さんは式の間は俺の側にいてくれ。」
翔が朱莉に言った。
「はい、それで・・・本日はどうすればいいですか?」
「まず壇上で司会者が現れ、会長を紹介する。そして会長の挨拶の後は社長の挨拶へ続く。その後は司会者が進行を務める事になっている。朱莉さんは俺の隣の席でただ座っていればいいよ。」
「翔さんは・・・挨拶しないのですか?」
朱莉は不思議そうに尋ねた。
「ああ、今回は・・・実は俺はどの企業が参加しているのかも・・・知らされていないんだ。来賓企業代表者名簿もついさっき、目を通したばかりなのさ。」
「・・・そうだったのですか・・・。」
すると気を取り直したかのように翔は言った。
「それで、その後は立食パーティーに移る。その時、多分色々な来賓客が挨拶に来ると思うから、簡単に自己紹介をして、適当に相槌を打っておけばいい。もし何か深い質問をされても、自分は会社の事は分からないのでと答えておけばいいさ。」
「はい・・・。ですが・・・。」
朱莉は目を伏せた。
「どうしたんだい?朱莉さん。」
「私は・・偽装妻です・・・。そんな私が・・世間の前に出てきていいのでしょうか・・?反って将来的に翔さんのご迷惑をかける事になってしまうかもしれませんよ?」
朱莉は俯きながら言った。
それを聞いた翔の胸は何故か潰れそうに苦しくなり・・。
「あ・・朱莉さんっ!」
気付けば朱莉を強く抱きしめていた—。
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