5-5 出会い
「しょ・・翔さんっ?!」
あまりにも強い力で抱きしめられ、朱莉は息が詰まりそうになった。
(な・・・何故?翔先輩・・何故突然こんな真似を・・?)
すると翔の囁きの様にも取れる声が耳元で聞こえてきた。
「・・そんな事は考えなくていい・・・。」
「え?」
すると翔は朱莉の身体を自分から引き離し、両肩に手を置くと言った。
「朱莉さんは、自分は偽装妻だとか言ってるけど・・・もうそんな事は気にしなくていいんだ!」
「え・・?で、でも・・・・。」
(だって、翔先輩がずっと言ってたんですよ・・・?私達の関係はビジネスだって・・・。)
「朱莉さんは今は蓮の母親として立派に務めを果たしてくれている・・。だから、どうか頼むから・・もっと堂々と振舞ってくれ・・・!」
「わ、分かりました。」
朱莉は上ずった声で返事をした。
「え・・?分かってくれたのかい?」
(朱莉さん・・ひょっとして俺の気持ちに・・?)
しかし、朱莉の出した答えは期待外れのものだった。
「そうですね。今日は大事な式典の日ですから・・翔さんに恥をかかせるわけにはいきませんからね・・。頑張って演技します。」
「あ、ああ・・・そ、そうだね。よろしく頼むよ・・・。」
肩を落としながら翔は返事をするのだった—。
その後、翔と朱莉は式典へ参加した。2人の席は一番前の席で、朱莉の隣には姫宮が座った。その他、今まで一度も会った事の無い重役達も最前列に座り、式典は始まった。
司会者の話から会長の挨拶、社長の挨拶からさらに祝辞と続いた。
そしていよいよ立食パーティーが開催された。
途端に翔と朱莉は大勢の人々に囲まれたが、翔に言われた通り朱莉は片時も翔の傍を離れず、自己紹介と相槌だけで何とかその場をしのぎ切った。
パーティー開始30分後にはやがて人もまばらに各テーブルへと散ってゆき、ようやく朱莉は人心地付けるようになった。
「朱莉さん、大丈夫かい?」
翔が心配そうに声を掛けてきた。
「え?ええ・・大丈夫です。」
「そうか・・・俺は少し会長の所へ用があって行かなければならないんだけど・・1人で大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です。どうぞ行ってきて下さい。」
「ああ、悪いね。」
そして翔が去って行くのを見届けると、朱莉は初めてテーブルに向い、取り合えずシャンパンを手に取った。すると背後から突然声を掛けられた。
「失礼、鳴海翔さんの奥様でいらっしゃいますか?」
「え?」
慌てて振り向くと、そこには見た事も無い男性が立っていた。驚くほど端正に整った顔に高級なスーツに身を包んだ男性はまるでモデルの様にも見えた。
「あ、あの・・・失礼ですが・・・どちらさまでしょうか?」
朱莉は恐る恐る尋ねた。
「ああ、申し遅れましてすみません。私は『ラージウェアハウス』CEOの二階堂と申します。」
「えっ?!『ラージウェアハウス』・・・も、もしかして九条さんの・・?」
朱莉は声を震わせた。
「はい、私が彼をヘッドハントしました。彼は私の大学時代の後輩にあたるのです。」
二階堂は笑顔で答えた。
「あ、あの・・・九条さんはお元気なのですか?」
「はい、元気にしていますよ。」
「そうですか・・・良かった・・・。ある日、突然連絡が取れなくなって・・ずっと気になっていたんです。どうしているかなって・・・今迄散々お世話になったのに、まともにお礼も言えないまま・・・お別れになってしまったので・・・。」
朱莉は寂しげに言った。
「・・・彼の事・・どう思っていましたか?」
「え?」
「個人的に九条琢磨の事をどう思っていたのかお聞かせ願えませんか?」
「九条さんですか・・・。とても素晴らしい方だと思います。」
「それは・・人としてですか?それとも・・1人の男として・・でしょうか?」
「え・・?」
何故か意味深な尋ね方をしてくる二階堂に朱莉は戸惑った。その時・・・。
「朱莉さんっ!」
翔が急ぎ足で朱莉の元へ戻ってくると、何故か朱莉を背後に隠すように二階堂の前に立ち塞がると言った。
「・・・随分とお久しぶりですね。二階堂先輩。」
「え?」
朱莉はその言葉に顔を上げた。
「ええ。私は彼の先輩でもあるんですよ。」
二階堂は朱莉に笑顔で答えた。
「そうだったんですか?!」
「ええ、そうですよ。」
「二階堂先輩・・それより私の妻に何の話をしていたのですか?」
何故か翔は二階堂に棘のある言い方をする。
「いや、ただ九条について少し話をしていただけさ。」
「琢磨・・・。あいつは・・今どうしているんですか?」
「オハイオ州で頑張ってるよ。今年中に支社を作る予定だったからね。」
「あの、九条さんは・・・もう日本には戻って来ないのですか?」
朱莉の質問に二階堂は何故か含みを持たせる言い方をした。
「会いたいのですか?彼に・・・。」
「!そ、そう言う訳では・・・。」
(何・・?この二階堂社長・・私の反応を試しているみたい・・・。)
思わず朱莉が俯くのを見た翔が二階堂に言った。
「妻は琢磨に散々世話になってるのです。別に気に掛けてもおかしくはない話だと思いますけど?」
「翔さん・・・。」
「成程・・・。分かりました。それじゃ九条に伝えておきますよ。2人が気に掛けていたと言う事をね。」
二階堂が立去りかけるのを翔が引き留めた。
「待って下さい。二階堂先輩。」
「何だい?」
「少し・・・2人で話がしたいのですけど・・・。」
「まあ別に構わないけど・・いいのか?大事な妻を残して置いて。」
二階堂はチラリと朱莉を見ると言った。
「朱莉さん・・・。」
翔が朱莉を心配気に見つめている。
「私なら大丈夫です。どうぞお2人でお話をしてきて下さい。」
そう言うと、朱莉は頭を下げてその場を去って行った。
「・・・・。」
そんな朱莉の後姿を見つめながら二階堂は言った。
「随分・・・綺麗な人を妻にしたんだな・・・。」
「・・・琢磨から何か聞いてるんですか?」
翔はそれには答えず、質問してきた。
「何かって・・?」
「先輩が意味もなく・・・朱莉さんに話しかけて来るとは思えませんからね。」
「そうか・・・話しは聞いていないが・・・事情は知っている。九条は・・彼女の事が好きだって事がな。」
「そう・・・ですか。やっぱり・・。」
翔はギュッと拳を握りしめた。
「何だ?鳴海も知っていたのか?しかし、良く黙っていられたな?仮にも自分の妻に想いを寄せるなんて・・普通に考えたらそこで九条を殴りつけるなりしてもいい立場なんじゃないか?」
「・・・俺にはそんな資格はありませんよ。」
翔は視線を逸らせると言った。
「どういう事だ?」
「分かってるんじゃないですか・・?琢磨の性格を・・・。」
「九条?ああ・・・そうだな。あいつはパートナーがいる女性に手は出さないし、横恋慕もしない男だ。」
「つまり・・そういう事ですよ。」
「・・・?」
二階堂は首を傾げた。
「後は琢磨から直に話を聞いて下さい。失礼します。」
翔はそれだけ伝えると、その場を後にし・・・。
「あれ・・・朱莉さん・・・?」
会場から朱莉の姿が消えていた―。
「困っちゃったな・・・。お手洗いに来てから・・場所が分からなくなっちゃた・・。」
朱莉は通路でウロウロしていた。すると近くの部屋で話声が聞こえてきた。
覗いてみるとそこには会長と、こちらに背を向けたスーツ姿の男性が何か話している。
(誰かしら・・・?)
すると、話が終わったのか、男性は頭を下げると、くるりとこちらを向いて歩いてきた。
(いけない、立ち聞きしたと思われちゃう。)
急いで踵を返そうとしたところ・・。
「キャッ!!」
朱莉は躓いて転んでしまった。
「大丈夫ですか?立てますか?」
突然朱莉の頭上から声が降ってきて、手をさし伸ばしてきた。
「あ、ありがとうございます・・・。」
その男性の手を借り、立ち上がると朱莉は顔をあげてその男性をみて息を飲んだ。
「え・・・?」
そこには翔に顔立ちがよく似た男性が笑顔で朱莉を見つめて立っていたのだった—。
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