4-19 それぞれの思惑

 六本木から野辺山高原まで約3時間半かけて翔は目的地の「ホテル・ハイネスト」に到着した。 

まるで白亜の宮殿のような豪華なホテルに翔は感嘆のため息をついた。


「ふ~ん・・これは立派なホテルだな・・・。」


ホテルの入り口まで車で着くと、すぐに2人のドアマンが現れ、車のキーを預かると駐車場まで乗っていき、1人は荷物を預かるとフロントまで案内をしてくれた。


「ようこそ、当ホテルへお越し頂きまして、誠にありがとうございます。」


フロントの女性スタッフが深々と頭を下げてきた。


「こちらこそお世話になります。」


翔も頭を下げると女性スタッフが言った。


「只今総支配人を呼んでおりますので少々お待ち頂けますか?」


「え・・?総支配人が・・・?」


「はい、当ホテルのスイートルームをご利用のお客様には総支配人がご挨拶させて頂くのが慣習となっておりますので、どうぞあちらのソファでおかけになってお待ちください。」


「あ、はい。分かりました。」


別のホテルマンに案内され、ロビーのソファに座っているとコーヒーを出された。


「どうぞ、こちらはブルーマウンテンになります。」


「ああ、ありがとう。」


すぐにホテルマンはその場を去り、翔は出されたコーヒーを一口飲んだ。


(へえ・・・美味いな・・・。)


翔がコーヒーを飲んでいると、不意に声を掛けられた。


「失礼致します。鳴海翔様でいらっしゃいますか?」


顔を上げると、そこには品の良いスーツを着こなし、スラリとしたまるでモデルのような男性が立っていた。その雰囲気は何所となく琢磨を彷彿とさせた。


「え・・・と・・貴方は・・?」


「申し遅れました。私はこのホテルの総支配人の白鳥誠也と申します。」


白鳥は深々と頭を下げながら名刺を差し出してきた。


「ああ・・これはわざわざありがとうございます。あいにく今日はプライベートでこちらへ来たもので、私の名刺が無いのですが・・・。」


翔は名刺を受け取りながら言った。


「どうぞお気になさらないで下さい。この度は当ホテルをご利用いただきまして誠にありがとうございます。スイートルームをご利用のお客様は私がご案内させて頂く事になっております。」


「はい、ではよろしくお願いします。」


翔は立ち上がると言った。


「それではご案内させて頂きます。」


豪華なカーペットを敷き詰めた長い廊下を歩きながら白鳥が声を掛けてきた。


「こちらへは初めていらしたのですか?」


「ええ、そうですね。それにしても立派なホテルですね。」


翔が感嘆の声を上げると白鳥が言った。


「鳴海グループの御曹司の方にそのように言って頂けるとは光栄です。」


笑顔で言う白鳥に翔は戸惑った。


「え・・・?何故、その事を・・・?」


「ええ、お顔は経済雑誌で拝見したことがありますし、お名前も耳にしたことがあります。何せあの世界に名だたる鳴海グループなのですから。それに・・・当ホテルは値段が少々高めで、ご利用されるお客様も自然と限られてまいります。さらにスイートルームともなれば・・・。」


「ああ・・・だからですか・・・。」


「ですが、そういう貴方も相当やり手の方のようですね。その若さで総支配人をされているのですから・・・。」


「鳴海翔様にそのように言って頂けるのは光栄です。」


ニコリと笑みを浮かべながら白鳥は答えた。


やがて、一つの部屋の前に来ると白鳥は足を止めてドアを開けた。


「こちらが鳴海様がお泊りになる当ホテル自慢のスイートルームでございます。」


「ああ・・・これはすごい部屋だな・・・。」


翔は感嘆の声を漏らした。まず目に飛び込んできたのは広さ20畳程の広々とした部屋に、さらにその奥には2つの扉が見える。オーシャンビューの大きな窓からは自然に囲まれた美しい景色が広がっている。床はふかふかなカーペットが敷き詰められ、壁には大きなスクリーンが掛けられ、シアターが完備されている。奥にはバーカウンターがあり、棚にはずらりとアルコールが並べられているのが分かった。


「アルコールは料金に組み込まれておりますので、お好きなだけお飲みください。映画もネット配信されておりますのでいつでもご自由にお楽しみできます。お部屋のお風呂はミストサウナとジェットバスも完備されておりますが、当ホテルの温泉は源泉かけ流しの湯となっておりまして、岩盤浴もございます。」


白鳥の説明を聞きながら翔は朱莉と蓮の事を思った。


(やっぱりこれほど立派な部屋なら・・・連れてきたかったな・・・。)


「・・・以上で説明を終わらせて頂きますが・・・何かご質問はありますか?」


「それじゃ・・ここに宿泊している客について尋ねる事は出来るかな?」


翔は白鳥を見た。


「鳴海様・・・そのような個人情報をお伝えする事は出来かねます。」


「いや。隠さなくてもいい。ここに宿泊していることはもう把握済なんだ。もし教えて暮れれば今後、こちらのホテルを贔屓にさせて貰うし、社員研修の場にこのホテルを指定してもいいんだが・・・?」


「しかしですね・・・。」


尚も渋る白鳥に翔は言った。


「・・・いくら支払えば教えてくれる?小切手でも切るか?」


「・・・。」


白鳥は翔の顔を見た―。




「それでは失礼致します。」


白鳥は頭を下げると翔の宿泊する部屋を後にした。

長い廊下を歩きながら白鳥は先ほど会った翔の事を考えた。


(あの男が・・・鳴海翔か・・・。フフ・・・。本当に運が良かった・・・。これでますますこのホテルを大きくする事が出来そうだな・・・。しかし、本当に迎えに来るとは思わなかった。明日香はそんな事は無いだろうと言っていたが・・・。やはり手元に置いておいて損は無い女だな・・・。)


そして白鳥は笑みを浮かべた―。




 一方、その頃―


「おい、静香。起きろよ、着いたぞ。」


京極は助手席ですっかり眠り込んでいた姫宮を揺り起こした。


「あ・・・ああ・・正人。ごめん・・私すっかり眠ってしまっていたのね?」


「いや、気にするな。・・疲れているんだろう?最近・・・お前に色々迷惑かけてしまっているからな・・・だから温泉で疲れを取ればいい。静香はホテルで休んでいろ。後は俺が一人で動くから。」


「え・・・?正人、1人で大丈夫なの?」


「ああ、大体静香・・下手にお前が動いて鳴海翔に見つかったらどうする?何も言い訳が絶たないだろう?最初から俺が一人で行動するつもりだったんだから。」


「え・・・?それじゃ何故私を呼んだのよ?」


「だって、静香・・お前言っただろう?明日香が初めて野辺山高原に行った時、自分も美しい星空を見たいって。」


「だから・・私をここに連れてきたの?」


「ああ。ここからなら鳴海兄妹が宿泊しているホテルが近いしな・・・車でもせいぜい5分程の距離だ。俺は今からホテル・ハイネストに向かうから静香はこのホテルでゆっくり休んでいろ。定期的に報告はするから。」


そして京極はシートベルトを外し、運転席から降りると荷物を降ろし始めた。それを見た姫宮も車から降りると荷物を運ぶ手伝いを始めるのだった―。





 明日香が部屋でイラストの仕事をしていると部屋のドアがノックされた。

ノックの音は連続で2回ずつ叩く。これは2人で決めたノックの合図だ。


(あ、聖夜が来たのね。)


明日香は立ち上がると部屋のドアを開けた。


「明日香、仕事は進んでるかい?」


白鳥は素早く部屋に入ると明日香を抱きしめ、耳元で囁いた。


「ええ、お陰様でね。ここはロケーションも素晴らしいからインスピレーションが沸いてくるからね。ところでどうしたの?こんな時間に来るって珍しいじゃない?」


「ああ。明日香・・いつも食事はこの部屋で取っていただろう?実は今夜はディナーショーがあるんだよ。ピアノの生演奏があるんだ。だから今夜はホテルのレストランで食事を勧めにきたんだよ。ワインも好きなだけ飲めるサービスもあるし・・・。どうだろう?きっと気に入ると思うんだけどね。」


「そうね・・・たまにはレストランで食事もいいかもね?」


明日香は白鳥の首に手を回すと、頷いた―。



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