4-18 嵐の前触れ

翌朝―


 翔が出社すると、既に姫宮はオフィスのPCに向かって仕事をしていた。


「あ、翔さん。おはようございます。」


姫宮は立ち上がると挨拶をした。


「姫宮さん、昨夜は遅い時間に電話を入れて悪かったね。」


「いえ、大丈夫です。でもお部屋を予約する事が出来て良かったです。最もスイートルームになってしまいましたが・・・。」


「いや、別にそれ位は構わないさ。それじゃ早速だが、スケジュールが変更になったから打ち合わせをしようか・・・。」


翔はPCをたち上げながら言った―。




 午後6時―


 翔は仕事が忙しいのか、特に何の連絡も入って来る事は無かった。朱莉はこの日、小さなクリスマスケーキを買い、チキンのグリル焼き、サラダ、ラザニヤを作り、バウンサーに寝かせた蓮の傍で1人でクリスマスのお祝いをした。クリスマスのCDを流し、蓮にはサンタのコスチュームのベビードレスを着せて写真撮影をした。

そして翔のスマホに蓮のサンタ姿の画像と共に、簡単に昨夜のお礼を兼ねたメッセージを送信した。


「フフフ・・・レンちゃん。とっても可愛いわよ。」


翔にメッセージを送信すると朱莉は蓮の柔らかいほっぺを撫でながら笑みを浮かべた。


「マーマー。」


その時、突如として蓮が朱莉を見て笑った。


「え・・?レンちゃん・・・?ひょっとしてママって言ったの?」


朱莉はバウンサーから蓮を降ろすと抱き上げた。すると再び蓮が朱莉を見て言った。


「マーマー・・・。」


「レンちゃん・・・・。」


思わず朱莉の目に涙が浮かび、感極まった朱莉は蓮をギュッと抱きしめると言った。


「うん・・・そうだよ、レンちゃん・・・。今だけは・・後少しだけは・・私はレンちゃんの・・ママだよ・・・?」


そして蓮のほっぺたに自分の頬を摺り寄せると幸せそうに笑みを浮かべた。


(レンちゃんがママって言ってくれたことが・・・私の一番のクリスマスプレゼント・・・。)


朱莉はいつまでも蓮を抱きしめていた―。




「ふう~・・・。」


翔はネクタイを緩めながら疲れた顔で自宅へと帰って来た。コートと背広をハンガーにかけるとすぐにバスルームへ向かい、熱いシャワーを浴びながら呟いた。


「最近シャワーばかりだったからな・・・。ホテルでは温泉につかってゆっくり過ごすか・・。」


バスルームから戻ると、スマホに着信が入っていることに気が付いた。着信相手は朱莉からであった。翔はメッセージを開いた。


『お仕事お疲れ様です。昨夜は素敵なディナーを御馳走になり、ありがとうございました。レンちゃんの写真を送ります。』


添付ファイルを開くとそこにはサンタの衣装を着た蓮が写っている。


「フフフ・・・・可愛いな・・・。それにしても朱莉さんには本当に感謝しかないな。蓮の為にクリスマスイベントまでやってくれて・・・。そうだ、12月だし、臨時、ボーナスを渡さなければな・・・。200万位渡せば満足してくれるか・・・?」


そして翔は朱莉に返信した―。





 ここは長野の『ホテルハイネスト』―


明日香は白鳥のプライベートルームで2人きりでクリスマスを祝っていた。


「ほら、見て?誠也。貴方がくれたお揃いの指輪とネックレスを付けてみたのよ?」


明日香は白鳥の前に立つと言った。


「良く似合っているよ?明日香。君は色白だからその青い宝石がより一層引き立ってみえるね。」


「ふふ・・・ありがとう。」


 明日香は白鳥の首に腕を巻き付けると目を閉じた・・・やがて2人は自然の流れでいつものように同じベッドの中にいた。

2人の関係を知る者はまだ誰もいない―。





 12月27日土曜日8:00


今日は翔が長野へ明日香を迎えに行く日だった。億ションのエントランス前には朱莉が蓮を抱いて、翔の見送りに来ていた。


「それでは翔さん、車の運転・・お気をつけて行って来て下さい。」


「ありがとう。それより・・・すまない、朱莉さん。今週は蓮を見てあげる事が出来なくて・・・。」


翔は申し訳なさそうに朱莉に謝罪した。


「いいんですよ。今日はベビーシッターさんにお願いしましたから。それよりすみませんでした。レンちゃんをシッターさんに預ける形になってしまって・・・。」


朱莉は申し訳なさそうに頭を下げた。


「ハハハ・・何だ。それ位の事・・・用事があって蓮を見れないときは遠慮しないで今後もシッターを利用していいからね?」


翔は笑いながら蓮の頭を撫でると言った。


「よし、それじゃ・・蓮。行ってくるからな?朱莉さん。明日香を何とか説得して・・連れ帰って来るよ。」


「はい、どうぞよろしくお願いします。」


翔は頷くと、車に乗り込むと長野県の野辺山高原へ向けて出発した―。





「・・・まさか本当に私達まで行くとは思わなかったわよ。」


姫宮は京極の運転する車の助手席で肩をすくめた。


「まあ、いいだろう?俺の勘が言ってるんだよ。そこへ行けばきっと何かがあると・・。」


「そう・・。別にいいけどね。野辺山高原は星空が綺麗だと言うから露天風呂に入るのが楽しみだわ。」


そして姫宮は欠伸をしながら言った。


「最近・・・色々バタバタして忙しかったから・・少し眠らせて貰うわね。」


「ああ、好きにしろ。」


やがて姫宮はスヤスヤと寝息を立てながら眠りについた。そんな姫宮を見ると京極は車内のカーオーディオのボリュームを落とし、運転に集中する事にした―。




午後3時―


「すみません、それでは2時間だけ、この子のお世話をお願いします。」


玄関先で朱莉はシッターとしてやって来た40代女性に挨拶をした。


「ええ。お任せください。それにしても随分お利口さんな赤ちゃんですね。お母さんが愛情を持って育てていることが良く分かりますよ。」


女性はニコニコ笑顔で言う。


(そ、そんなお母さんだなんて・・・。)


「そ、それでは行ってきます。」


朱莉は顔を真っ赤にしながら、玄関を後にした。エレベーターの中で朱莉は想像した。小学生になった蓮の姿を・・・。


朱莉が台所で夕食の準備をしていると、蓮が小学校から元気よく帰って来て朱莉に言う。


『ただいま、お母さんっ!』


だけど、それは所詮朱莉には叶わない夢の話・・・。


(いけない、こんな事考えちゃ・・・。蓮ちゃんは明日香さんに返す事になるけど・・私もいずれ誰かと本物の家族を作りたいな・・・。)


蓮と暮らすうちに、いつしか朱莉は将来自分の家族を持つと言う事に強い願望を持つようになっていたのだった―。




「ほら、見て。お母さん、似合う?」


朱莉は母がくれたクリスマスプレゼントのストールを巻き付けると尋ねた。


「ええ、朱莉。本当に良く似合ってるわ。」


「お母さんもとっても似合ってるよ?」


「でも・・・こんな素敵なパジャマ・・・私には不釣り合いだと思うけど・・?」


朱莉がプレゼントしたのはブランド製の濃紺のシルクのパジャマだった。


「でも肌触りがすごくいいでしょう?着心地がいいと睡眠力も上がるんじゃないの?看護師さんに聞いたけど・・・お母さん・・最近良く眠れていないんでしょう?何か悩み事でもあるの?」


朱莉は心配そうに母の顔を覗き込んだ。


「朱莉・・・。」


朱莉の母はこの間、京極が自分の元へ尋ねてきた時の事を思い出していた。まさかあの高校生だった彼があのように立派な青年になって自分の前に姿を現すとは思ってもいなかったのだ。そして聞かされた朱莉の衝撃的な秘密・・・。

だが、実際に朱莉を目の前にすると何も聞くことが出来なかった。尋ねれば朱莉を苦しめるだけなのは確実だ。だから笑顔でごまかす。


「いいえ、朱莉。本当に何でもないのよ?やっぱり寝る前にスマホをいじってしまうからかもしれないわね?今夜から辞める事にするわ。」


「何だ・・・そうだったのね?それなら安心した。」


そして朱莉は壁に掛けてある時計を見ると立ち上がった。


「それじゃ、お母さん。そろそろ私帰るね?」


「え。ええ・・・気を付けて帰ってね?」


「うん、大丈夫。車で来てるから。私、こう見えても運転上手なんだよ?」


朱莉は椅子を片付けながら言った。


「それじゃあね、お母さん。また来週。」


朱莉は笑顔で病室を出て行った。朱莉の母は1人病室に取り残されるとポツリと呟いた。


「朱莉・・・いつか・・必ず全て話してくれるわよね・・・?」


そして窓の外を見つめた―。


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