4-17 クリスマス・イブのディナーの席で

 食事もほぼ終盤に差し掛かった頃・・・朱莉が言った。


「あ・・そう言えば、翔さんにクリスマスプレゼントを渡そうかと思って持って来たんです。」


「え・・?俺にクリスマスプレゼント・・?」


あまりの突然の話に翔は不意を突かれたかのように顔を上げた。


「はい、気に入って頂ければよいのですけど・・・。」


朱莉はショルダーバックから青いリボンでラッピングされた手のひらに乗る程の箱を手渡した。


「開けて見てもいいかな?」


箱を手に翔は尋ねた。


「はい、どうぞ。」


朱莉に言われてリボンを解き、箱の蓋を開けると中にはブランド物のキーケースが入っていた。


「これは・・・車のキーケース・・?」


「はい、そうです。以前車に乗せて頂いた時・・・キーケースが付いていなかったので・・自分で車を運転するようになって気が付いたんですけど、キーケースはあれば便利だなと思って・・・。もしよろしければ使って下さい。」


「ああ・・ありがとう・・。」


(そんなに注意深く見ていたのか・・・。)


だが・・・。


「朱莉さん・・・すまない。俺は結局朱莉さんに何をプレゼントしたら良いか分からなくて・・。」


翔はばつが悪くて朱莉の視線から目を逸らすように言った。


「もう頂いてますよ。」


「え?」


「今日のディナーが私にとってのクリスマスプレゼントですから。」


そう言って朱莉はニコリと微笑んだ。


「朱莉さん・・・。」


翔は言葉を詰まらせ、そして思った。


(これが明日香だったら、高級アクセサリーとか香水をねだってくるところなんだがな・・・。)


そこまで考えて、翔はようやく明日香の事を思い出した。明日香からは一度も連絡は来ていない。


 再び黙り込んでしまった翔を見て朱莉は思った。


(まただ・・・また翔さんは静かになってしまった。・・・やっぱり明日香さんの事を考えているのかな・・?)


そこで意を決して朱莉は言った。


「翔さん・・・明日香さんの事でお話があるのですけど・・・。」


「え?明日香?」


丁度明日香の事を考えていた翔は驚いて顔を上げた。


「はい・・・あの、翔さんからお迎えに行かれてはどうでしょうか?ひょっとすると・・・明日香さんは待っているのかもしれませんよ?」


「明日香が俺を・・・?」


(本当にそうなのだろうか・・・?ここまで明日香から何も言って来ないと言う事は・・・もう俺に愛想を尽かして他の男と恋愛関係に陥っているかもしれないと思うのだが・・?)


はっきり言えば翔は明日香を迎えに行くつもりはさらさら無かったが、朱莉の真剣な眼差しで自分を見つめてくると、このままでは流石にまずいと感じた。


(ここで明日香に対して誠意ある行動を・・朱莉さんの前で見せておかないと彼女の信頼を得られないかもしれないしな・・・。そうだ・・・!)


翔にある考えが浮かんだ。


「朱莉さん・・・それじゃ、今度の週末に蓮も連れて車で一緒に明日香を迎えに行かないか?」


「え・・?私とレンちゃんも一緒にですか・・?」


突然の提案に朱莉は驚いた。


「ああ。明日香が滞在しているホテルに今度の週末空きがあれば予約しよう。もし空いていなくても他のホテルを探せばいいし。」


(そうだ・・・。俺は明日香を連れてよく一緒に旅行に行ったりしたが・・朱莉さんとは一度も一緒に旅行に行った事がなかったしな・・。結局モルディブに行った時でさえ、俺と明日香はファーストクラスに乗ったのに・・・朱莉さんだけはエコノミークラスに乗り・・・・たった1人で見知らぬ国へ行かせたようなものだ・・。)


過去の自分を振り替える度、今まで自分は朱莉に対して何と愚かな事をしてきたのだろうと恥じる気持ちが強まって来る。琢磨や京極に責められるのも無理は無いと思った。

だからこそ・・・罪滅ぼしには程遠いかもしれないが、朱莉の為に何かしてやらなければと翔は思った。

朱莉からの信頼を得る事が出来れば・・・いつか本当の家族になって欲しいと申し出た時、受け入れてくれるのでは無いだろうか・・?と―。


「で、でも・・・いきなり長野へ行こうと言われても・・・。」


朱莉が困った顔をする。


「え・・・?何か問題でもあるのか?」


翔が不思議そうな顔をする。


「翔さん・・・。明日香さんをお迎えに行くのですよね?明日香さんは翔さんに取って大切な女性じゃないですか・・・それなのに私が付いて行くのは流石に・・・。恋人を迎えに行くのに、別の女性が付いて行くのは流石にあり得ないと思うんです。折角のお誘いなのに・・申し訳ありませんが、明日香さんのお迎えはどうか翔さんがお1人で行って頂けますか?私は・・東京で翔さんが明日香さんを連れ帰って来るのを待っていますから。」


「朱莉さん・・・。」


思いつめた表情で語る朱莉の顔を翔は呆然と見ていた。その言葉から、朱莉は翔が明日香とやり直す事を切に願っているのだと言う事を知り、同時に少し落胆する気持ちが自分の中に湧いて出て来た事に翔は戸惑いを感じていた。


(え・・?ひょっとすると・・・俺は・・明日香の事よりも・・朱莉さんに惹かれ初めているのか・・・?いや、きっと明日香が俺の元から去ってしまって・・・・少しナーバスになっているだけなのかもしれない。ならやはり自分の気持ちをはっきりさせる為にも明日香を迎えに行くべきなのかもしれないな・・。)


「そうだったね・・・。考えてみれば確かに朱莉さんの言う通りかもしれない。よし、今度の週末・・明日香を迎えに行って来るよ。」


「はい。きっと明日香さん・・・翔さんが直接迎えに行けば、とても驚くと思いますよ。喜んで帰ってくれるかもしれませんよ?」


「だといいけどね・・・、よし。食事も済んだ事だし・・そろそろ帰ろうか?」


「はい、そうですね。」



そして翔と朱莉は蓮を連れて、店を後にした―。




 億ションの朱莉の部屋の前で別れ際に翔が言った。


「朱莉さん。」


「はい?何でしょうか?」


「これからは・・何か困った事があった場合は・・直ぐに相談してくれるかな?力になりたいんだ。何故なら・・・。」


翔はそこで言葉を切った。


「何故なら?」


朱莉が首を傾げる姿を見て、翔は思わず朱莉に触れようと手を伸ばしかけ・・・そこで動きを止めると言った。


「朱莉さんは・・・今は蓮の母親だからね。」


「確かに・・言われてみればその通りですね。悩みがあると・・・育児に支障をきたしてしまうかもしれないし・・・。分かりました。今後は翔さんに相談する事にします。」


「ああ。そうしてくれ。それじゃ・・お休み。朱莉さん。」


「はい、お休みなさい。」


そして朱莉は翔が階段を下りていくのを見届けるとドアを閉めた—。



 部屋に戻り、蓮の着替えをしながら朱莉の頭によぎるのは航の事だった。


(航君・・・。何も話をしないであれきりになってしまったけど・・・あの後一体どうなってしまったの?連絡を入れたいけど・・・私からは二度と連絡をするなと航君に釘を刺されていたし・・・。)


まるで半分泣いていたかのような航の顔が朱莉の脳裏に焼き付いて、その日の夜は航の事が気がかりで朱莉は何も手につかなかった―。



部屋に戻った翔は姫宮に電話を掛けた。2コール目で姫宮が応答した。


『はい、姫宮です。翔さんですね?一体どうなさったのですか?』


「ああ。夜分にすまない・・・。今夜は色々世話になったね。有難う。」


『いいえ、とんでもございません。それで・・どうなさいましたか?」


「ああ。実は今度の週末に長野へ行こうと思ってね・・突然で悪いけどスケジュールの調整をして置いて貰えないかな?」


『はい、かしこまりました。翔さん・・・もしや長野へ行かれると言う事は・・・?』


「ああ。明日香を迎えに行こうかと思って・・。」


『さようでございますか。それではついでにお部屋の方もご予約入れておきましょうか?確か・・ホテル ハイネストでしたね?』


「ああ・・もし空き部屋があるようならそこに予約を入れてくれると助かる。」


『はい、では確認しておきます。』



姫宮は電話を切った後、すぐにPCで部屋の空きが無いかチェックをするとスイートルームが一部屋空いていた。


「まあ・・鳴海翔ならスイートルームで予約しても構わないでしょう・・。」


姫宮はすぐにネットで予約をすると、スマホを手に取った。一瞬電話を掛けるか掛けまいか躊躇したが、姫宮はスマホをタップした。



「もしもし、私よ。新しい情報が入ったわ・・・。」


電話の相手は・・・・言うまでも無かった―。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る