4-16 姫宮と京極

「ええ・・・今からそっちへ行くから・・・分かってるわね?私の言いたい事は・・。それじゃ、又後で・・・。」


姫宮は電話を切るとため息をついた。そして足早に目的地へと向かった―。




京極の億ションのインターホンが鳴った。


「来たか・・・。」


気だるげに立ち上がると京極はドアを開けた。目の前には怒りを抑えた姫宮がそこに立っていた。


「正人・・・私が何をしにここへ来たのか・・・分かってるわよね?」


「ああ、分かってる・・・。人目に付いたらまずいんだろう?中へ入れよ。」


姫宮は返事もせずにヒールを脱ぐと、部屋へ上がり込んできた。そして洗面台へ行くと手洗いにうがいをして部屋へ戻って来た。


「全く・・・相変わらずその辺はきちっとしてるよな?」


京極は腕組みをして姫宮の一連の行動を見ながら言った。


「何言ってるの?こんなのは当然の事でしょう?」


一瞥すると姫宮は冷蔵庫を開けてビールを取り出し、ダイニングテーブルに座るとプルタブを開けて、一気に飲んだ。


「おいおい・・・いきなりここへきてビールとはな・・・らしくないじゃないか?」


すると姫宮は缶ビールをテーブルの上に置くと言った。


「何言ってるの?お酒でも入らないとさすがに今夜は話もしたくないわ。正人・・貴方一体なんて真似をしてくれたの?今度という今度は流石に黙っていられないわ。」


「安西航を会場に向かわせた事か?・・・本当に彼は俺の予想外の行動を取ってくれるよな?フフッ・・・。」


肩を上げて笑う京極を姫宮は鋭い剣幕で言った。


「何言ってるの?!正人・・・本当はこうなる事が分かっていて彼をあの場に行かせたんでしょう?しかも自分の手を汚さずに・・・・。安西君と一緒にいた女性は一体誰なの?」


「ああ・・彼女は俺の会社の新入社員だよ。ほんと、驚いたよ。まさか彼女があの安西と知り合いで・・・しかも彼に思いを寄せているとはね・・・。」


「酷い男ね・・・。何も関係無い自分の社員を利用するなんて・・・彼女安西君に心無い言葉を投げつけられて・・・気の毒だったわ・・・。」


「そうか・・・。でも意外とあの2人はお似合いだと思わないか?あの2人がうまくいけば俺は恋のキューピッドって言う訳だ。」


あくまでもひょうひょうと語る京極に姫宮はぴしゃりと言った。


「ふざけないで!正人は・・・朱莉さんから鳴海翔を引き離す為にはどんな手段を取っても構わないと思っているの?本当に・・・安西君にも酷いことをしてしまったわ。あれでは・・・もう彼は朱莉さんが完全に離婚が成立するまでは・・・二度と朱莉さんに会う事は叶わないでしょうね・・・。」


姫宮はため息をついた。


「何言ってるんだ?そうしたのは俺じゃない。静香・・お前がそうさせたんじゃないか・・・?お前が安西をストーカーに仕立て上げたんだろう?」


「仕方ないでしょう?!ああでもしなければ・・朱莉さんを助ける事が出来なかったのよ。朱莉さんの事だもの・・きっと彼女は追及されれば全てありのままを話してしまうに決まっているでしょう?そして絶対責め立てられる・・。そうは思わない?」


「いや、静香の言う通りだろうな・・・。あいつはそういう男だ。大体・・・鳴海翔が一番悪いんだ・・・。幾ら金持ちだろうが、勝手に人の人生を踏み台にして自分達だけで幸せになろうとするなんて・・・今迄どれだけ朱莉さんがあいつ等に傷つけられて来たか・・・その姿を見る度に俺は・・・。」


京極は下唇を噛み締めながら悔しそうに言った。


「ねえ・・・それだけ朱莉さんを思っているなら・・何故彼女が窮地に追いやられるような真似をするのよ?結局貴方は鳴海翔を追い詰める事だけを考えて・・・・その結果朱莉さんを苦しめているのよ?そもそも今夜安西君をあの場に呼び寄せたのも、最近雰囲気の良くなってきた朱莉さんと鳴海翔に嫉妬して・・・わざとトラブルを起こしそうな安西君を利用したのでしょう?それだけじゃない。更により一層安西君を朱莉さんから遠ざける為にわざと仕組んだのは分かり切っているのよ?まさに一石二鳥だったと言う訳よね?最終的に正人の思惑通りになったのだから。」


「ああ・・・。静香にはいつも感謝しているよ。いい働きをしてくれるからな・・。」


笑みをうかべながら京極は言う。


「ふざけないで。兎に角以前にも似たような話はしたけれども・・もう一度言うわ。これ以上余計な真似はしないで。貴方が勝手に動く度に尻拭いさせられるこっちの身にもなって欲しいわ。あまりこれ以上目に余る行動をするなら・・・私はもう手を引かせて貰うからね?」


言いながら、姫宮は立ち上がった。


「帰るのか?」


「ええ、そうよ。明日も仕事だしね・・・。」


玄関まで出て来た京極は言った。


「静香、車で家まで送ろうか?」


「いいえ、結構よ。それこそ一緒にいるのを見られる方がまずいんじゃないの?」


コートを羽織った姫宮が京極を振り返りながら言った。


「別にいいじゃないか・・・・見られたって。だって俺達は実の兄妹なんだから。」


「!」


何処か笑みを浮かべながら京極の言った台詞に一瞬姫宮は固まった。


「まだ・・・私を恨んでるの・・?」


姫宮がポツリと言った。


「恨む?何故・・・?あれは大人たちが勝手に決めた事で静香には何の関係もない話だろ?」


「・・・・。」


姫宮は何か言いたげに京極を見上げ、言った。


「それじゃあね、正人。」


そして姫宮は京極の部屋を後にした―。





「さあ、朱莉さん。好きな料理を遠慮なく頼んでいいよ?」


今、2人は完全個室型の掘りごたつがある和風ダイニングカフェに向かい合って座っていた。蓮はお店のベビー布団を借りて朱莉の側で眠っている。


「翔さん・・・クリスマスの季節なのに・・よくこんな人気店・・・予約出来ましたね?」


朱莉がキョロキョロ部屋の様子を見ながら感心したように言う。


「ああ・・・一月ほど前に予約を入れてい置いたんだ・・・。気に入ってくれたかな?」


「はい、勿論です。お座敷があるレストランって素敵ですね。だって赤ちゃんを連れて食事が出来るのですから。」


「ああ、そうだよ。それじゃ・・何が食べたい?特に希望が無いならシェフの本日のおすすめコースにしようかと思っているけど・・・?」


「はい、それでお願いします。」


朱莉は嬉しそうに言いながらメニューを閉じると、翔は各テーブルに置かれているタッチパネル式のメニュー表に注文を打ちこんだ。

そして朱莉をじっと見つめると思った。


(うん・・・やはりこうしてじっくり見ると、朱莉さんは美人だ・・・。だからあんな若造のストーカー被害に遭ってしまったんだろうな・・。)


一方の朱莉は翔が無言で自分をじっと見つめてくるので、戸惑っていた。


(翔先輩・・急に黙り込んでしまってどうしちゃったんだろう・・やっぱりさっきの航君の件を気にしているのかなあ・・・?こうなったらもう、私の口から何か言わなければ・・。)


朱莉は意を決して口を開いた。


「あ、あの・・・翔さん、先程の件なのですが・・・。」


「いや・・・もうその事はいいんだよ、朱莉さん。」


翔は優しい声で言った。


「え・・?いいって。」


朱莉は首を傾げた。


「ああ・・・お互い様って事で・・。もうこの話はやめよう。それより今夜はクリスマス・イブで特別な夜なんだから、もっと別の話をしないか?」


「別の話・・・ですか・・?」


「うん、そうだな・・・。それなら・・・そうだ、蓮の話を聞かせてくれないか?」


「レンちゃんの話ですか?」


途端に朱莉の顔が笑顔になる。


「はい、それなら翔さんに報告したいお話が沢山あります。レンちゃんは・・・。」


その後、食事が運ばれて来てからも朱莉の蓮に関する話は尽きる事が無かった―。









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