3-4 朱莉への疑惑
「どうかしたんですか?明日香さん。」
「え、ええ・・・・。今までの事、ちゃんと謝りたかったの・・・。朱莉さんには酷い事ばかりして・・。」
「明日香さん・・。でも明日香さんも私に親切にしてくれましたよ?沖縄から東京に来るとき・・・わざわざビジネスクラスの航空券を手配してくれたじゃないですか。」
「あ、あれは・・・。」
明日香は顔を赤くすると、一度そこで言葉を切って俯いたがやがて再び顔を上げた。
「お宮参りの事・・・ごめんなさい。翔・・・朱莉さんに一人で行って来いなんて酷いことを言って・・。翔の代わりに謝らせて。本当にごめんなさい。」
「あ、明日香さん・・・。そ、そんな顔を上げて下さい。それより明日香さん。お聞きしたい事があるのですけど・・・ひょっとして何処かへ出掛けるんですか?」
「ええ、そうなの。実は今度『星の降る駅』っていう小説のイラストを描く事になったんだけど、星がきれいに見える駅がどこかにないか、SNSで質問していたのよ。そしたら昨日突然書き込みが上がったのよ。『野辺山駅』がとても星空が綺麗に見えるんですって。だから・・今日から早速行ってみようと思って。」
「すごいですね・・・それっていわゆる取材ってものですよね。明日香さん・・・・恰好いいですね。」
朱莉は尊敬のまなざしで明日香を見た。
「そ、そう?あ・ありがとう。」
明日香は頬を染めながら言った。
「あの・・・でもその話・・翔さんはご存じなんですか?」
「翔には・・・話して無いわ。言えば反対されそうだし・・。その代り書置きだけはしておいたけど。スマホに連絡入れるつもりもないし。それじゃ・・・私そろそろ行くわ。」
そして明日香は立ち上がった。
玄関まで朱莉は蓮を抱いたまま見送りに出た。
「明日香さん。お気をつけて行って来てください。」
「ええ。それじゃ朱莉さん。行ってくるわ。お土産・・・何か買ってくるわね。」
明日香は頬を赤く染めながら言った。
「はい。ありがとうございます。」
そして明日香は玄関まで朱莉と蓮に見送られながら、朱莉の自宅を後にした―。
その夜―
自宅へ帰って来た翔は驚いた。いつもなら電気がついて明るい部屋が今夜は真っ暗である。
「明日香?出かけてるのか?」
翔はネクタイを緩めながら部屋の電気をつけた。そしてリビングのテーブルに残されている手書きのメモを見つけた。
『イラストの取材で良い場所の情報を得られる事が出来ました。これからそこに向かいます。1週間ほど留守にします。こっちから連絡を入れるまでは翔の方からは絶対に連絡は入れないで頂戴。』
「明日香?!じょ・・・冗談だろう?」
翔は髪をクシャリとかき上げながらソファに座り込んだ。
「おかしい・・・。何かが変だ。あまりにもタイミングが良すぎる・・・。」
翔は頭を抱えながら考えた。
(思えば、朱莉さんからお宮参りの話が出てからだ・・。突然祖父から電話が入り、お宮参りに行くから日本に帰国すると言い出したり、祖父が帰国と同時期に明日香が旅に出たり・・・。何かが変だ・・・。あまりにも偶然が重なりすぎている・・。)
そこで翔はふと思った。
「ひょっとして・・・朱莉さんの仕業なのか?彼女が俺が一緒にお宮参りに行かない事に不満を持って・・祖父に連絡を・・・?」
気付けば翔は立ち上がっていた。そしてそのまま玄関へ向かうと乱暴にドアを開け、階下の朱莉の部屋を目指した。真相を問い詰める為に―。
その頃、朱莉は英会話の勉強をしていた。その時、玄関のインターホンが鳴った。
「え・・・?ひょっとして翔先輩?」
朱莉は玄関へ行き、ドアアイを覗きこむとそこには思っていた通り、翔の姿があった。だが・・・何か様子がおかしい。
鍵を開けてドアを開けると、そこには険しい顔つきの翔が何も言わずに靴を脱ぐと上がり込んできた。
「こんばんは、翔さん。」
朱莉は挨拶をしたが、翔はチラリと朱莉を一瞥しただけで前を素通りし、リビングのソファに座ると低い声で朱莉を呼んだ。
「朱莉さん・・・来てくれ。大事な話があるんだ。」
「は、はい・・?」
朱莉は言われた通り翔の向かいのソファに座ると、いきなり翔は切り出してきた。
「朱莉さん・・・やり方が汚いと思わないのか?」
「え?何の事ですか?」
朱莉は訳が分からず首を傾げた。
「とぼけるのはやめてくれないか?そんなに俺が蓮のお宮参りを1人で行くように言ったのが気に入らなかったのか?」
翔は苛立ちを隠す素振りも無く朱莉を睨み付けるように言う。しかし、一方の朱莉には今の状況が分からなかった。
「あ、あの・・・私には何の事かさっぱり分からないのですけど・・?」
朱莉は身を縮こませながら尋ねた。
(分からない・・・何故翔先輩はこれ程迄に私に対して怒っているの・・・?)
すると翔はますます機嫌が悪そうに言った。
「何だ?君が蒔いた種なのに説明が必要なのか?・・・全く嫌みな人だな・・。朱莉さん、君が祖父に連絡を入れたんだろう?蓮のお宮参りの事・・それで祖父が蓮のお宮参りの為に中国から明日帰国する事になったんだぞ?どうするんだ・・・。一時の感情に任せて祖父を日本へ呼び出せば・・不利な立場になるのは朱莉さん。君の方なんだぞ?そのあたりの事は・・・理解出来ているんだろうね?祖父から色々質問をされて・・一つでもきちんと答えられるのか?」
「え・・?会長が・・日本へ戻って来るのですか?」
朱莉は驚いて尋ねた。
「朱莉さん。君は・・・随分演技がうまいんだな?自分から祖父に連絡を入れたくせに・・。」
翔は溜息をついた。
「そ、そんなっ!私は何も知りません。会長が日本に来る事なんて今初めて聞きました。それに・・第一私は会長の連絡先を知らないんですよ?」
朱莉は悲痛な声をあげた。
「朱莉さん・・・君の話を信じろと言うのか?」
「そうです、お願いですから信じて下さい。」
「・・・悪いが、今回の件は流石に・・・信用するのは無理だと思わないか?」
それは・・とても冷たい言葉だった。
「!」
その言葉を聞いた朱莉の肩が小さく跳ねる。
「明日香が出て言ったのだって・・朱莉さんが絡んでいるんじゃないか?」
今度は明日香の事まで翔は持ちだしてきた。
「え・・?何故明日香さんの件まで私が・・・?」
朱莉は声を震わせながら尋ねた。
「それを俺に聞くのか?明日香がお宮参りを邪魔してくると思ったから・・一時的に明日香を上手い事を言って騙して追いやったんだろう?」
淡々と語る翔の姿を朱莉はただ、黙って見ているしか無かった。ショックが強すぎて考えが頭に追いつかない。
だが・・・あまりにも冷たい目で翔が自分を見ている事に耐えられず、思わず目頭が熱くなってきた。
「そうやって・・・泣く位ならこんな真似はするな。いいか?今回は祖父が一緒にお宮参りに行くと言っているから、仕方なしに朱莉さんの要求を呑むが・・こんな事はこれきりにしてくれ。分かったな?」
「はい・・・。」
朱莉は震えながら頷いた。本当はこんな返事を返せば、翔の話をすべて認めた事になってしまう。だが、恐らく今の翔には何を言っても信じてくれないだろう。
「帰る・・・。」
翔が立ち上ったので、朱莉も見送ろうと立ち上がった時に翔が言った。
「見送りはしないでいい。・・・朱莉さん。会長から何処へお宮参りに行くのか決めておくように言われているんだ。だから君が責任をもって神社の場所を決めておくんだ。それ位・・出来るだろう?」
「分かり・・・ました・・・。」
「場所が決まったらメールを送ってくれ。」
それだけ言い残すと、翔は足早に玄関から出て行った。
「う・・・ッ・・・。」
ついに今迄翔になじられながら耐えていた涙が堰を切って溢れ出した。
翔は朱莉に弁明の余地すら与えなかった。最初から会長にお宮参りの話をしたのは朱莉だと信じて疑わなかった。
「翔・・先輩・・・。私には先輩が何を考えているのか・・もう分かりません・・。私の事・・信頼してレンちゃんを預けているんじゃないのですか・・・?」
好きな人になじられるのは、余りにも辛すぎる。
朱莉はいつまでも泣き続けた—。
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