3-3 翔と姫宮
翔は社長室のデスクでため息をついていた。そこへ秘書である姫宮がノックをして入室して来た。
「おはようございます、翔さん。・・・どうしたのですか?朝からため息をつかれて?」
「あ・・いや・・・少し蓮の事で・・あ、すまなかった。プライベートな事なのに。」
「いえ、蓮君がどうされたのですか?」
躊躇いがちに翔は言った。
「じつは・・朱莉さんから週末、蓮のお宮参りに行かないか誘われたんだ。」
「まあ、それは素晴らしいですね。お祝い事の行事は大事ですから。」
「だから、明日香を誘ったんだ。2人でお宮参りに行かないかって。」
「え?」
「だが・・・明日香は行かないと断ったんだ・・・。」
翔は頭を押さえた。
「・・・。」
姫宮は黙って聞いている。
「だから・・・朱莉さんに言ったんだ。悪いけど1人でお宮参りに行ってくれって。写真は頼んだんだが・・・。明日香の機嫌がどうにもよくなってくれなくて・・。」
そして再び翔は溜息をついた。
「そう・・・でしたか・・・。」
姫宮は静かに答えた。すると、突然翔が立ち上った。
「翔さん?どちらへ行かれるのですか?」
「あ・・・いや、まだ始業時間まで時間があるからコーヒーを買ってくる。」
「コーヒーならコーヒーサーバーがありますよ?おいれしましょうか?」
「いや。いいんだ。少し外の空気も吸ってきたいから。」
翔は上着をひっかけると言った。
「はい、分かりました。行ってらっしゃいませ。」
姫宮は頭下げた。
やがてドアが閉じられると姫宮はスマホを取り出し、メッセージを打ちこみ始めた・・・。
昼休憩の後・・・。
突然、翔のPCから呼び出し音が鳴った。
「え・・?ビデオ通話・・会長だっ!」
翔は慌てながら応答した。すると画面上に会長である鳴海猛が映し出された。
『やあ、久しぶりだな。翔。』
「はい、お久しぶりです。会長・・どうされたのですか?突然・・・。」
『いや、どうされたも無いだろう?お前がいつまでたっても曾孫の蓮の画像を送ってくれないからお前に電話を入れたんじゃないか。それに蓮は生れて一月が経過しただろう。お宮参りの行事があるんじゃないのか?』
翔はドキリとした。まさか猛から蓮のお宮参りの話が出てくるとは思ってもいなかった。
「そ、そうですね。その事は考えてはいたのですが・・・。」
翔が言い淀むと、猛が言った。
『それでな、翔。今、私は上海支社にいるんだが、明日の朝一番の便で帰国する事にした。お前の子供に会わせてくれ。それで朱莉さんを連れて一緒に土曜日にお宮参りに行こう。何処の神社がいいか、見繕っておけよ。』
猛のとんでもない提案に翔は内心焦ったが、動揺を押し殺すように返事を返した。
「はい、承知致しました。手配しておきます。それで明日の何時の便になりますか?」
『ああ、明日12時半に羽田着の便に乗る。言っておくが、迎えは結構だ。もうこちらで手配済みだからな。』
「はい。承知致しました。」
『取りあえず、明日の夜朱莉さんを連れて鳴海家へ来るように。分かったな?』
「はい、必ず朱莉さんを連れて参ります。」
翔は猛の強引な言葉に従うしか無かった・・・。
ビデオ通話を切った後、翔は椅子の背もたれに寄りかかるとフウッと息を吐いた。
その様子を離れたデスクで見守っていた姫宮が声を掛けて来た。
「会長からお電話だったんですね。」
「ああ・・・そうなんだ。だけど・・あまりにも偶然と言うか・・・。」
翔は首を捻りながら言うが、姫宮は言った。
「会長は日本の伝統的行事を重んじる方ですよ。私が秘書をしていた時から翔さんにお子さんが生まれたら伝統行事に参加したいと常日頃から仰っておられましたから。」
「・・・そうなんだが・・・。朱莉さんを明日鳴海家に連れて来るように言われてしまった。・・・色々とまずいな・・・。」
「まずいと仰いますと?」
「朱莉さんに妊娠中の事とか・・。出産の事について根掘り葉掘り聞かれても朱莉さんは何一つ答えられない。きっと・・・会長に疑われてしまう。」
「・・・会長に疑われるよりも前に朱莉様が心配にはなりませんか?」
姫宮の言葉に翔は顔を上げた。
「え?」
姫宮は頭を下げると言った。
「差し出がましい事を申し上げますが・・・会長と会われて一番困る事になるのは朱莉様だと思います。初めて鳴海家へ行くわけですし・・・恐らく翔さんとの結婚生活について会長が尋ねられるのは朱莉様の方だと思います。出産時の苦労話とか・・・それらを未経験の朱莉様に答えられるとお思いでしょうか?」
「・・・・確かに・・・。どうしよう、必ず連れて行くと答えてしまったが・・朱莉さんには急に具合が悪くなったとか理由を付けて、蓮だけ連れて行けないだろうか?恐らく会長のお目当ては蓮だと思うし・・・。」
「・・・僭越ながら・・・それでは根本的解決にはならないと思いますが・・?蓮君はゆくゆくはこの鳴海グループの跡継ぎとなられるお子さんです。恐らく今後も会長は蓮君の行事の祝い事には予定を開けて参加される事になると思います。その度に朱莉さんを会長から遠ざける等、難しいと思います。」
「困ったな・・・・八方塞がりだ・・・。」
片手で頭を支えながらため息をつく翔をみながら姫宮は言った。
「もしよろしければ私も明日、鳴海家へ伺ってもよろしいでしょうか?」
「え?姫宮さんが・・・?」
「はい。会長の質問で朱莉さんが困るような場面があった場合・・・私が会長の気を引きますので。私は会長の秘書をしておりましたので、お2人の力になれると思います。」
そして姫宮はにっこりと微笑んだ―。
午後2時
蓮の沐浴を終えて、ミルクを飲ませている所に突然インターホンが鳴った。
「え・・?誰かな・・?」
朱莉は哺乳瓶をテーブルに置くと、ドアアイで相手が誰か確認し・・・驚いた。
「え?!明日香さんっ?!」
慌ててドアを開けると、そこには大きなキャリケースにショルダーバックを肩から下げたトレンチコートにセーター、パンツスタイルの明日香が立っていた。まるで今にも何処か旅行にでも出かけそうないで立ちである。
「こんにちは、朱莉さん。あ!腕に抱いているのは・・・蓮ね?」
「え、ええ・・・。あの、上がって行きませんか?」
「そうね・・それじゃ少しだけお邪魔するわ。」
明日香は靴を脱いで上がって来ると、改めて朱莉の腕の中の蓮を見つめた。蓮はじっと明日香の顔を見つめている。
「ね・・ねえ。少し触ってみてもいいかしら?」
「勿論ですよ。だって明日香さんのお子さんなんですから。良ければ抱っこしてみますか?」
すると明日香は慌てて首を振る。
「あー!それは駄目よっ!私昔から赤ちゃんには嫌われて、泣かれてばかりだったから・・ほっぺをちょっと触るだけでいいのよ。」
「はい、どうぞ?」
朱莉はクスクス笑いながら言うと、明日香はおっかなびっくり蓮の頬に触れ・・・そして言った。
「温かい・・・それに柔らかい。」
そしてテーブルの上に哺乳瓶が乗っているのに気が付いた。
「あ、ねえ?もしかしてミルク飲ませてたの?」
「はい、そうですよ。」
「あ・・・あのね・・・蓮がミルク飲んでるところ見たいんだけど・・。」
「はい、分かりました。」
朱莉は哺乳瓶を持って蓮にそっと含ませると小さな両手で蓮は哺乳瓶を咥えてコクコクと飲み始めた。そして明日香はそれを優し気な目で見ている。
(明日香さん・・・やっぱりお母さんの目をしてる・・・。)
その様子を朱莉は黙ってみていると、やがて蓮は飲み終わる前に眠ってしまった。
「あら?飲み終わる前に眠っちゃったわ。」
明日香の言葉に朱莉は笑みを浮かべながら言った。
「レンちゃんはまだ一月ですから・・・仕方ないですよ。」
「一月・・・。」
明日香は口の中で呟くように言うと、顔を上げた。
「朱莉さん。私・・・・。」
明日香は真剣な瞳で朱莉を見た—。
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