2-13 胸騒ぎ
「琢磨の奴・・・何だか様子がおかしかったな?一体何があったんだ・・・?」
琢磨から一方的に電話を切られた翔は首を捻って呟いた。
自室にいた翔は部屋の時計を見た。時刻は夜の9時を指している。
(何か気になる・・・。やはり自宅に帰るか。)
思い立つと翔は上着を取り、車のキーを手に取った。廊下を歩いていると長年鳴海家に仕えている使用人の老女に会った。
「翔さん、お出かけですか?」
「ええ。やはり自宅に戻ります。他の人達にも伝えておいて貰えますか?」
「はい、承知致しました。それにしても・・明日香さんはまだ日本に戻られないのでしょうか・・?」
老女は首を傾げながら言う。
「あ、ああ・・・そうみたいです。外国で絵画のインスピレーションを養いたいって言っていたから・・当分先になるんじゃないかな?」
翔はあらかじめ考えていた嘘を言った。
ただでさえ、明日香との仲は鳴海家の人間には誰にも知られないようにしなくてはならない。まして今の明日香は記憶が10年分抜け落ちているのだ。益々この事は内緒にしなければ、明日香にとってフリに働く。明日香の事を昔から厄介者として見ていた祖父はその事実を知れば、まとまった金額を渡した後は平気で血縁関係を切って見捨てるだろう。それだけは絶対に防がなければならない。
今の翔は完全に煮詰まっていた。
嘘に嘘を重ね、ついには明日香の記憶喪失である。子供を産んだ記憶すら持たず、翔と恋人同士だった記憶すら失ってしまった明日香は今、琢磨に恋している。このまま明日香の記憶が戻らなければ・・・今迄の計画が全て水の泡になってしまう。祖父の後を継いだ後、明日香と結婚をすると言う計画が・・。
(ひょっとすると・・・バチがあたったのだろうか・・?朱莉さんを利用し、昔からの仲だった琢磨を平気で切り捨てたバチが・・・。いや、でも絶対に明日香の記憶を取り戻さなければ・・・例えどんな手を使っても・・!)
その為にはもっと琢磨にも協力をして貰わなければならないし、朱莉にも子育ての延長を依頼する可能性も出てくる。
「琢磨・・・まさか朱莉さんの所へ・・・?」
駐車場へ向かう翔の足がいつの間にか早まっていた―。
「あ、あの・・・九条さん・・・?」
朱莉は戸惑っていた。琢磨に右腕を掴まれたまま、あいている左腕で抱き寄せられているこの状況が頭で追いつかなかった。
「朱莉さん・・・。」
琢磨の声が頭上で聞こえた、その時。
ピンポーン
突如部屋のインターホンが鳴り、琢磨はそこで我に返った。慌てて朱莉から身体を離すと言った。
「ご、ごめんっ!朱莉さんっ!ど、どうも・・・少し飲みすぎてしまったみたいだ。悪かったね。驚かせて。」
「い、いえ。少し驚きましたけど大丈夫です。ちょっとインターホンを見てきますね。」
朱莉は慌てて、玄関へ向かいながら思った。
(び・・・・びっくりした・・・。でも九条さん・・・酔っていたからなのね。)
素直な朱莉は男心も知らず、琢磨の言葉どり受け取っていたのだ。
ドアアイで外を確認した朱莉は驚いた。何とそこに立っていたのは妙にソワソワと落ち着きが無い翔の姿があったからだ。
ドアを開けると朱莉は言った。
「翔さん、一体どうしたのですか?」
「こんばんは、朱莉さん。いや・・・少し気になる事があって・・・ね・・。」
その時、翔は朱莉の背後にパジャマ姿で立っている琢磨の姿を見て顔色を変えた。
「お、おいっ!琢磨・・・お前、朱莉さんの部屋で一体何をやっているんだ?!」
翔は自分でも驚くほど声を荒げていた。
「いや・・・お前の所に電話を入れたら実家に帰っているって言うから朱莉さんが泊めてくれることになったんだよ。ビールを飲んでしまったしな。」
「だからって何故朱莉さんの自宅に泊まろうとしているんだっ?!お前・・・自分が何しようとしているのか理解出来ているのか?」
翔は尚も琢磨を責め立てる。
(くそ・・・っ!何だって翔はここにやってきたんだ?!タイミングの悪い・・ん?
待てよ・・・翔の奴、ひょっとして・・・。)
「それを言うなら・・翔。何故お前は実家からここへ戻って来たんだよ?」
「そ・・それは・・・。」
(そうだ・・・何故、俺はここへ来てしまったんだ・・?)
言い淀む翔を前に朱莉は声を掛けた。
「と・・とにかく玄関先では何ですから・・どうぞ翔さんも上がって下さい。」
「いや、いいよ。朱莉さん。」
それを翔は断ると、琢磨を見た。
「琢磨、荷物を持って俺の所へ来いよ。うちに泊まれ。」
「「え?」」
朱莉と琢磨が同時に声を上げた。
「し、しかし・・・俺はパジャマ姿で・・。」
すると翔は言った。
「どうせ上着を持って来ているんだろう?その上に着てくればいいじゃないか。ほら行くぞ。」
翔は顎でしゃくった。
(朱莉さん・・・・!)
琢磨は朱莉の側にいたかったので朱莉の顔を見たが、既に朱莉の視線は翔に向けられていた。
「翔さん、待って下さい。」
朱莉の言葉に琢磨は一縷の望みを掛けた。
(朱莉さん・・・ひょっとして翔を止めてくれるのか?)
しかし、次の瞬間琢磨の希望は打ち砕かれた。
「翔さんの好きなビール冷やして置いたんです。良ければ九条さんと2人で飲んで下さい。」
いつの間に用意したのか、朱莉はオリオンビールを入れたビニール袋を翔に手渡した。
「ありがとう、朱莉さん。」
翔が礼を言うと、朱莉は頬を染めて俯き加減に、はいと小さく返事をした。
朱莉のその表情は・・・琢磨の前では決して見せた事の無い、恥じらいだ笑顔だった。
(朱莉さん・・・そんなに翔の奴がいいのか・・・?)
琢磨は朱莉の翔に対して見せた笑顔に傷付き・・・翔に嫉妬心を抱いた。
しかし、翔の方は琢磨の抱いている気持ちに気付く事も無く、言った。
「おい、何やってるんだ。琢磨、行くぞ。」
そして朱莉を振り向くと言った。
「おやすみ、朱莉さん。また明日・・・蓮の顔見に来てもいいかな?」
「はい、お待ちしています。」
「・・・。」
そんな2人の様子をイライラしながら見ていた琢磨は言った。
「ほら、行くんだろう、翔。」
翔を急かし、朱莉の前を通り過ぎた時、朱莉は声を掛けた。
「九条さんも明日、お忙しく無ければ翔さんと一緒に蓮君の顔身にいらして下さい。」
「そうだね・・・。もし時間があれば来るよ。時間があれば・・・だけどね。」
本当は明日の予定は特に何も入っていなかったのだが、つい朱莉の前で大人げない行動を取ってしまった。
「あ、そ・そうでしたよね!九条さんは・・・社長でお忙しい方でしたよね?すみませんでした。」
慌てて謝罪してくる朱莉に琢磨は瞬時に後悔してしまった。
(お、俺って奴は・・・中高生じゃあるまいし、2人に嫉妬して、つい大人げない態度を・・・。)
なのですぐに訂正した。
「い、いや。大丈夫だよ。明日の予定は特にないから。それじゃ朱莉さん、またね。」
朱莉に笑顔で手を振る琢磨の様子を翔は黙ってじっと見つめていた—。
朱莉の部屋の玄関の扉を閉めると、無言で階下へと一列に降りて行く翔と琢磨。
「・・・・。」
翔は無言で部屋の鍵を開けてドアを開くと言った。
「あがれよ、琢磨。」
「ああ・・・分かったよ。」
琢磨は不機嫌そうに靴を脱いで玄関に上がると真っすぐにリビングへ向かい、ソファに座った。
そして翔は缶ビールの入ったビニール袋を持ってリビングへやってくると、自分と琢磨の前にそれぞれビールを置くと尋ねて来た。
「琢磨・・・お前・・・一体どういうつもりだ?何を考えているんだ?」
その目は・・・いつになく真剣だった―。
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