7-14 琢磨のお願い

 電話を切った朱莉の様子が何だかおかしく感じた琢磨は尋ねた。


「朱莉さん・・・また翔に何か言われたね?」


「い、いえ。別に何も言われていませんよ?」


朱莉はすぐに否定したが、琢磨は朱莉をじっと見つめると言った。


「朱莉さん・・・・さっき突然電話の最中に顔色が変わった。今・・随分青ざめた顔をしているよ?本当は辛い言葉をなげつけられたんじゃないのかい?」


「いえ・・・そんな事は・・・。」


朱莉はズキズキ痛む頭を押さえながら返事をすると、琢磨が突然朱莉の額に手を当てた。


「・・・熱い。朱莉さん・・・ひょっとして熱でもあるんじゃないのかい?」


琢磨は心配そうに朱莉に声を掛ける。


「熱・・・どうでしょう・・?」


しかし、先程から身体が何となく熱っぽさを感じていたのは事実だ。


「・・・店を出よう。立てるかい?」


琢磨は立ち上がると朱莉の側へ寄った。


「は、はい・・・何とか。」


朱莉が立ち上ると、琢磨はグイッと朱莉の肩を抱き寄せて、歩き出した。

一斉に店内にいた人々の視線が2人に集中する。


「あ、あの・・・く・九条さん・・・っ。」


朱莉はすっかり戸惑ってしまい、琢磨に声を掛けた。


「周りの目なんか気にする事は無い。・・・随分熱い身体をしてるじゃ無いか。すぐに車に戻って・・・何か風邪薬でも買って帰ろう。」


「九条さん・・・。」


自分の身体を支える様に歩く琢磨の顔を朱莉は見上げた。


(本当に・・いつも私は九条さんに迷惑ばかりかけて・・・。)


朱莉は申し訳ない気持ちで一杯になるのだった。



「朱莉さん。ドラッグストアに寄ってからホテルに戻ろう。」


運転席に座ると琢磨は言った。


「はい・・分かりました。よろしくお願いします。」


弱々しく朱莉は返事をする。


「朱莉さん。車の中で寝ているといいよ。ホテルに着いたら起こすから。」


「はい、ありがとうございます・・・。」


そして、朱莉は眼をつぶり・・・そのまま眠ってしまった―。



次に目を覚ました時、朱莉は見知らぬベッドの上で眠っている事に気が付いた。

額にはいつの間にか熱冷ましのシートが貼られている。


「・・・?ここは・・?」


ボンヤリした頭でベッドに横たわったまま視線を動かしてみる。

その部屋はとても豪華な部屋だった。高い天井に、とても広い部屋は隅々まで美しい内装をしている。部屋の調度品はどれも豪華な造りで、大きなサンルームが窓から続き、太陽の光が部屋に降り注いでいる。



(一体、ここは何処なんだろう・・・?それに時間は・・・?九条さんは・・何処に行ったんだろう・・?)


しかし、強い眠気で再び朱莉は眠りに就いた―。



 次に目が覚めた時、朱莉は大分身体が楽になっている事に気が付いた。いつの間にか夕方になっていたのか、窓の外に見える空は茜色に染まっている。


「ここ・・何処なんだろう・・・?」


朱莉はベッドから起き上がった。そしてベッドサイドに乗っている水差しと市販の風邪薬に気が付いた。風邪薬は封が開封され、飲んだ形跡が見られる。


「・・・?」


(無意識のうちに薬・・飲んだのかな?)


でも恐らく風邪薬が効いたのだろう。身体がかなり楽になっているので朱莉は足元に置かれていたスリッパを履くと立ち上がった。


この部屋に置かれたベッドはキングサイズの大型ベッドで、奥にはバスルームがあるのが目に止まった。そして部屋には大きなドアがある。

朱莉がドアに近付くと、奥には部屋があるのだろうか・・・話声が聞こえて来た。そのこえは琢磨だった。言い合いでもしているのだろうか?琢磨の声には苛立ちや怒気が含まれている。


一瞬朱莉は躊躇ったが、ドアノブに手を掛けて開け放つとそこにはソファに座って電話を掛けている琢磨の姿が目に飛び込んできた。


「九条さん・・・・。」


その時、朱莉の気配に気がついたのか。電話をしていた琢磨が朱莉を見た。そして電話の相手に言った。


「朱莉さんが目を覚ました・・・。電話、切るからな!」


そして琢磨はスマホの電話を切ると朱莉に声を掛けた。


「朱莉さん!もう‥大丈夫なのかい?」


「は、はい・・・。お陰様で頭痛も治まりましたし・・熱っぽさも大分改善されました。」


それを聞いた琢磨はソファから立ち上がり、朱莉に歩み寄ると自然な動きで朱莉の額に手を当てた。


「・・・うん。もうさっきみたいな熱っぽさは・・・確かに無いな。」


そして朱莉を見ると言った。


「良かった・・・心配したよ。朱莉さん・・・いつから具合が悪かったんだい?もっと早く教えてくれれば・・・倒れる前にホテルに帰ったのに・・・。でも、気付かなくてごめん。」


琢磨の謝罪に朱莉は首を振った。


「違いますっ!私が・・・もっと早くに九条さんにお話ししていれば良かったんです。悪いのは私ですから。」


「だけど・・言えなかったのは俺に迷惑がかかると思って・・言えなかったんじゃないのかい?」


琢磨は少し寂しげに言う。


「!」



 確かに琢磨の言う事は一理あった。だが・・朱莉自身倒れる程に具合が悪化するとは思ってもいなかった。だが・・・。


その時、琢磨が言った。


「翔には・・・俺からきつく電話で言っておいたよ。」


「え・・?九条・・・さん・・?」


「あいつの・・・翔のせいだろう?あいつの心無い言葉で・・・朱莉さんをまた傷つけて・・そのショックで具合が悪くなったんだろう?」


琢磨の声は・・・何処か悲しげだった。


「九条さん・・・。そ、それは・・・。」


「明日・・・東京へ帰るのを1日伸ばそうかと思っているんだ。朱莉さんが心配だから。」


琢磨の言葉に朱莉は驚いてすぐに返答した。


「それは駄目ですっ!」


いつにない、朱莉の強い口調に琢磨は驚いた。


「え・・?朱莉さん・・?」


「お願いです、もう私の事でこれ以上九条さんを振り回したくは無いんです。だから明日は予定通りに東京へ戻って下さい。もう熱はこの通り下がったので大丈夫です。引っ越し作業もちゃんとしますので九条さんが心配される必要はありませんから。」


「だけど・・・。」


尚も言い淀む琢磨に朱莉は言った。


「九条さんが秘書を務める相手は私ではありません。翔さんなんです。私ではなく・・翔さんを優先して下さい。そうじゃないと・・・九条さんに申し訳なくて・・・私は九条さんと距離を置かなければならなくなります。」


「朱莉さん・・・それは・・・。」


(それは・・・俺が朱莉さんを心配するのを迷惑だと思っているからなのか?)


琢磨が悲し気に俯いたのを見て朱莉は慌てた。


(何故?何故・・・九条さんはそんなに悲しそうな顔をするの?私・・ひょっとすると今すごく九条さんを傷付けてしまったの・・?)


朱莉は静かに言った。


「九条さん・・・。私は本当に感謝しているんです。いつも私を助けてくれて・・・。だけど私は九条さんに恩を返す手段が・・何もありません。だって九条さんは優秀な方ですから。・・だから私に出来ることは、九条さんに迷惑を掛けず、足を引っ張らないようにする事なんです。・・お願いします。明日はどうぞ翔さんと東京へお戻りください。」


朱莉は頭を下げて懇願した。


「・・そうか、分かったよ。朱莉さん。」


寂しげに笑う琢磨に朱莉は言った。


「ここは九条さんが宿泊しているホテルですよね?それでは私はこれで・・。」


言いかけた所へ琢磨が言葉を被せて来た。


「朱莉さん。さっき・・・自分には何も恩を返せないって言ったよね?」


「は、はい・・・。」


「恩なら・・・返せるよ。」


「・・?」


「朱莉さんがまた倒れたらと思うと心配でならないから・・・今夜はこの部屋に泊って行ってくれるかな?俺はこの隣の部屋で寝るから・・・。それにもう朱莉さんが滞在しているホテルはチェックアウトしてしまったんだ。。」


「え?!」


琢磨の思いもしない話に朱莉は驚いた。


「お願いだ。このままじゃ心配で朱莉さんを1人残して東京へ戻れない。だから。今夜はこの部屋に泊ってくれ。頼む・・・。」


琢磨は頭を下げて来た。そんな琢磨を見て、朱莉は言った。


「わ、分かりました・・・。」


こうして朱莉は琢磨の宿泊しているスイートルームの内の一部屋に今夜一晩滞在する事となった。



そして・・・夜が明けた—。









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