6-6 京極からの誘い

「京極・・・?」


琢磨はその名前を聞き、眉を潜めた。


(まさか・・・あの男か?朱莉さんの犬を引き取り、一緒に食事をしてきたと言う・・・。)


琢磨はチラリと朱莉を見ると、朱莉は困ったようにスマホを見つめている。


「朱莉さん・・・出なくていいんですか?」


「え?で、でも・・・。」


朱莉は琢磨を見ると目を伏せた。


(そんな・・・九条さんの前で電話に出れば・・・私と京極さんの仲を・・変に疑われてしまう・・・。)


「ああ、ひょっとすると・・・俺に何か遠慮してるのかな?だったらいいよ。席を外すから。」


琢磨は立ち上がった。


「あ、あの・・九条さん!」


しかし琢磨は言った。


「ほら、朱莉さん。未だに電話が鳴っているから・・・出てあげた方がいいよ。俺はキッチンに行ってるから。」


そして琢磨は立ち上がるとキッチンへと向かった。


「・・・。」


朱莉は戸惑いながらもスマホを手にすると、タップした。


「はい、もしもし・・・。」


『ああ、朱莉さん。やっと出てくれた。あまりにも遅いから・・・何かあったのではと心配してしまいました。』


「すみません・・手元にスマホを置いていなかったので・・・。」


朱莉は咄嗟に嘘をついた。


『いえ、別にそれは構いませんよ。ところで朱莉さん。明日は何か予定はありますか?』


「え・・?明日ですか・・・?」


琢磨に何処かへ出掛けようと誘われはしたが、特に明日とは何も言われていなかったので朱莉は答えた。


「いえ、特に予定はありませんが・・・。」


すると京極が受話器越しに言った。


『ああ、そうですか。それなら良かった。実は取引先から映画の試写会のチケットを2枚貰っているんですよ。良ければ明日一緒に観に行きませんか?公開前の映画なのでゆったり観る事が出来ますよ。ジャンルは恋愛映画なんですが・・・映画はお好きですか?』


「映画は・・・好きですけど、なかなか観に行く機会が無くて・・・。」


正直に答えると、嬉しそうな声が聞こえてきた。


『ああ、そうなんですね。良かった・・。それでは是非一緒に観に行きましょうよ。試写会は午後4時からなんです。その後、何処かで食事をして帰りませんか?』


「い、いえ・・・私は映画だけで・・・。」


朱莉はキッチンの様子を伺った。

あまり長く京極と話をしていては・・・完全に琢磨に自分と京極の仲を疑われてしまう。


『朱莉さん・・・どうかしましたか?ひょっとして・・今誰かと一緒なんですか?』


「え?」


勘の妙に鋭い京極に思わず朱莉はドキリとした。しかし、京極はそれ以上追及する事は無かった。


『それでは映画の後、どうするかは明日改めて決めましょう。では午後3時にドッグランでお待ちしていますね。』


京極は明るい声で告げると、そのまま通話が切れてしまった。


「あ・・・。」


結局朱莉はその場で映画の後の断りを入れる事が出来なかった。

溜息をつくと、朱莉はキッチンへ向かった。

するとそこにはスマホで何か検索をしていた琢磨の姿があった。


「あの・・・お待たせしました。」


朱莉が声を掛けると琢磨は顔を上げた。


「朱莉さん・・電話終わったんだね。」


琢磨にはそんなつもりは無かったが、朱莉には琢磨に咎められている様に聞こえてしまった。


「す、すみません。九条さん・・・。」


「何を謝るんだい?」


「いえ・・お話の最中に電話に出てしまって・・・。」


「ああ、そんな事は気にしなくていいよ。電話には出た方がいいからね。」


「あの!私と・・・京極さんの間には・・・本当に何もありませんからね?!」


朱莉は珍しく感情を露わに琢磨に訴えてきた。それを聞いた琢磨は少しだけ胸が躍る気持ちになった。


朱莉さん・・・もしかして俺に気を遣って・・・?


しかし、次に出てきた言葉は琢磨を失望させるものだった。


「私は別に京極さんに対して何の感情も持っていませんから・・・・。契約書に浮気はしないようにと有りましたが、相手に好意を持っている事は無いので、浮気には当たりません。もし・・翔さんに・・・報告する時はその事をしっかり伝えて頂けませんか?」


「あ、ああ・・。その事か。大丈夫、別に俺は・・・翔には何も報告するつもりは・・無いから。」


琢磨は寂しげに言った。


そうだよな・・・朱莉さんの好きな相手は・・・翔なんだから・・。


「そうですか・・・それなら良かったです。それで明日は京極さんに試写会に誘われて、一緒に出掛ける事になりました。」


朱莉の話に九条は驚いて顔を上げた。


「え・・?朱莉さん・・・。何故俺にその話を・・?」


(何故だ?何故朱莉さんは・・俺に京極と出掛ける事を告げるんだ?!)


「それは、私と京極さんの間にはやましい事は何も無いと言う事を九条さんに知って置いて貰いたかったからです。」


「それは・・・俺が翔の・・・秘書だから・・・かい?」


琢磨はどこか悲し気に朱莉に尋ねて来た。


「え、ええ・・。勿論そうですけど・・?」


朱莉は何故そこで琢磨が悲し気な顔を見せるのか理解出来なかった。

そこである事に気が付いた。


「あ、あの・・・もしかすると明日、熱帯魚の餌やりの後・・・何処かへ出掛ける予定・・・もう組んでいたのですか・・?」


朱莉が申し訳なさそうに尋ねて来た。


「い、いや。そんな事は無いよ。」


琢磨は無意識のうちにスマホの画面を隠す様に朱莉に言った。

・・・本当は朱莉の電話の最中、琢磨は明日何処へ出掛ければ良いかネットで検索をしていたのだった。

そこで新緑が美しい景色を観る事が出来るドライブコースをを検索していたのだが・・。


(明日は・・・無理って事だな・・・。)


琢磨は心の中で溜息をついた。


「大丈夫だ、朱莉さん。俺は・・・翔に何も話すつもりは無いから。それより明日どんな内容の映画だったか、後で教えて貰えるかな?実は俺の趣味は映画観賞なんだ。」


朱莉を不安に思わせない為に琢磨は笑顔で言った。


「はい、分かりました。それでは明後日の餌やりの時にお話しさせて頂きますね。だから・・・鍵は・・・。」


私が預かりますよと朱莉は言うつもりだったが、琢磨は言った。


「餌やりは毎日俺がここへ来るから、その時朱莉さんも来てくれるといいよ。それじゃ・・・明日は朱莉さんが予定入ってしまったけど・・明後日ならいいかな?俺と何処かへ出掛けよう。あ、ついでに『ネイビー』も連れて行こう。」


「え?ネイビーもですか?」


朱莉は首を傾げた。


「うん。自然の中で思い切り遊ぶネイビーの姿を見て見たく無いか?」


「自然の中で・・・。」


朱莉はその様子を思い浮かべた。

広い草原の上を・・跳ね回るネイビーの姿を・・・。


「九条さん・・・有難うございますっ!それは・・・とても楽しそうですね。」


頬を染めて手を合わせる朱莉の姿を琢磨は微笑ましく見守っていた。


(良かった・・・。普段から翔と明日香の事で心を痛めている朱莉さんを・・少しでも笑顔にすることが出来て・・・。翔と離婚成立まで・・この結婚が辛いものばかりだったと朱莉さんに感じて貰いたく無いからな・・。せめて翔の分までこの俺が・・・。)


自分も契約婚に加担して、朱莉に辛い思いを強いている。そんな自分が朱莉を元気づけてあげたいと思うのはおこがましい事なのかもしれないが・・あの夜から琢磨はこれ以上朱莉の悲しむ姿を見たくないと・・・思うようになっていた。


しかし、琢磨は自分の中に芽生えた朱莉に対するある感情に未だ気が付いてはいないのであった—。








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