4-7 バレた嘘
「ふう~・・・。今日の打ち合わせは中々ハードだった・・・。」
午後4時―
琢磨が疲れ切った様子でオフィスに戻って来た。
「ご苦労だったな。琢磨。」
翔が琢磨に声を掛けながらコーヒーをデスクの上に置いた。
「へえ・・・。副社長自らがコーヒーを淹れてくれるとはな。」
琢磨は言いながらコーヒーを一口飲むと呟いた。
「うん、旨い。」
翔も自分にコーヒーを淹れると、琢磨に声を掛けた。
「なあ・・・琢磨。お前に聞きたい事があるんだが・・・。」
「その顔からすると・・・会社の話じゃないな?大方明日香ちゃんか・・朱莉さんの事だろう?」
コーヒーをデスクの上に置くと琢磨は椅子の背もたれに寄りかかった。
「ああ・・・・。俺は・・またヘマをしてしまったらしい。」
「ヘマ?一体どんな?」
「・・・マロンの動画が・・明日香に見つかってしまった。」
翔は神妙な面持ちで言った。
「・・・え?ヘマって・・それだけの事か?」
「ああ・・・。そうだ。」
「何だよ・・・ヘマって言うからどれ程の物かと思ったが・・・別にバレないだろう?送り主だって俺なのに・・。」
琢磨は腕組みをすると翔を見た。
「いや・・・。それが・・・明日香に朱莉さんが飼っている犬だと言う事が・・バレてしまったんだ。」
「何だって?!・・・ったく・・・明日香ちゃんはお前が絡んでくると、恐ろしく勘が鋭くなるよな・・?それで何があった?明日香ちゃんは・・確か動物が嫌いだったよな?」
琢磨はコーヒーに手を伸ばし、一口飲んだ。
「明日香は・・・言ったんだ・・・。朱莉さんが飼い犬を虐待しているって・・。」
翔は沈痛な面持ちで琢磨に言う。
「はあ・・?翔・・・お前、その話信じたのかよ?」
琢磨は呆れたように翔を見た。
「まさか!信じるはず無いだろう?!だが・・・まだ明日香は・・精神が不安定なんだ・・・。だから・・・。信じざるを得なかった・・・。」
「お・・・お前なあ・・・・!まあいい・・最期まで話を聞かせろよ。」
「あ、ああ。それで明日香は朱莉さんに言ったらしいんだ。1週間以内に犬を手放さなければ・・保健所に通報するって・・・。」
「・・・・。」
琢磨は口をぽかんと開けたまま翔を見つめた。
「どうした?琢磨・・・。」
「いや・・・あまりの事に一瞬言葉を無くしてしまっただけだ。翔、勿論・・・そんな馬鹿な話やめさせたんだよなあ?」
「・・・いや・・。止めなかった・・・。」
「おい・・・お前・・・・本当に止めなかったのか?それじゃあ・・朱莉さんにあの犬を手放させるつもりなのか?翔!お前・・・朱莉さんが何故犬を飼いたがったのか分からないのか?!」
琢磨は声を荒げて翔を見た。
「犬が・・・好きだから・・。いや、違うな・・・・。寂しかったから・・か?」
「・・・そこまで分かってるなら・・・何故、明日香ちゃんを説得しない?朱莉さんが犬を飼う事を止める権利が明日香ちゃんにはあるのか?」
琢磨は怒りを抑えながら翔を睨み付けた。
「多分・・・明日香は嫌なんだと思う・・・。」
「何が嫌なんだ?」
「琢磨・・お前も知ってるだろう?今朱莉さんが住んでいる部屋が・・・将来俺と明日香が住む事になっている事を。今俺達が住んでいる部屋は賃貸だが・・朱莉さんが住んでいる部屋は購入した物だから・・。恐らく、今住んでる部屋を犬によって傷つけられたり・・・匂いがつくと思ってるんだ。」
「翔・・・お前、そこまで明日香ちゃんの事が分かっていたなら・・・何故、初めから朱莉さんにペットを飼う事を許可しなかったんだよ?!初めから飼う事が出来ないなら、まだ諦めもつくだろうが・・・もう既に朱莉さんはマロンと暮しているんだぞ?それを・・今度は手放せなんて・・・酷な事を言ってると思わないのか?!」
「そ、それは良く分かっている。だが・・俺は・・明日香の心の不安を・・取り払ってやりたい。」
「だから・・朱莉さんに全てを我慢させるのか?」
「・・・。」
翔は青白い顔で頷く。
「お前なあっ!」
気付けば琢磨は翔のデスクに向かい・・・襟首を掴んでいた。
・・がしかし、その手を降ろした。
「琢磨・・?殴らないのか?」
「馬鹿言うな。会社で副社長のお前を殴れるはずが無いだろう?」
「そうだよな・・・。」
翔は自嘲気味いに笑った。
「となると・・・きっとあの朱莉さんの事だ。今頃必死になってマロンの飼い犬を探しているはずだな・・・。」
「ああ、そうだ。多分な・・・。」
「俺達も協力して探してやるのがいいのかもしれないが・・・それだと何だかまるで俺達は早く朱莉さんに犬を手放させようと取られかねないし・・・。」
琢磨は腕組みしながら考えた。
「なあ、琢磨。お前のマンションで飼えないか?そうすれば・・週末位なら・・朱莉さんとマロンを会わせる事が・・。」
そこまで翔が言いかけると、琢磨が顔を真っ赤にして怒り出した。
「おいっ!翔・・!お前、ふざけるなっ!俺の住むマンションは第一ペット不可だ。バレたら追い出されてしまうだろう?!大体、お前仮に俺が預かったとして・・・朝から仕事の俺がどうやって犬の世話が出来るって言うんだ?!そこまで言うなら、社内にペット専用ルームでも作れよっ!」
「うん・・・それは良い考えかもな・・・。」
「おいおい・・冗談だろう?」
琢磨はひきった顔で翔を見た。
「いや・・・勿論冗談だ。だが明日香との約束まで後6日しかないからな・・。何か対策を考えないと・・・・・。」
「ああ、そうだ。俺達には・・・責任があるからな。だいたい、お前早目のバレンタインプレゼントを朱莉さんから貰ってるしな。」
琢磨の言葉に翔は反応した。
「バレンタインプレゼント・・・?そう、それだ!!」
「な、何だよっ!今度は!急に大声を出すなよっ!」
しかし翔は琢磨の言葉に耳を貸さずに、ハンガーにかけてあるマフラーを持って来ると琢磨に見せた。
「教えてくれ、琢磨。このマフラーを編んだのは・・・朱莉さんなのか?」
「あ、ああ・・・・。多分な。以前朱莉さんからマロンの動画を送って貰った時に、お前へのバレンタインプレゼントに藍色のマフラーを編んでいると言ってたからな。ただ・・どうやって手渡せばいいか悩んでいた。・・・おい、どうした?翔。」
「そ、そんな・・。」
翔は唇をかみしめている。
「翔?」
「昨夜・・部屋に帰るとリビングのソファの隙間にこのマフラーが落ちていたんだ。それでてっきり明日香の手編みのマフラーかと思って尋ねたら・・・頷いたんだ。」
「それで、明日香ちゃんの手編みのマフラーだと思った訳だ・・・。全く翔、お前って奴は・・・。何処まで明日香ちゃんに対して盲目なんだよ・・・」
琢磨は髪をクシャリと書き上げると言った。
「・・・。」
翔は黙っている。
「いいか?明日香ちゃんが編み物なんか出来るはず無いだろう?何と言っても彼女は鳴海家の姫なんだから!いくらあの家で肩身の狭い立場だとは言え・・・・。恐らく明日香ちゃんは朱莉さんに犬を手放すように言いに行ったついでにそのマフラーを見つけて、盗んだんだろう。・・明日香ちゃんの事だ。多分捨てようと思ったんじゃないのか?」
「ああ。そうだろうな・・・。」
「だが、お前が明日香ちゃんからのバレンタインのプレゼントだと勘違いして・・・・。」
琢磨はじっと翔の顔を見ながら続けた。
「いいじゃないか。」
「え?何がだ?」
「朱莉さんの手編みのマフラー。何食わぬ顔で・・・明日香ちゃんの前で堂々と使えよ。きっと朱莉さんもお前が使ってくれるのを待ち望んでいるはずだからな。」
そう言うと、琢磨はぬるくなったコーヒーを口に運んだ—
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