3-8 カウンセラーのアドバイス

 季節が移り変わり、いつの間にか12月になっていた。


休憩時間、オフィスの窓から翔と琢磨は外の景色を眺めながらコーヒーを飲んでいた。


「世間はもうクリスマス一色だな。」


琢磨は翔を見ながら話しかけた。


「ああ・・・本当に早いものだな・・・。」


翔は窓の外をじっと見つめながら何か考え事をしているように見える。


「どうした?翔・・・何考えているんだ?」


琢磨は翔の様子に気付き、声をかけた。


「あ、ああ・・・。実は明日香からクリスマスプレゼントは今年は俺が選んでくれって言って来て・・困っているんだ。20代の女性が好むプレゼントって言うのが俺には良く分からなくてな・・・。」


「へえ~。いつもなら毎年明日香ちゃんが自分の方からリクエストしてくるのに・・随分変わったな?これもカウンセラーのお陰じゃないか?」


「ああ・・・。そうかもな・・・。有難う、琢磨。お前のアドバイスのお陰だよ。あのまま何もしないで放っておけば・・・今頃明日香はどうなっていたか・・・。それにカウンセラーのお陰で、明日香は家政婦も受け入れてくれたしな。」


翔は笑顔で言った。

今、明日香と翔の元には月曜~金曜日まで家政婦協会からベテラン家政婦が派遣されて来ている。その人物もカウンセラーからアドバイスを受けて、条件にかなった人物を探し出し、専属の家政婦をやって貰っているのだ。

その人物は60代の女性で、若い頃は秘書として働いていたらしく、きめ細やかな所まで行き届くように世話をしてくれる素晴らしい家政婦であった。

カウンセラーと家政婦のお陰で翔の負担はあの頃とは比べ物にならない位に楽になった。

そして・・・このカウンセラーと家政婦には当然翔と明日香の関係を・・そして朱莉と言う偽装妻の存在も打ち明けていた。その際、絶対に誰にも口外しない事を条件に告白していたのだが・・・。むしろその事をカウンセラーと家政婦に伝えた所、自分をあまり見くびらないでくれと叱責されたほどであったのだから。


「ありがとう、琢磨。本当に・・お前には感謝しているよ。」


翔は琢磨に頭を下げた。すると琢磨が肩をすくめると言った。


「あのな、俺は別に明日香ちゃんの為だけを思ってアドバイスをしたわけじゃないぞ?翔・・・お前の事や・・・それに朱莉さんの事を心配して言ったんだからな?」


「ああ・・・。分かってる。」


「あ、そう言えば・・・さっき明日香ちゃんへのプレゼント何がいいか考えていたよな?」


「ああ。そうだ。」


「それなら・・・一番近くにいる女性に聞いてみればいいじゃないか?20代の女性が貰って嬉しいクリスマスプレゼントは何だろうと言って・・・。」


「?誰の事だ?我が社の20代の女性社員達にアンケートでも取れというのか?」


翔の言葉に一瞬琢磨は言葉を無くしてしまった。


「・・・。」


「どうした?琢磨?」


「お・・・おい!翔っ!お前・・・本気でそんな事言ってるのか?尋ねる相手と言ったら・・・1人しかいないだろう?朱莉さんに決まっているじゃ無いかっ?!」


「あ・・・ああ。そうか・・朱莉さんか・・・・。頼む、琢磨。お前から・・・朱莉さんに聞いて貰えるか?彼女にプレゼントしたいからと言って・・・。」


「おい!俺には今付き合ってる彼女はいないぞ?」


ジロリと睨みながら琢磨は言った。


「ああ、そんなのは勿論分かってるさ。ただ・・・。」


「ただ・・・何だよ・・?おい翔・・・。今まで黙っていたけど・・・お前、朱莉さんとは連絡どうしてるんだ?」


琢磨の射抜くような視線に翔は溜息をつくと言った。


「実は・・・初めて明日香をカウンセラーに見て貰った時に・・言われたんだ。明日香を少しでも安心させるように、当分の間朱莉さんとは連絡を一切取らないようにって・・・。だからその事は最初に言われた時に、朱莉さんには説明したよ。悪いけど、暫く連絡を取る事は出来ないって・・・・。まあ、今のところ親族との顔合わせも予定していないし・・会長も結局年内には帰国できないことが決まったしな。朱莉さんも俺達と関わらない方が・・・気楽だろうから、いいだろうと思ったんだ。」


「何だって?そんな話は初耳だぞ?それに、おい・・翔。お前もう一度カウンセラーに明日香には内緒で相談してみろよ。あれから3カ月は経過しているんだぞ?もうすぐクリスマスなんだ・・・。このままにしておいていいはずは無いだろう?」


「・・・。」


「おい?何故・・そこで黙るんだよ?」


「いや・・・一応ボーナスの上乗せは考えているんだが・・・それだけではまずいだろうか?」


翔の言い分に琢磨は唖然とした。


「おいおい・・・お前と明日香ちゃんはこれから2人だけのクリスマスのイベントが結構入っているじゃないか・・・?それなのに朱莉さんは?偽装妻である事がバレないように極力親しい人達との連絡も取らないようにって最初に結んだ契約書の中にあったよなあ?お前と明日香ちゃんだけクリスマスを楽しむつもりか?朱莉さん1人だけ寂しい思いをさせて・・・。」


「琢磨・・・・。」


(琢磨の言う事は最もだ・・・。確かに朱莉さんとは書類上とは言え、正式な妻であるには変わりない。だが、偽装妻である事と、明日香の嫉妬から守る為に放置してきたのは・・良く無い事なのかもしれないな・・・。俺としては暫く朱莉さんとの連絡を絶つことが、彼女にとっても最良の方法かと思っていたのだが・・。)


「分かったよ、琢磨。明日にでもカウンセラーの女性に朱莉さんと連絡を取り合ってもいいか確認してみる。」


「ああ、是非そうしろ。」


琢磨は残りのコーヒーを一気に飲み干した。


「それで・・・琢磨・・。お前に頼みがあるんだが・・・。」


言葉を濁しながら翔は琢磨に声を掛けた。


「それは仕事の事か?それともプライベートな事か?」


「・・・プライベートな事だ・・・。」


それを聞くと琢磨は、はぁ~っと大きなため息をつくと言った。


「却下・・・と言いたいところだが・・・それでお前の仕事に悪影響が出ても困るからな・・・。いいぜ、言うだけ言ってみろよ?」


「ああ・・・もしカウンセラーの女性から・・・朱莉さんとはまだ連絡を取り合わない方がいいと言われた場合は・・・お前から今どきの若い女性はどんなプレゼントを貰うと嬉しいのか・・・聞きだしてくれないか?」


「はあ?!何で俺が・・・・っ!」


そこまで言いかけて、琢磨は言葉を飲み込んだ。

朱莉と偽装結婚をして以来、常に翔は明日香の激しいヒステリーに付き合わされ、いつ見ても疲労困憊と言う有様で、たった半年程度で、翔がげっそりとやつれてしまったのが目に見えて取れた。

それがカウンセラーと、家政婦のお陰で明日香の精神も落ち着いてきて、翔も明日香のヒステリーに晒される事も減って来たのだ。


(俺は翔の第一秘書・・・プライベートでも支えるのが俺の務めだしな・・・。仕方が無いか・・)


琢磨は考えを決めると返事をした。


「ああ、分かったよ。その代わり・・・絶対に今日中にカウンセラーに相談するんだぞ?」



「ああ・・・分かったよ。」


翔は琢磨を横目で見つめた。



その日の夜―


 夕食を終え、後片付けをしていると朱莉のスマホにメッセージが入って来た。



『突然メッセージをいれてしまい、すみません。カウンセラーの方から少しだけなら朱莉さんと連絡を取り合っても大丈夫と言われたので、これから少しずつメッセージを交換させて下さい。』


「翔先輩・・・。」


懐かしい翔先輩からのメッセージ。

朱莉は思わずギュッとスマホを握りしめたが、次のメッセージを読んだ時、思わず目を見開いてしまった。




『明日香にサプライズでクリスマスプレゼントを贈りたいのだが・・・20代の女性はどのようなプレゼントを貰えると喜ぶのだろう?参考までに朱莉さんの考えを教えて貰えませんか?』



朱莉は暫く身動きする事も忘れ、翔から送られてきたメッセージに目を落していた。


(翔先輩・・・・私にこんな事を尋ねて来ると言う事は・・・きっと私の事は眼中に無いって事ですよね・・・。)



 本当は朱莉は密かに期待していた。もし・・・もし翔からクリスマスプレゼントはどんな物が欲しいと聞かれたら・・・プレゼントは別にいりません。ただ・・・お願いしたい事があります、と伝えたかったのに、それすら・・私には伝える事が出来ないのだろうか・・・?


 朱莉は暫く翔からのメッセージを見つめていたが・・・やがて返信する為にスマホにメッセージを打ち込み始めるのだった―。

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