3-7 琢磨の提案

翌朝―


オフィスで琢磨は翔からの電話を受けていた。


「ああ、大丈夫だ。こっちの事は心配するな。・・・何言ってるんだ。そんな事は今更だろう?・・・・・うん。急ぎの案件はこちらで処理して、後でメールするから安心しろ。なあ、翔・・・。これは俺からの提案なんだが・・。え?ああ・・・そうか。悪かったな。それじゃ電話切るぞ。じゃあな。」


ピッ


琢磨は翔からの電話を切ると溜息をついた。


「翔・・・。俺は明日香ちゃんよりも・・・お前の身体の方が心配になってくるよ・・。」


何とか・・・何とか翔負担を少しでも減らしてやらないと・・・。

翔はPCのメールを立ちあげると、メッセージを打ち始めた―。




「ああ~。やっぱり家はいいわねえ・・・。」


明日香が伸びをしながらリビングのソファに座ると言った。荷物を持って後から部屋へ入って来た翔は明日香に声をかけた。


「明日香。今日は家で大人しくしているんだぞ?」


「はいはい、分かってるわよ。」


明日香は背もたれによりかかりながら返事をした。その時、明日香は翔が着替えを持ってバスルームへ行こうとしているのに気が付き、声をかけた。


「あら?翔・・・シャワー浴びるの?」


「あ、ああ・・・。結局昨夜はそのまま着替えもせずに寝てしまったからな。」


「あら?私のせいだと言いたいのかしら?」


明日香はジロリと翔を見た。


「何故、そう思うんだ?」


翔は首を傾げた。


「だって、今貴方がシャワーを浴びるって事は・・・私がこの部屋に昨夜帰らせずに、着替えを取りに戻れなかったからと言いたいんでしょう?」


「明日香・・俺は何も言っていないぞ?」


翔は明日香の隣に座ると言った。


「大体ねえ・・・。私が入院になったって聞いた段階で、一緒に病院に泊ろうって考えるのが筋じゃないの?最初からそう考えていれば・・・自分の着替えを持って来ようと言う考えに至ると思わない?」


「あ・・・。」


翔は唖然としてしまった。まさか明日香がそこまで考えていた等想像もつかなかった。


「そうだよな・・・言われてみればそうだった。お前が入院したなら、付き添い位考えれば良かったな。すまなかった、明日香・・・。俺の考えが至らなくて・・・。」


明日香の頭を自分の肩に抱き寄せると翔は言った。


「いいのよ・・・。分かってくれれば・・・。だから、翔。お願い・・・。絶対に私を1人にさせないでよ・・・。」


明日香は翔の胸に顔を埋めると懇願する。


(同じだ・・・今の明日香はあの時と・・・・子供の頃、母親に捨てられた時と同じ・・。だから、俺が側にいてやらないと・・。)


「ああ、分かってるよ。明日香・・・お前を決して1人にはしない・・・。」


そして翔は明日香を抱きしめた。



結局、この日・・・翔は会社に行く事を諦めた—。



その夜の事・・・。

突然琢磨の携帯に祖父からの着信が入って来た。


な、何故祖父から突然電話が・・・?

翔はベッドの中にいる明日香をチラリと見るが、明日香は寝息を立てている。

足音を立てないようにベッドルームからリビングへ移動すると、翔は電話に出た。


「お待たせいたしました。」


『どうした、翔。電話に出るのが遅いじゃないか?』


「申し訳ございません。少し携帯を離れた場所に置いていたものですから。」


『ふん、まあ別にいいが・・・ところで翔。実は今週日本に行く話だが・・・無理になってしまった。』


「え?一体何故ですか?」


(良かった・・・助かった。)


翔は祖父の話に内心胸を撫でおろした。

今この状況で祖父に来られても何の準備も出来ていないし、何より祖父が来る事によってますます明日香の精神状態が悪化するのでは無いかという恐怖心もあったからだ。だが・・・何故突然帰国出来なくなったのだろうか?


「あの・・所で何故突然日本に帰国できなくなったのですか?」


『ああ・・・全く、マレーシアの支社長が・・取引先の社長と意見の食い違いがあったとかで・・・揉めているらしい。どうにも自分では対処しきれないから、こっちに来て欲しいと頼まれたんだ。・・・マレーシアには社員が7000人超いるからな・・。全く、あいつは・・・相変わらず甘い・・・。』


会長の言う「あいつ」とは言わずもがな、翔の父親の事である。祖父は常日頃から何処か弱腰の翔の父親の事を見下している節があった。


「そうでしたか・・・。」


『とにかく今回は残念がだ、予定がつかない。次回帰国できそうなのは年末頃になりそうだから朱莉さんにもそう伝えておいてくれ。今回は会えなくて残念だが、次回を楽しみにしていると。頼んだぞ?』



突然朱莉の名前を出されて、翔はドキリとしたが、平静を保ちながら返事をした。

「はい、承知しました。」


『ではまたな。』


それだけ告げると電話は切れた。


「ふう・・。今回は父のお陰で助かったな・・・。いや、そんな言い方をしては駄目か。」


翔は口元に笑みを浮かべると考えた。

それにしても・・・おかしい。妙にタイミングが良すぎだ。偶然だろうか・・・・?


「まさか・・・な。だが・・・何かおかしい。」


翔は念のために琢磨に電話を入れた。

何回かの呼び出し音の後、琢磨が電話に出た。


『もしもし。どうした・・・翔?』


「ああ、琢磨・・・どうしたもこうしたも・・・実は先程会長から電話が入ったんだ。マレーシア支社でトラブルがあったとかで・・・そっちに向かわなくてはならなくなったと。だから今回の会長の帰国は取りやめになった。」


『ああ、そうか。』


「そうかって・・・やけにお前、あっさりしてるな?もっと驚くかと思ったが・・・・」


『そうか?でも予定が変わるのは別におかしな話じゃない。いつもの事だろう?』


「いや・・・いつもと違って、妙な感じがある。・・・琢磨、正直に答えてくれ。お前・・・何かしただろう?」


『何かって・・・何をだ?』


「おい、惚けるな。お前・・・父に何か話をしたんじゃないのか?」


『・・・。』


「琢磨、黙っていないで答えろ。』


『分かったよ・・・。そこまで気付いているなら話すよ。実は・・社長に明日香ちゃんの事・・・伝えたんだよ。』


「!おまえなあ・・っ!何か余計な事話したりしていないよな?」


『ああ、安心しろ。明日香ちゃんがお前と一緒に暮らしてるなんて事、口が裂けても話していない。』


「それじゃ・・・何て言ったんだ?」


『最近、明日香ちゃんが精神面で弱っている。この状況で会長と会った時、明日香ちゃんがどうなるか心配だって相談したんだ。言っておくが・・・俺がこの話をしたのは明日香ちゃんの為じゃない。お前と朱莉さんを心配しての事だからな?』


「俺と朱莉さんの為・・・?」


『ああ、そうだ。朱莉さんの件からずっと明日香ちゃんの精神状態がおかしくなったのは確かだ。だが、それは朱莉さんには何の落ち度もない。むしろ彼女は・・・俺達の計画に巻き込んでしまった哀れな被害者だ。それに・・・翔、お前は・・ある意味自業自得ではあるが・・・ここまで明日香ちゃんの精神状態がおかしくなるとは思わなかったんだろう?』


「ああ・・・。」


そう。偽装結婚の話は・・・明日香と何度も話し合って、互いが納得して決めた事であったはず。なのに・・・朱莉という書類上だけの仮の妻が現れた途端・・・明日香はおかしくなってしまった。いや、というか・・・正確に言えば朱莉の美貌を目の当たりにした途端・・・明日香がおかしくなってしまったのだ。

明日香にはあれ程、偽装妻にするのは外見は絶対に自分よりも見劣りする女性にするようにと言われ・・・地味な外見だと思って選んだ朱莉は実際は・・・とても美しい女性だった。それが発覚した途端に明日香がおかしくなってしまったのだ。

しかし、こんなのは朱莉のせいでは無い、最終的に朱莉を選んだ自分の責任なのだ。


『おい、聞いてるのか?翔。何だよ、さっきから黙ったりして・・・。今の俺の話聞いてたのか?』


「あ・・。悪い。考え事をしていて聞いていなかった。すまん。もう一度言って貰えるか?」


『全く・・・これだから心配になるんだよ。会長が帰国となれば、いかに反りが合わなくても、明日香ちゃんは会わざるを得ないだろう?だからそれが気になってメールで相談したんだよ。・・・まさかこんなに早く動いてくれるとは思わなかったけどな・・・。』


「琢磨・・・お前・・・・。」


余計な事をするなと言おうとしたが、琢磨に先を越された。


『言っておくが・・・俺は余計な事をしたとは思っていないぞ?まず・・・翔。先にプライベートを何とかしろ。そんなんじゃ会社に影響が出てしまう・・・。なあ・・家政婦を雇ってみたらどうだ?そうすれば少しはお前の負担が減るんじゃないか?』


「家政婦・・・・。」


それは思いがけない提案だった—。






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