3-9 クリスマスプレゼントに欲しいものは

「朱莉・・・。もう鳴海さんと入籍して半年以上経つけど・・まだ会う事は出来ないのかしら・・?」


今日も朱莉の母は面会に訪れた朱莉に尋ねて来た。


「うん・・・ごめんね・・・。お母さん・・・・。翔さんて、鳴海グループの副社長で・・・凄く忙しい人だから・・どうしても面会に来る事が出来なくて・・・。」


朱莉は母の為にリンゴの皮を剥きながら俯き加減に答えた。


「そう・・・なの・・?」


「うん、そうなの。だから・・・もう少しだけ待っていてくれる。」


朱莉は寂しげに笑った。


「え、ええ・・。分かったわ。ところで朱莉・・・。」


「何?お母さん。」


「朱莉、今・・・幸せに暮らしているの?」


「嫌だなあ。お母さんたら・・・幸せに暮らしているに決まってるでしょう?はい、リンゴ剥いたから食べて?」


朱莉は笑顔で母親に皿に乗せたリンゴを手渡した。


「ありがとう、朱莉・・。」


「お礼はいいから早く食べてみて?すごく美味しいんだから。翔さんがお母さんにって買ってきてくれたんだから?」


「そうよね・・・。いつもありがとうございますってお礼伝えておいてね?」


朱莉の母は弱々しい笑顔で朱莉に言った。


「うん、勿論。ちゃんと伝えておくね。」


朱莉の母は一緒にリンゴを食べている娘の横顔をじっと見つめると思った。

朱莉は・・・・・幸せにくらしているのだろうか?とても今の様子を見る限りは幸せに暮らしているとは到底思えなかった。むしろ缶詰工場で働いて1人暮らしをしていた時の朱莉の方が、生き生きとして見えるのだった。


(朱莉は・・・誰にも相談できない様な重大な辛い秘密を抱えているのかもしれないわ・・・。)


しかし、とてもそれを確認する事は出来なかった。何故なら少しでも朱莉に鳴海翔の事を尋ねようとすれば悲し気な顔を見せるのでとても聞きだす気にはなれなかったのだ。

朱莉と鳴海翔の結婚生活については、この話が出た時からずっと疑問に思っていた。


(朱莉・・・もしかして貴女・・・私の為に鳴海家に身売りしたの・・・?)


しかし、その事実を朱莉の母は尋ねる事が出来なかった・・・。



「それじゃ、また明日来るね。お母さん。」


「ねえ・・・、朱莉。何も毎日面会に来なくてもいいのよ?大変じゃない?」


朱莉が部屋を出ようとした時、母が声を掛けてきた。


「ううん。そんな事無いよ。毎日お母さんの顔見ないと安心出来無いから・・・。それじゃまた明日ね。」


朱莉は笑顔で手を振ると病室を後にした。




「ふう・・・・。今日もまたお母さんに嘘をついちゃったな・・・・。」


イルミネーションが美しい町中を歩きながら朱莉は溜息をついた。

朱莉は毎日母の病院の面会に行っている。その際は必ず見舞いの品を欠かさず買って持って行くのだが、いつも母に渡すときは『翔からの見舞いの品』と言って渡してきたのである。

何せ、翔と朱莉が入籍してもう半年以上が経過するのに、未だに朱莉の母と翔は一度も顔合わせをしたことが無いのだ。けれども朱莉自身、鳴海家の親族とは明日香意外に一度も会った事が無いので、とても琢磨に母に会いに行って欲しいとは伝えられなかったのだ。


ただ・・・もし仮に翔の方から朱莉にクリスマスプレゼントのリクエストを尋ねられた場合は、母の面会に行って欲しいと願いを伝えようと思っていたが、それすら難しいのだろうと、朱莉は昨日翔から届いたメッセージで感じた。


「ごめんね・・・・・お母さん。心配かけて・・・。」


その時、朱莉はショーウィンドウに飾られているパーティードレスが目に留まった。


青いレースのフリルの袖にサテンのように光沢のある濃紺のパーティードレスはすごく素敵だった。


「素敵・・・。一度でもいいからこんなドレスを着て・・・パーティーに行ってみたいな・・・。」


思わず小さく呟いていると背後から突然声を掛けれられた。


「あの・・・?もしかすると副社長の奥さまですか・・・?」


「え?」


聞き覚えある声に振り向くと背後に立っていたのは琢磨であった。


「こんばんは、九条さん。偶然ですね・・・。」


「はい、実はそちらのビルに用事があって来ていたんですよ。このドレスを見ていたんですか?」


琢磨は青いドレスを指さすと尋ねた。


「あ。は、はい。素敵なドレスだなと思って・・・・・。」


朱莉は頬を染めながら答えた。


「確かに素敵ですね・・・。奥様に似合いそうですね。」


琢磨は笑顔で答えた。


「あ、いえ。ただ見ていただけですから。それにあったとしても宝の持ち腐れになってしまいますし。」


「そうでしょうか?今後必要になるかもしれませんよ?」


琢磨は首を傾げながら言ったが、次の瞬間息を飲んだ。それは朱莉があまりにも悲し気な目でワンピースを見つめていたからである。


「奥様?どうされましたか?そう言えば・・・何故こちらにいらしたんですか?」


「あの・・・九条さん。」


「はい、何でしょうか?」


「奥様って・・・私はそんなんじゃありませんので、どうか・・・名前で呼んでいただけますか?始めの頃のように・・・。」


朱莉は悲し気に言った。


「そう言えば・・・最初は朱莉様と言っていましたね。それでは朱莉様で・・・。」


「いえ、様付で呼ばれるほどの大した人間ではありませんので、さん付けで呼んで頂けますか?」


朱莉は顔を上げて九条を見た。それは・・・・真剣な眼差しだった。


「分かりました。それでは朱莉さんと呼ばせて頂きます。」


九条は笑顔で言った。


「はい・・・。ありがとうございます。あの・・先ほどの九条さんの質問の件ですが・・あの病院に母が入院しているんです。」


朱莉の指さした方向には巨大な病院が建っていた。


「ああ・・・そう言えば、朱莉さんのお母様は転院してあちらの病院に移られたのですよね?それでは今は面会の帰りなのですね?」


「はい・・。」


そこで朱莉は一度口を閉ざすと言った。


「あの・・・翔・・さんは・・・。」


「はい、副社長ならお元気にしておられますよ?朱莉さんはもう副社長にクリスマスプレゼントのリクエストはされたのですか?」


朱莉がその言葉に一瞬ビクリと肩を動かすのを琢磨は見逃さなかった。


「もしかすると・・・朱莉さんは副社長にリクエストされていないんですか?」


琢磨は声のトーンを落とした。


「あ、あの・・・私からリクエストなんて、そんな図々しい事は出来ませんから。」


「副社長から・・・・聞かれなかったんですか?リクエストの話は・・?」


「は、はい。そうですね。それに・・・たとえリクエストを聞かれても・・・その願いが叶うかどうか・・。」


そこまで言うと朱莉はハッとなった。いくら翔の秘書だとは言え・・・話し過ぎてしまった。


「すみません、九条さん。私・・・用事があるのでこれで失礼しますね。」


「は、はい。分かりました。ではお気をつけてお帰り下さい。」


「ありがとうございます。では失礼致します。」


朱莉は頭を下げると、慌てたようにその場を足早に去って行く後姿を琢磨は黙ってみつめていた。


(翔の奴・・・一体何を考えているんだ?明日香ちゃんにあげたらいいクリスマスプレゼントを朱莉さんに尋ねておいて、彼女には何も聞いていないのか・・・?!)


九条は踵を返すと、翔のいるオフィスへと急いだ。


(くそっ!オフィスに戻ったら・・・翔の奴を問い詰めてやるっ!)





「翔!」


琢磨は乱暴にドアを開けるとオフィスの中へと入って来た。


「ああ、お帰り、琢磨。うん・・・?何だ?何をそんなにイラついているんだ?」


翔は琢磨の様子に気づき、声を掛けた。


「ああ、これがイラつかずにいられるか。」


琢磨はネクタイを緩めながら翔の前に立つと言った。


「おい、翔!お前・・・明日香ちゃんのクリスマスプレゼントのアドバイスは受けたくせに朱莉さんには何も尋ねなかったんだ?」


「あ、ああ・・・。いや・・・明日香と同じものでいいのかと思って・・・。」


「何だよ、それ・・・・。本当にそんな事していいと思っているのか?明日香ちゃんや朱莉さんに知られたらどうする?」


「やはり・・・まずいだろうか・・?」


翔は神妙な面持ちで琢磨に尋ねた。


「・・・知るかっ!俺だって・・・女心なんか良く知らん。なんならカウンセラーに相談してみればどうだ?」


半ば冗談で琢磨は言ったつもりであったが・・・後日、琢磨は本当にカウンセラーに相談していたのであった―。



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