3-1 旅行の代償
「はあ~・・・・」
モルディブ旅行から帰国して5日目・・・・・翔はPCに向かいながら大きなため息を付いた。
「おい、何だよ・・。そんな幸せが逃げていきそうな大あくびをして・・・そんなだらしない姿を取引先に見られたらどうするんだよ。この会社は景気が悪いのかと思われるだろう?」
同じくデスクで仕事をしていた琢磨が顔を上げると翔を咎めた。
「そんな事言ったって・・・今俺は非常にまずい立場に立たされているんだよ・・。」
そして再び深い溜息をつく。
「何だよ・・仕事の事で何か困った事でもあったのか?だったら秘書の俺にまず相談するのが筋だろう?さあ、何だ?もしかして取引先と何かトラブルでもあったのか?」
琢磨は翔のデスクに近付くとPCを覗き込むと言った。
「うん?画像加工プリントサービス『フォトグラフ』・・・何だ、これは?」
それは文字通り写真を修整、加工してくれるサービス会社のHPであった。
「ああ・・・。ちょっと写真を加工してくれるサービス会社を調べていたんだ。」
翔は頭を抱えながら言った。
「ふ~ん・・・。お前ひょっとすると今度は映像加工サービスの業界にも乗り出すつもりなのか?」
琢磨の質問に翔は言った。
「何言ってるんだ。そんなんじゃない。まあゆくゆくはそっちの業種に手を伸ばすのもありかもしれないが・・全く今はその話は無関係だ。」
「じゃあ何の為に調べていたんだよ。」
すると、途端に翔の顔が曇った。
「実は・・・・。」
「うん?」
「会長から・・・メールが届いたんだ。」
翔は重そうに口を開く。
「メール?どんな内容なんだよ。その表情からすると・・厄介な案件なのか?ひょっとすると・・・この間の特許志願が通らなかったとか・・・?」
琢磨が少し慌てたように言う。
「違うっ!そんなんじゃないんだ・・・。個人的な・・・事だよ・・。」
「個人的な事・・?お前自身についてか?」
「ああ・・。」
「そうか、なら問題解決に向けて頑張れよ。」
琢磨が背を向けてデスクに引き返そうとするのを翔が引き留めた。
「琢磨!お前に・・・頼みがあるんだ・・・。聞いてくれるか?」
「はあ~・・・・。ったく・・またかよ。お前の頼みはいつもろくな頼みじゃ無いんだからな・・・。」
「そこを何とか頼む!朱莉さんについての事なんだ・・・。」
「朱莉さんについての事・・?」
「お前・・・以前に言ってくれただろう?朱莉さんを紹介したのは自分にも責任があるから・・協力するって。」
「お・・・おまえなあ・・俺は確か責任はあると言ったが、協力するとまでは言ってないぞ?勝手に話の内容を変えるなよ。」
「駄目・・か?」
翔は俯いて溜息をついた。そんな様子を琢磨は黙って見ていたが・・・・。
「ああ・・・まったく・・!分かったよっ!どんな要件だよ。ほら、言ってみろ。」
琢磨は前髪をクシャリとかきあげると言った。
「本当か?琢磨。やはり・・・持つべき者は友だな?」
翔は嬉しそうに言うが、琢磨はぴしゃりと言った。
「いいか、翔。勘違いするなよ?俺が引き受けるのは・・・お前がプライベートな事で足を引っ張られて会社に悪影響が出たら困るから引き受けるんだ。何もお前の為じゃないからな?それだけはよく覚えておけよ。」
琢磨は翔を指さしながら言う。
「いや・・・それでも俺はお前に感謝するよ。琢磨・・・有難う・・。」
「全く・・それで俺にどうしろって言うんだ?」
「ああ。実は・・・会長から俺と朱莉さんのモルディブ旅行をした時の写真を送ってくれと頼まれたんだ。」
「何だ、そんな事か。いいじゃないか、送ってやれば。それがどうして俺の協力が必要なんだよ。」
「・・・無いんだ。」
翔は言いにくそうに口を開く。
「は?何が無いんだ?」
「写真が・・・無いんだ・・・。俺と・・朱莉さんが2人で映っている写真が・・・。」
琢磨はそれを聞いて耳を疑った。
「!お・・おい!待てよ、翔っ!そもそも・・2人でモルディブへ行った証拠を会長に見せる為に行った旅行じゃ無かったのか?何故お前と朱莉さんのツーショットが無いんだよ!」
「明日香が・・・常に一緒だったから・・・朱莉さんとの2人で映る写真を写す事が・・出来なかったんだ。」
「それで?朱莉さんにはお前と明日香ちゃんのツーショットの写真を何枚も撮らせて?挙句には2人のキスシーン迄写させたんだろう?お前・・・一体なにやってるんだよ!」
琢磨は流石に我慢の限界で声を荒げてしまった。
「ああ・・・そうだ。俺は・・・本当に最低な男だ。明日香の御機嫌取りばかりして・・・彼女を・・・朱莉さんを傷付けてしまった。」
「くっ・・・!ま、まあ・・・過ぎてしまった事はもうどうしようもないが・・・・。うん?待てよ・・・もしかしてお前がさっき見ていたHPって・・。まさか・・?!」
「ああ・・・。朱莉さんの写真を借りて・・そこの会社に画像の加工を依頼しようかと思って・・。最短2日で仕上げてくれるそうなんだが・・・。それで琢磨から朱莉さんのモルディブで撮影した画像ファイルを送って貰えないか頼めないかと思ってって・・・琢磨、どうした?」
翔は琢磨が肩を震わせている事に気が付き、声を掛けた。
「お・・・お前なあっ!ふざけるな!いいかげんにしろよ!自分が今何をやろうとしているか・・分かってるのか?!会長に2人がモルディブ旅行へ行った証拠写真を見せなくてはならないので、朱莉さん。申し訳ありませんが、モルディブで撮影した朱莉さんの写真を拝借出来ないでしょうかって俺にその台詞を言わせる気かよっ!」
「その・・・まさかなんだ・・・。」
琢磨は怒りで顔が赤くなり、翔の顔色は青ざめている。
何とも対照的な2人は暫く視線を交わしていたが・・琢磨の方が折れた。
「分かったよ・・・。俺から朱莉さんに・・頼んでみるが・・いいか?翔。後で・・必ず何らかの形で朱莉さんに詫びるんだぞ?」
「ああ・・・分かってるよ・・・。」
「全く、俺もどうかしてると思うよ。お前や明日香ちゃんのような奴と関わって・・まるで悪魔の手先にでもなったかのような気分だよ。・・本当に朱莉さんが気の毒で堪らないよ・・。」
琢磨の言葉に翔は項垂れながら言った。
「ああ・・・だから・・・琢磨。お前には悪いが・・・朱莉さんに優しくしてあげてくれないか?」
「翔・・・自分で何を言っているのか分かっているのか?本来優しくするのは俺じゃ無くてお前の仕事だろう?それを秘書の俺に言うか・・普通。」
しかし、それだけ言うと琢磨はすぐに自分のスマホを取り出すと、メッセージを打ち始めた。
「琢磨?何してるんだ?」
翔が怪訝な顔つきで、琢磨に尋ねた。
「ああ・・・だからさっき俺が言ったと通りの言葉をメッセージにして朱莉さんに贈るんだよ。」
そして琢磨はメッセージを打ち込み終えると、朱莉のプライベート番号のアドレスにメッセージを送った。
「よし、送ったぞ。・・・後は朱莉さんのメッセージが来るのを待たなくてはな。」
それからものの5分で朱莉から返信が届いた。それを読むと琢磨の表情が曇った。
「どうした?琢磨。朱莉さんからなんだろう?そのメッセージは。」
「朱莉さん・・・モルディブでは・・・風景写真しか撮っていないそうだ・・・。」
「え・・?」
「ああ、撮影出来るはず無いよな?何せお前達は常に一緒に行動していたが・・・朱莉さんは1人だっただろう?!確かにガイドが付いていたかもしれないが・・自分を撮影して貰うのは・・・気が引けたんじゃ無いか?」
「そうか・・・。それならば、もう後は・・・朱莉さんに自撮りで写真を撮って貰って・・・それを加工してもらうしか・・・。」
翔の言葉に琢磨は深いため息をついた。
もうこの男には何を言っても無駄なのかもしれない。
本当に・・・翔には人間の血が流れているのだろうか・・・と密かに思う琢磨であった。
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