3-2 明日香と琢磨の口論

 朱莉から自撮り写真の画像を受け取り、写真を加工編集して貰った翔は写真が出来上がったその日のうちに、祖父にメールに添付して送った。

祖父からはモルディブのハネムーンを楽しめたようで良かったなと後日メールが入って来たので、翔は一安心していたのだが・・・。



「お早う・・・って何だよ!翔。朝っぱらから辛気臭い顔して・・・!」


オフィスに入って来た琢磨は難しい顔つきでデスクに座っている翔を見ると驚いた。

翔はそれ程髪が乱れ、酷い顔色をしていたのである。


「あ、ああ・・お早う、琢磨。」


翔はぼ~ッとしていたが、琢磨に気付くと、顔を上げた。


「おいおい・・・しっかりしてくれよ。今日は取引先と商談があるんだろう?

あんまり・・・聞きたくは無いが、一応聞いておく。・・・昨夜、明日香ちゃんと何かやりあったな?」


「あ。ああ・・・。まあな、多少は・・・。だが、問題はそこじゃないんだ。」


翔は溜息をついた。


「何だよ、だったら早く言え。それで何があった。早いとこ今抱えている問題を解決しなければ、午後の大事な商談に影響が出てしまうだろう?!」


琢磨がバンと机を叩きながら言った。


「あ、ああ・・・。実は会長が1週間後・・・日本に一時的に帰国してくるんだ。」


「え?そうだったのか?初耳だ・・・それは昨夜決まった事なのか?」


「ああ。・・・そうだ。」


「ふ~ん・・・それで明日香ちゃんが荒れたわけか・・・。明日香ちゃん・・・子供の頃から会長とは反りが合わないって言ってたものな。」


「いや。明日香が荒れていたのはそれだけが原因じゃないんだ・・・。」


「何だ?まだ・・・何かあるのか?」


「会長・・・・祖父が・・俺と朱莉さんの新婚生活の様子を見たいから・・新居に遊びに来ると言って来たんだよ。」


翔は椅子の背もたれに寄りかかると深いため息をついた。


「・・・ひょっとしたら・・・あのモルディブでの写真に・・・何か違和感を感じたかもしれない・・・だからだろうか・・・?」


翔は両手を組んで、顎を乗せると考え込むかのように言った。


「だから俺は言ったんだ!お前が写真を画像加工に出すときに・・。会長は勘のいいお方だ。下手な小細工をしても嘘はバレるぞって・・・。何か怪しいと思われたんじゃないのか?でもな、翔。それはな・・・お前の自業自得だからな?最初から明日香ちゃんが文句を言おうが何しようが、モルディブでちゃんと朱莉さんとの写真を撮っておかなかったお前の責任だ。明日香ちゃんの矢面から朱莉さんを守る為に、波風立てたくないって一度俺に言った事があるが・・・俺から言わせるとな、お前は明日香ちゃんからも朱莉さんからも逃げているだけなんだよっ!」


「・・・。」


流石に琢磨の言葉が突き刺さったのか、翔は何も言えずに黙り込んでしまった。


「あ~、くそっ!いいか、取り合えずせめて体制だけでも整えておくしか無いだろう?朱莉さんの家には・・・お前の日用生活品は・・・揃っているのか?」


琢磨はイライラした様子で言った。


「あ、ああ・・・。多分、食器類は揃えてあると思うが・・・・。」


「それじゃ、お前の衣服は揃ってるのか?」


「・・・分からない。」


琢磨は溜息をつくと言った。


「・・・・本当に呆れた奴だ・・・・。いいか。俺が朱莉さんに連絡を入れておくから・・仕事が終わったらお前は朱莉さんのマンションへ行って部屋の様子を見て来い。だから・・お前は今は目の前の仕事の事だけ考えてろ?いいな?!」


そして琢磨は背広を掴むと言った。


「俺は少し外へ出て来る。お前は商談の準備をしていろ!分かったな?」


それだけ言い残すと、琢磨はオフィスを後にした。目指すは明日香と翔の住む部屋へと―。




それから約40分後―


ピンポーン・・・。


琢磨は明日香と翔が住む部屋番号を呼び出した。


『どうぞ。』


スピーカー越しに明日香の声が聞こえ、それと同時にガチャリと鍵の開く音が聞こえた。


「・・・。」


琢磨は無言で億ションの入口から中へと入って行く。




インターホンを押すと、ガチャリとドアが開けられて不機嫌そうな明日香が顔を覗かせた。


「・・・随分早かったのね。琢磨。」


明日香は露骨に嫌そうな視線を琢磨に向けるが、それを気にも留めずに琢磨は言った。


「ああ、急いでここへ向かったからな。それじゃ、中へ入らせて貰うよ。」


「ちょ、ちょっと・・・っ!!」


明日香の非難する声も、ものともせずに琢磨は部屋に上がり込むと、翔の衣服やらスーツを片っ端からクローゼットから出していく。


「な・・何するのよっ!琢磨っ!」


明日香は琢磨が翔の背広に手をかけた時、片側の袖を掴んで引っ張りながら言った。


「翔の服を何処へ持って行くつもりよ!」


「それを俺に聞くのか?明日香ちゃん。・・翔から聞いたぞ?昨夜会長から連絡が入ったそうだな?近々日本に一時的に帰国するって・・・それで朱莉さんと翔の新婚生活の様子を見たいって言って来たそうじゃないか。恐らく朱莉さんは翔の日用生活品は用意してるだろうが流石に服までは用意していないだろう?だからこの部屋から翔の服を朱莉さんの部屋に移動させるのさ。」


琢磨はニヤリと不敵な笑みを浮かべながら明日香に言う。


「な・・・何ですって・・・!彼女の部屋に翔の服を・・ですって?嫌よ!そんな事させないわっ!翔の服なら彼女が適当に買って用意すればいいでしょう?」


「・・・随分無茶な事を言うんだな?女性が1人だけで、男性用の服やら下着を・・ほんの数日で揃えきれると思ってるのか?何せ、お前達兄妹が来ている服は全てブランド品ばかりだしな?」


「ちょっと!私と翔を兄妹って言わないでよっ!」


明日香はヒステリックに叫んだ。


「何がいけない?世間的には明日香ちゃんと翔は血の繋がりは無いが、戸籍の上では立派な兄妹だ。会長だってそれを分ってるからお前達の結婚を認めていないんだろう?いいか・・・今から俺がやろうとしている事に文句を言ったり、この件で朱莉さんに言いがかりを少しでもつける様なら・・・俺は全て会長に報告するぞ?2人の結婚が偽装だと言う事も・・・偽造結婚に関する契約書・・・あれを全て作ったのはこの俺だ。それらを全て会長に証拠として提出する。そんな事になれば・・・明日香ちゃんも翔も・・・終わりだぞ?きっとそれらが知れたら会長はお前達を許さない。翔に会社を継がせるって話も・・・消えて無くなるかもしれないぞ?」


「・・・・!琢磨・・・!私を・・・私と翔を脅迫する気ね・・・?!」


「いや、別に俺は脅迫している気はまるきり無いぞ?ただ俺のやろうとしている事に口を出さないで貰いたいだけだ。何、会長の朱莉さんと翔の新居の訪問が済めば、元通り返してやるからさ。ただお前は翔の服を朱莉さんに預けるだけだ。何も難しい事じゃない。」


琢磨は明日香を覗き込むように言う。


「・・・・だから・・・私は昔から・・・貴方が嫌いなのよ・・・っ!」


明日香は涙目になりながら琢磨を睨み付ける。


「フン・・・そんなのは昔から知ってるさ。ほら、分かったら服をよこせ。・・・破れたらどうするんだ?」


未だ服の引っ張り合いをしながら口論を続けていた琢磨と明日香であったが・・ついに明日香の方が折れて、琢磨の服から手を外した。

琢磨は自分の方に服を引き寄せると言った。



「いいか?俺は翔程甘く無いから、はっきり言うぞ?明日香ちゃん・・・自分の立場を良く分かっていない様だかな・・・。本来、明日香ちゃんは鳴海家において貰っている立場だって事を忘れるんじゃない。会長の考え次第では・・・自分の身がどうなってしまうのか・・・もう少し利口になった方がいい、まあ、確かに明日香ちゃんには同情すべき事情があるが・・・それにしても朱莉さんに対してやりすぎだ。それじゃ・・・翔の服、借りていくからな。」


琢磨は用意しておいた紙袋に翔の服を詰め込むと、部屋を出て行った。


後に残された明日香は俯いて悔しそうに床を眺めていた。


「そんなの・・・・あんたに言われなくたって・・よく分かってる・・わよ・・・!」


そして悔し涙を拭った—。






 

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