2-16 鉢合わせ

 翌朝-

7時にセットしておいたスマホのアラームが鳴った。

朱莉は目を覚まし、アラームを止める為にスマホに手を伸ばして音を止めた。

その時にメッセージが届いていることに気が付いた。

誰からなんだろう・・・?

すると着信相手は意外な事に琢磨からであった。

え?

九条さん・・・

何かあったのだろうか?朱莉は急いでメッセージを立ち上げた。


『おはようございます。お身体はもうすっかり良くなられましたか?実は昨晩副社長から連絡が入りました。残りの日数は自由行動をするようにと言伝がありましたので、ガイドの方と残りの旅行を楽しんでください。副社長と連絡を取りたい時は私を通して下さい。』


朱莉はそのメッセージを複雑な思いで眺めていた。このメッセージの意図するところは、もう自分とは直接メッセージのやり取りをしたくないという意思表示なのだろうか・・・・?一瞬その内容を読んだ時、朱莉は目の前が真っ暗になりそうになった。

しかし、朱莉はまだ次のメッセージが残っている事に気が付いた。

朱莉はその内容を読んで息を飲んだ。


『日本に帰国後、朱莉さんが元から使用していたスマホから私にメッセージを送って下さい。そちらから今後は明日香さんには内緒の2人のメッセージの橋渡しをさせていただきます。尚、念の為こちらのメッセージを読まれた後は削除して置いて下さい。』


朱莉はそのメッセージを読んでギュッとスマホを胸に握りしめた。

翔先輩・・・・もしかして私に冷たくしていたのは明日香さんから私を守る為だったの・・?

都合の良い考えであるのは朱莉は重々承知していたが、それでも朱莉の為に考えてくれたのだろうと朱莉は信じたていたかった―。





朝10時—


「おはよう、アカリ。」


ホテルのラウンジのソファに座ってガイドブックを呼んでいた朱莉は顔を上げた。


「おはようございます、エミさん。」


笑顔で挨拶するも、エミは怪訝そうな顔で朱莉を見つめると言った。


「ねえ・・・・。アカリ。貴女・・何かあったの?たった数日会わなかっただけなのに・・・随分やつれてしまったように見えるけど・・・まだ体調悪いの?」


心配そうに朱莉の顔を覗き込んできた。


「え・・・?そ、そうですか・・・?」


確かに体重は計ってはいないが、日本から持ってきた服が緩くなっている事には気が付いていた。食欲も殆ど無く、余りたいした食事をした記憶もない。


「言われてみれば・・・ここの所、食欲があまり無くて・・・・。」


するとエミが言った。


「あら!駄目よ。そんな事じゃ・・・まだ若いのに、そんなにガリガリに痩せてたら魅力も半減してしまうわよ。そうだ!今日は私が色々美味しい美味しい料理を提供してくれるレストランに連れて行ってあげるわ!日本へ着くまでには健康的な身体になれるように栄養のある物を食べなくちゃね!それじゃ早速行きましょうっ!」


えみは朱莉の腕を引っ張ってソファから立たせると、手を繋いだ。


「さあ、それではグルメツアーに出発よ!」


エミはウィンクをしながら朱莉に微笑んだ。



エミが最初に連れて来てくれたのは地元のマーケットであった。

モルディブで売られているスイーツや野菜はどれも日本では見た事もない品ばかりで朱莉はすっかり目を奪われていた。



「エミさん。これは何ですか?」


朱莉が指さしたのは直径30㎝ほどで薄茶色の果実であった。


「ああ、これはココナッツ・・・これがいわゆる未成熟の椰子の実よ。」


「ええ!これが・・・あの椰子の実なんですか?」


朱莉は驚いた様に山積みで売られている椰子の実を眺めた。


「あら?アカリ。椰子の実を見るのは初めてなの?」


サングラスを頭に乗せながらエミが言った。


「は、はい・・・お恥ずかしい事に・・・。」


朱莉は頬を染めながら言う。そんな朱莉を見てエミはクスリと笑うと言った。


「あら、何よ。別に恥ずかしがることじゃないわよ。それじゃ、当然飲んだこともないのよね?椰子の実のジュースが飲めるのはこの青い実の状態じゃないと飲めないの。これがもっと成長すると、表面の色がもっと茶色くなって。周囲に繊維がつくのよ。」


「へえ~・・・そうなんですか?ちっとも知りませんでした。」


「それじゃ椰子の実ジュース初体験してみましょうか?」


そしてエミは椰子の実を売っている男性に何か話しかけ、2つ椰子の実を購入した。

男性店員は器用に先端だけ皮を剥いて切り落とすと、太くて長いストローを差し込んでエミに手渡す。

エミは笑顔で受け取ると、朱莉に1つ手渡すと言った。


「向こうにベンチがあるから、そこに座って飲みましょうか?」



2人でベンチに座るとエミが朱莉に言った。


「さあ、アカリ。飲んでみて?」


「は、はい・・・。」


エミに促された朱莉は恐る恐るストローに口を付けると、中のジュースを飲んでみた。


「・・・・。」



「どう?美味しい?」


エミが朱莉を覗き込むように尋ねて来た。


「はい!とっても美味しいです。・・・何だかスポーツドリンクに味が似てますね。」」


朱莉の答えにエミが驚いた様に言った。


「え?そうなの?美味しいの?それじゃ私も飲んでみるわ!」


エミもストローに口を付けると、勢いよく飲み始めた。そしてストローから口を離すと言った。


「まあ!本当に美味しいわっ!この椰子の実は!」


「え・・?あ、あの・・・椰子の実にも美味しいとか不味いとか・・・あるんですか?」


「ええ。そうなのよ。当たりはずれはあるわよ~。中には青臭くて飲みにくいのもあるからね・・。でもこの店のは・・・うん、当たりね!美味しいわっ!」


そして2人は椰子の実ジュースの味を楽しんだ後、引き続きマーケットを散策した。



マーケット散策の後、エミが言った。


「アカリ、モルディブと言ったら何と言っても魚料理よ。私ね、すごく美味しい魚料理を提供してくれるレストランを知ってるの。お店もお洒落で最近人気なのよ。今からそこに行くわよ。栄養のある料理を一杯食べて日本に戻る頃には2~3キロ位体重を増やす覚悟で食べた方がいいわよ。だって貴女痩せ過ぎだもの。」


「ええ・・?そうでしょうか・・?」


朱莉は屈みに映った自分の姿を思い出してみた。・・・そう言えば最近あばら骨が目立ってきたような気がする。


「・・・分かりました。頑張って食べるようにします。」


「OK、そうこなくちゃね?」


エミは楽しそうに笑った。




エミが朱莉を連れてやってきたのは美しい海がすぐそばに見えるシーフード料理の専門店であった。

訪れている客は外国人観光客が多く目立っていた。


「この店はね、リーズナブルな値段ですごく美味しい魚料理を提供してくれる事で有名なのよ?だから外国人観光客にもとっても人気があるの。」


テーブルに着くとエミが説明してくれた。


「アカリ、何を食べたい?」


エミにメニューを手渡されると朱莉は頬を染めて俯いた。


「・・・すみません。英語表記で・・・よく分からなくて・・・。」


「あ、ごめんなさい。それじゃアカリ。私と同じメニューでもいいかしら?」


「はい、是非それでお願いします。」


するとエミは近くを通りかかったウェイターに話しかけ、何やら料理を注文した。


「何を頼んだのですか?」


話しが終わったエミに朱莉は尋ねた。


「それは当然魚料理よ。フフフ・・・楽しみにしていてね。」


「はい、分かりました。」


それから料理が届くまで、朱莉と笑みは世間話をしていた時の事だ。

何気なく入口を見ると、丁度店内に入って来たカップルが朱莉の目に止まった。


そ・・・そんな・・・嘘・・・・っ!


朱莉はその来店客を見て心臓が止まりそうになった。店内へ入って来たのは明日香と翔だったのである。


そ、そんな。どうして・・・?まさかこんな場所で出会う事になるなんて・・・・・。

心臓が急に苦しくなってきた。

呼吸が荒くなる。


「どうしたの?アカリ?」


突然顔色が真っ青になった朱莉を見てエミが声を掛けてきた。


「あ・・・あの・・す、すみません・・・・・。な、何でも無いです・・・・。」


「何言ってるの?何でも無いなんてことないわ!酷い顔色をしてるじゃない。」


エミが朱莉の肩に手を置いた時、突然2人に声を掛けてきた人物がいた。


「あら・・・?そこにいるのは朱莉さんじゃないの?」


「・・・こ、こんにちは・・・。」


朱莉は青ざめた顔で無理に笑顔を作ると明日香に挨拶した。明日香の背後には困り顔の翔が立っていた。


エミはすぐに気が付いた。

(そうか・・・。この2人ね・・・。朱莉を苦しめているのは・・。)


「こんな所で会うなんて凄い偶然ね~。でも驚いたわ。朱莉さんがこんな店に来るなんて・・。ここは隠れ家的名店だからまさか貴女みたいな人が来ているとは思わなかったわ?てっきりどこかの食堂辺りに行ってると思っていたけど・・?」


嫌みたっぷりな言い方に朱莉はズキズキする胸を押さえて俯いた。

そんな朱莉を見てエミが言った。


「こんにちは。私はアカリのガイドを務めている者ですけどね・・・。そう言う貴女こそ、ガイドブックを見て、この店を訪ねて来たんでしょう?その手に持ってるのは飛行場に置いてあるガイドブックよね?大体の観光客は皆そのガイドブックを持ってやって来るのだから。だけどね・・・・この店はね、お得意様にしか出さない特別な裏メニューがあるのよ。私達はそれを食べに来たけれど・・・新顔のあなた方には恐らく提供してくれないでしょうね?お気の毒だわ・・・この店の裏メニューこそが真の味だと言うのに・・・食べる事が出来ないんですものね?」



それを聞くと、途端に明日香の顔が怒りで真っ赤に染まる。


「な・・・なんですって・・・・貴女、ただのガイドのくせにそんな口を利くなんて生意気ね・・・!」


しかし、エミは負けじと言った。


「あら?それでは貴女はただのガイドが食べられる料理を口に出来ないって言う訳ね。・・・情けない事。」


「!!こ、この私にそんな口を利くなんて・・・!」


明日香の顔が怒りで染まる。


「お、おい!明日香。落ち着け。」


翔は必死で明日香を宥めようとしている。


「何よ!離しなさいよ!翔!!」


明日香はヒステリックに叫ぶと、そこへ店員がやってきて翔と明日香に何か話しかけている。

その直後、明日香が激しく怒鳴った。


「分かったわよ!出て行くわよ!出て行けばいいんでしょう?!こんな店・・・二度と来てやるもんですか!!」


ヒステリックに叫ぶと、足早に店を去っていく。翔は一瞬朱莉をチラリと見たが、すぐに目を伏せて慌てて明日香の後を追って行った。


やがて店内が納まるとエミは朱莉に話しかけた。


「大丈夫・・・・?アカリ。」


「は・・・はい・・・。だ、大丈夫です・・・。」


「あの人達なんでしょう?アカリが一緒にこの島へやって来た2人って・・・。」


朱莉は黙って頷く。


「ごめんなさいね。余計な事しちゃったかしら・・でもどうしても・・・我慢出来なくて。」


エミは申し訳なさそうに謝って来た。


「いいえ。だって・・・エミさんは私の為にあんな態度をとってくれたんですよね?」


「うん・・・まあね・・。」


「ありがとうございます。」


「え?」


エミは朱莉を見た。


「嬉しかったです・・・。私の為に・・・本当にありがとうございました。」


そして朱莉は儚げに笑った—。










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