2-15 夜の会話と過去の記憶
<なんだよ、翔・・・突然電話を掛けてきたくせにだんまりなんて。>
電話越しから琢磨の声が聞こえてくる。
「いや・・・何となくお前の声が聞きたくなってな・・・。」
<・・・。>
「なんだ?琢磨。俺の話・・聞いてるのか?」
琢磨から返事が無いので翔は再度声を掛けた。
<聞こえてるよ。それよりなんだよ、気色悪いな・・・。男から声が聞きたくなったって言われたのお前が初めてだ。前代未聞だよ。で・・まさか、その為に俺に電話を掛けてきたって言うのか?>
「ああ・・・そうだ。」
ためらいがちに翔が言う。
<・・・おい!翔・・・お前ふざけてんのか?今何時だと思ってるんだ?真夜中の2時だぞ?そっちは何時なんだよ。>
「ああ・・・22時くらい・・かな?」
翔はチラリと時計を見ながら言う。
<おい!東京の方が4時間も時差が早いじゃないかっ!いい加減にしろよ?こっちも明日は仕事なんだぞ?こんな時間に電話がかかって来るから、何か緊急事態でもあったかと思うじゃないか!びっくりさせるなよ。>
「あ・・・ああ、そうだった。モルディブと日本は・・・時差があるのを忘れていたよ。すまない、悪かった。」
受話器越しから琢磨の大きなため息が聞こえてくる。
<おい・・・翔。何かあったんだろう?いいから話してみろよ。もう目も覚めてしまったしな。>
「悪いな・・・琢磨。」
<ば~か。今更なんだよ・・・。それで?何があったんだ?>
「実は・・・。」
翔は重い口を開いた。明日香が朱莉の前で翔と明日香のキスシーンの写真を撮らされた事、朱莉への嫌がらせがエスカレートしない為に、自ら朱莉を無視するような態度を取ってしまった事・・・そして・・明日香がわざと自分達の情事の時間に朱莉を呼び出して、その現場を彼女に見せてしまった事・・・。それらを全て琢磨は聞いていたが、やがて深いため息をついた。
<おい・・・。なんだよ、それ・・今の話・・本当か?>
「ああ・・・。本当だ。」
<まじかよ・・・酷い話だな・・・。>
「ああ・・・本当だな・・・。」
<おい、まるで他人事のような言い方をしているようだが・・・。いいか?これは明日香ちゃんに限らずに話してるんだぞ?翔、お前も明日香ちゃんと同罪だ。いや、俺から言わすと明日香ちゃんよりも酷い男だ。>
「俺が・・?」
<なんだよ。まさか・・自覚していないのか?>
「い、いや・・。そんな事は無い。俺は・・本当に酷い、最低な男だよ。」
<こうなる事は・・・お前、本当は薄々気付いていたんじゃないのか?だからこそ、朱莉さんがモルディブ行きを断った時、連れて行くのを諦めようとしたんだろう?>
「ああ・・・そうだったな。琢磨、お前の言う通りだ・・・。だが、俺には明日香に対する負い目がある・・・。」
<だから?明日香ちゃんから離れられないと?どんな我儘でも目をつむって許しているとでも言いたいのか?>
「・・・そうだ。」
<お前・・・それって、本当に明日香ちゃんを愛している事になるのかよ・・・。>
「!」
翔は息を飲んだ。
<いいか?確かに明日香ちゃんがあの時怪我をしたのはお前のせいかもしれないが・・今は傷跡だって残っていないじゃないか。見た目だって普通と全く違いが無いし・・・。あんななのはもう時効だ。・・・そうは思わないのか?>
「だ、だが・・あの時の当時の明日香は・・・本当に酷い怪我を負って・・・医者からも一生傷跡は残るって・・・。」
<だが、実際はどうなんだよ?当然・・・男女の仲なんだ。傷跡があるか無いかくらいは分かるだろう?>
「・・・今は・・・殆ど目立たない。だが・・・。」
<ああ。もういいよ、分かった。悪かったな・・・。昔の事思い出させて・・。>
「ああ・・・。」
<おい・・・本当にそんなんでこの先、ずっと明日香ちゃんのヒステリーに付き合いながら結婚生活を続けていけるのかよ・・・。>
「・・・大丈夫だ。あの時に・・・そう決めたからな・・。」
自長期気味に笑いながら翔は言った。
<翔・・・明日香ちゃんがあんな風になったのは・・。>
「うん?あんな風になったのは・・・?」
<いや、何でもない。そんな事よりもだ・・この旅行の間はもう朱莉さんとは接触するな。明日香ちゃんにもそう言え。朱莉さんに構うなって約束させろ。・・・それ位は出来るだろう?>
「・・・ああ。やってみるよ。」
<全く・・・頼りない返事だな・・・。>
「なあ、琢磨。」
<なんだよ。そろそろ切るぞ・・?明日も早いんだから。>
「こんな事、お前に頼むのはどうかしていると思うんだが・・・聞いてくれるか?」
<・・・・言うだけ、言ってみろよ。>
「今後は・・・なるべく朱莉さんとも連絡を取り合いたいと思っているんだ。ただ・・・。」
<ただ・・?>
「明日香には知られるわけにはいかない。もしばれたら朱莉さんに風辺りが強くなる。」
<ん?そう言えば・・・お前一体何所で電話かけてるんだよ?>
「ホテルのバーだ・・・。」
<チッ、ほんとにいい身分だな?まあいいや。それで話の続きは?>
琢磨が促す。
「ああ、それで今後はお前を通して朱莉さんと連絡を取りたいと思ってる。いいだろうか・・?」
<はあ?おまえ・・・本気で言ってるのか?>
「本気だ。・・駄目か?」
<・・・・本当なら断ってやりたい案件だよな・・・。けど・・。>
「うん?」
<朱莉さんを選んでお前に紹介したのは他でもない。この俺だ。・・ある意味、俺にも責任がある・・・。>
「それじゃ・・・いいのか?」
<ああ、仕方が無いさ・・・。だがな、ずっと続くとは思うなよ?少しずつお互いの関係を改善させて・・ゆくゆくは俺を通さなくても連絡を取り合える仲になれるようにせいぜい、努力するんだな。>
「分かった・・・。善処するよ。」
<なんだよ、その言い方は・・・。それじゃ、切るからな。お前も・・・いつまでも一人でバーなんかで飲んでいないで早く部屋へ戻れよ。・・・明日香ちゃんの機嫌を損ねないようにな。>
そういうと、受話器は切れた。
翔はスマホをバーカウンターに乗せると、再びため息をつくのだった。
朱莉は夢を見ていた。
それは朱莉が高校生の時の夢だった。朱莉は入学式の時、吹奏楽部の合奏を聞いた。
そこでホルンを演奏していた学生に目を奪われてしまった。
(うわあ・・・何て素敵な男の人なんだろう・・。)
人目を引くような見事な容姿。長い指先で楽器を操る姿はまさに神々しくも見えた。
(あそこで楽器を吹いているって事は・・・私よりも先輩って事なんだ・・・。)
あんな素敵な人とお近づきになれたらな・・・。
そして朱莉は吹奏楽部の部室のドアを叩いた-。
「あ・・・・。」
明け方-
突然朱莉は目が覚めた。ベッドサイドに置かれた置時計は5時を指していた。
「・・・久しぶりに高校時代の夢・・見ちゃったな・・。」
ベッドの中でポツリと呟き、朱莉はゆっくり起き上がった。
もう目はすっかり覚めてしまったので、そのまま朱莉は服に着替えると、散歩に出たくなり、ビーチに出た。
サクサクと砂浜を歩いていると、朱莉は海を見ながらボトルごとアルコールを飲んでいる男性を見かけた。
(え・・・?こんな朝早くから瓶ごとお酒を飲んでる人がいる・・?)
もし、酔っ払いなら絡まれてしまうかもしれないと思った朱莉は引き返す前にもう一度だけ、その人物を見て心臓が止まりそうになった。
(う・・うそ・・・翔・・先輩・・?)
何と砂浜で瓶ごとお酒を飲んでいたのは翔である。しかもかなり酔いが回っているようで、どことなくフラフラしているようにも見えた。そして、とうとう砂浜に倒れこんでしまった。
(翔先輩っ!)
慌てて駆け寄ろうかと思ったが・・・朱莉は動きを止めた。
(駄目だ、私が近づいたら・・・きっと翔先輩は私が傍に行けば嫌がるから・・・。)
そこで朱莉はホテルに戻ると、カウンターのスタッフにスマホの翻訳アプリを使い、本館に宿泊中の男性客がビーチで眠ってしまってることを伝えた。
そして部屋へと戻り、再びベッドの中に潜り込んだ。
眠りにつく寸前、朱莉は思った。
今日は良い1日でありますように―と。
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