2-8 琢磨と明日香
午後8時—
翔のスマホが鳴っている。着信相手は琢磨からだった。
「はい、もしもし。」
「もしもし・・・って明日香ちゃんか?!」
「ええそうよ、琢磨。何?仕事の話かしら?」
明日香はベッドの上でワインを手に取ると優雅に飲んだ。
「いや・・・別にそういうわけじゃ・・・。翔はどうしたんだ?」
「シャワーを浴びに行ってるわ。」
「ああ、そうか。と言う事は食事は済んだのか?」
「ええ、そうよ。今日はモルディブでも有名なレストランに行ってきたのよ。やっぱりこの国の魚料理はおいしいわね。」
明日香はその時の事を思い出しながら話す。
「ああ、そうかい。それは良かったな。」
電話越しに琢磨のイラつきを感じた明日香は言った。
「あら、何よ。琢磨。随分イラついているじゃない?さては私達だけモルディブで羽を伸ばして自分だけは日本で仕事をしているから、八つ当たりでもしてるのかしら?なら貴方も来月休暇を取ってここに来ればいいじゃない。海は綺麗だし最高よ?」
もう一杯、ワインを飲み干すと明日香。
「おい・・・明日香ちゃん。もしかして・・酒でも飲みながら話してるのか?」
「あら、良く分かったわね?」
「当り前だろう?さっきから会話の合間合間に何か飲み干す音が聞こえてくるんだから・・・おい、電話中に酒はやめろよ。気が散る。」
「ほんとに・・・琢磨って昔から遠慮なしにずけずけと言いたい事言ってくれるわね?この私にそんな口聞くの貴方くらいよ?」
「おお、そうかい。それは良かったな?明日香ちゃんに物申せる人物がいてさ。」
「・・・切るわよ?何よ・・・文句を言う為にかけて来た訳?」
明日香はムッとして通話を切りかけ・・・。
「おい!待てよ、おかしいだろう?そもそも俺は明日香ちゃんの携帯じゃ無くて、翔の携帯に電話してるんだぞ?勝手に人の電話に出て、挙句に切ろうとするなんて滅茶苦茶な話だろ?」
「・・・それじゃ、何の為に電話してきたのよ・・。」
すると、はああ~と電話越しに琢磨の溜息をつく声が聞こえてきた。
「ああ・・・もういいや、電話の相手・・・明日香ちゃんでも。」
「何よ?私でもいいって?」
「いいか?俺は朱莉さんの事で電話をかけてきたんだ。」
朱莉と聞いて、明日香の眉がピクリと動く。
「な・・何よ。私はちゃんとやるべきことはやったわよ?彼女の為に飛行機もホテルも全て手配したのは私なんだから。」
「ご丁寧に・・・イヤミをつけてな。」
「な・・何よ、イヤミって!」
明日香は酔いも手伝ってかヒステリックに叫んだ。
「おいおい・・・勘弁してくれよ。電話越しに叫ぶのは反則だ。」
「・・・それでイヤミって何に付いて言ってるのよ。」
「いいのか?指摘しても・・・その代わりもう怒鳴るのは辞めろよ?」
「分かったからさっさと言いなさいよ。」
「ああ、分かった。それじゃ教えてやるよ。いいか?まず初めは出発する日の事だ。明日香ちゃんは翔と事前に成田空港のすぐ隣のホテルに泊まったよな?」
「ええ。そうよ。」
「何故、朱莉さんの分まで部屋を手配しなかった?翔には朱莉さんの分の部屋も予約すると話したんだろう?」
「・・・。な、何で・・琢磨がその話、知ってるのよ?」
「朱莉さんが出発日、俺にこれから電車に乗って空港へ行きますとメッセージを送ってきたんだよ。言っておくが、変な風に勘繰るなよ?俺が朱莉さんに頼まれてここの通訳兼ガイドを事前をお願いしたんだよ。だから、俺には報告しようと思ったんじゃないのか?」
「ええ?!通訳を雇ったですって?何でそんな真似を・・。」
「それは明日香ちゃんと翔が悪いんだろう?何だよ・・・言葉も通じない国で1人で自由行動しろなんて・・・無理に決まってるだろう?だからガイドの探し方を俺に尋ねて来たから、代わりに俺が手配したんだよ。」
「く・・・!」
明日香はその話を聞いて下唇を噛んだ。その様子が受話器越しの琢磨にも感じられた。
「うん?何だ・・・随分悔しそうにしているみたいじゃ無いか?朱莉さんを困らせる事が出来なくてそんなに残念か?」
「な・・何言ってるの?そんなはず無いでしょう?!」
図星を指された明日香は強気な態度で胡麻化した。
「おまけに自分達だけはファーストクラスで彼女はエコノミーか。せめてビジネスクラス位は考えてあげなかったのか?」
「そ・・・そんなの、取れなかったからよ!」
「嘘つくなよ。知ってるんだぞ?鳴海グループの御曹司なんだからVIP待遇で飛行機の座席くらい簡単に抑えられるのは。どうせ・・・彼女は庶民なんだから・・・とでも思ったか?それとも名ばかりとは言え・・・・翔の妻だから彼女が気に入らないか?もしかして嫉妬してるのか?朱莉さんに。でもそれはおかしな話だよなあ?彼女の方がずっと弱い立場なのに・・・」
明日香は痛い所を突かれて、言葉を無くしてしまった。嫉妬?まさか・・・ほんとに嫉妬してるのだろうか?明日香は頭を押さえた。
「なんだ?図星か?まあ、別にいいさ。俺が電話をかけてきたのは、そんな事を言う為にかけたんじゃない。だって今更言っても始まらない事だしなあ?それよりもだ・・・。知ってたか?朱莉さん・・ホテルに着いた途端に高熱で倒れたのは?」
「え?何よそれ・・・?」
そんな話は初耳だ。明日香は受話器を耳に押し付けるようにして琢磨に尋ねた。
「そうか・・・・。やはり知らなかったのか。翔には昨夜電話入れたんだけどなあ。朱莉さんが高熱で倒れたからホテルに様子を見に行ってやれって。明日香ちゃんにはその事伝えなかったのかよ?」
「何も聞いてないわよ!って言うか・・・琢磨。何故日本にいる貴方がそんな事知ってるのよ?」
再び興奮し始めた明日香は声を荒げた。
「おい、だから耳元で大きな声を出すなって言っただろう?ちゃんと聞こえてるから普通の大きさで話せよ。」
「わ・・分かったから話しなさいよ。」
「現地ガイドの女性から連絡があったんだよ。朱莉さんの具合が悪そうだから様子を見に行ってあげるように伝えてくれって。だから俺は翔に連絡をいれたんだけどなあ・・・。」
「!」
その時、明日香が息を飲む気配を琢磨は電話越しに感じた。おいおい・・・まじかよ・・・・琢磨は溜息をつくと言った。
「その様子だと・・・何か心当たりありそうだな?さては・・・止めたか?朱莉さんの所へ行こうとした翔を・・・。」
「だ・・・だって・・そうでしょう?!この旅行は・・・私と翔の為の旅行なんだからっ!」
しかし、静かな声で琢磨は言った。
「いや、勘違いするな。この旅行は会長が翔と朱莉さんの為に用意したハネムーンだ。明日香ちゃんの為の旅行じゃない。」
「・・・っ!」
そうだ、そんな事・・・初めから分かっていた。だから・・朱莉に嫉妬した。そして目に見える嫌がらせを朱莉にしてきたのだ・・・。
「だ・・・だって仕方ないでしょう?日本にいれば、私と翔は堂々と一緒に出掛けてデートする事すら出来ないのに・・・なのに、あの女は赤の他人というだけで、結婚も出来るし、いつでもその気になれば翔と2人でデートも出来るのよ?」
半分涙ながらに明日香は言う。
「それじゃ・・・逆に聞くが・・・翔と書類上だけの結婚をして・・・朱莉さんは一度でも翔とデートしたことがあったか?一日一緒に居た事は?」
「・・・。」
そんな日は1日も無かった。だって翔は仕事が休みの日はいつでも明日香の側にいてくれたからだ。
「いいか?明日香ちゃん、良く聞けよ?そもそも朱莉さんに嫉妬する事自体が間違っている。朱莉さんはな・・今朝ガイドの女性が電話を掛けた所、高熱を出して寝込んでいたんだぞ?可哀そうに・・・食事もせずに・・・ガイドの女性が部屋を訪ねると真っ赤な顔で苦し気に寝込んでいたそうだ。明日香ちゃんも翔も・・同じ場所にいるのに、助けを求める事も出来なかったんだぞ?何故だか・・・分かるよな?それ位言われなくても・・。朱莉さんは1人、言葉も通じない国で苦しんでいた・・この話を聞いてもまだ何も感じないか?」
「・・・私が悪いと言いたいの・・?」
「悪いのは2人供・・だろう?まあいい。ガイドの女性の話だと大分朱莉さんも具合が良くなったらしいから・・。本当に彼女には感謝してるよ。どうだ?安心したか?彼女を無視したせいで病気が悪化して入院でもなったら大変な事になっていたかもしれないからな?兎に角・・言いたい事はそれだけだ。それじゃ・・・翔によろしくな。もう電話切るぞ。こっちは真夜中だならな。・・おやすみ。」
それだけ言うと、翔の通話が切れた。
「な・・・何よ・・・。琢磨の奴・・!」
ギュッと翔のスマホを握りしめると明日香は悔しそうにワインをボトルごと飲み干した。丁度その時、翔がシャワールームから出てきた。
何やら落ち込んでいる様子の明日香に気付いたのか、翔は明日香を背後から抱きしめると優しい声で言った。
「どうした?明日香・・・何かあったのか?」
「ううん。何も・・・無かったわ。」
そう言うと明日香は翔の胸に寄りかかる。
嫌よ・・・。翔は私だけのもの・・・。誰にも・・・渡すものですか。
例え彼女でも・・・。
どうやら琢磨の言葉だけでは明日香の心を動かす事は不可能だったようだ―。
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