2-9 明日香の思惑 その①

翌朝—


「う~ん・・・・。」

 

朱莉はベッドの中で大きな伸びをした。エミのお陰で朱莉はすっかり熱も下がり、体調は回復していた。

ホテルに着いてからは1度もシャワーを浴びていなかった朱莉は着替えを用意するとバスルームへと向かう。




「ふう~。気持ち良かった・・・。それにしても・・・ここへ来てから殆ど食事していなかったから・・体重随分減っちゃったみたい。」


朱莉は溜息をついた。

先ほどバスルームにある鏡を見た朱莉は、あばら骨が浮いているのを見て衝撃を受けてしまった。


「今日は・・・何か栄養のある食事をしないとね。」



コンコン。


その時、部屋のドアがノックされた。


「え・・?誰だろう・・・?」


恐る恐る部屋のドアを開けるとそこにはワゴンを押したホテルの女性従業員が立っていた。そして片言の日本語で話し始めた。


「オハヨウゴザイマス。具合はイカカデスカ?」


「あ、もうお陰様ですっかり良くなりました。」


ペコリと頭を下げる。


「コチラ、ルームサービスデス。」


女性はワゴンを押して部屋の中へと入って来ると、備え付けのテーブルにステンレス製の蓋が付いた大きなトレーを置いた。


「食事がオワッタラ、ワゴンの上にトレーヲ乗せてロウカに出して置いて下さい。」


そして頭を下げると部屋から出て行った。


「え・・?ルームサービス・・・・?確かこのホテルは自分達で1Fフロアのレストランへ行くんじゃなかったっけ・・・?」


朱莉は首を傾げたが、エミの顔がふと頭に浮かんだ。

そうだ、きっとエミのお陰かもしれない。彼女が・・・ルームサービスを手配してくれたのだ。


「後で・・・お礼言わなくちゃ。」


朱莉はトレーの蓋を開けた。

すると、まだ食事は出来立てだったのだろう。

熱々のオムレツにボイルしたウィンナー、ベーコンにポテトサラダ、そして数種類のテーブルパンにオニオンスープ、アイスコーヒーまでセットでついている。


「うわあああ・・・・美味しそう!」


朱莉は思わず感嘆の声を上げた。


「嬉しいな・・・。モルディブに来て・・・フルーツ以外の初めての食事・・・。いただきます。」


朱莉は手を合わせると、まずはオムレツを口に入れる。


「お・・・おいしいっ!流石ホテルの食事!」



そしてほぼ2日ぶりの食事・・と言う事で。朱莉はあっという間に間食してしまった。

食べ終えたトレーをワゴンに乗せて、廊下に出すと早速エミにメッセージを送る。


『おはようございます。お陰様ですっかり具合が良くなりました。ルームサービスをわざわざ頼んで頂きまして、ありがとうございました。美味しくいただく事が出来ました。』


メッセージを送った後、朱莉は何気なくバルコニーを眺めて、思い立った。


「そうだ、海でも眺めてみようかな?」


そして窓を開けて朱莉はバルコニーへと降り立った・・・。




丁度、その頃—。



「そう言えばね・・・昨夜、琢磨から連絡がきたのよ。朱莉さん・・・具合が悪かったんですって?」


朝食の席で明日香は翔に言った。


「え・・・・琢磨から電話があったのか?いつ?」


「貴方がシャワーを浴びていた時よ。琢磨からだったから私が出たの。」


「あ、ああ・・・。そうだったのか。それで・・・琢磨・・・なんて言ってた?」


歯切れが悪そうに翔が尋ねた。


「ええ。昨夜の話では、朱莉さんが個人的に頼んだガイド兼通訳の人が朝朱莉さんを見舞ってあげたらしいわ。フルーツを差し入れしてあげたら喜んでいたって。そのガイドの女性が帰る頃には大分具合が良くなっていたそうよ。良かったじゃない。親切なガイド女性に巡り合えてね。」


ツンとした様子で明日香はそれだけを話すとミネラルウォーターを飲み干した。

他にも色々琢磨には朱莉の事で責められたが、思い出したくも無かったので翔には黙っている事にした。


「・・・・。」


一方の翔は明日香の話を聞いてから難しそうな顔で黙り込んでいる。その様子を見て明日香は思った。


(まさか、朱莉さんの事を考えているのかしら・・・?だとしたら許せないわ。私が、目の前にいると言うのに他の女の事を考えるなんて・・・。)


「ねえ、翔。何を考えているの?ひょっとして・・・朱莉さんの事なんじゃないの?」


念の為に明日香は尋ねてみたが、翔の答えは明日香の思っていた通りの答えであった。


「あ・・ああ。朱莉さん・・今朝はもう体調良くなったかなと思って・・・。ごめん。明日香の前でこんな話して。忘れてくれ。」


翔は笑顔で答えたが、明日香は翔が朱莉の事を考えていたと言われるだけで、どうしようもない嫉妬にかられてしまう。

そこで明日香にある考えが浮かんだ。朱莉に嫌がらせをする最高の考えが・・・。


(そうよ、翔がいけないのよ?私はちっとも悪くない・・・。)


「ねえ、翔。朱莉さんの具合が気になるなら連絡入れて見なさいよ。」


明日香の急な提案に翔は目を見開いた。


「え・・?い、いいのか・・・?」


「いいに決まってるじゃない。だって高熱を出したんでしょう?今の体調が気になるのは私も一緒よ。それで、もし朱莉さんの具合が良いなら3人で一緒に出掛けましょうよ。おじいさまにモルディブに行ってきた事を証明するためにも写真があった方がいいでしょう?」


「あ・・ああ、確かにそうだな。・・・ありがとう、明日香。」


翔は嬉しそうに笑った。・・・明日香のその裏に隠された本心を知ることもなく・・・。




バルコニーで海を眺めていた朱莉の元に突如電話が鳴った。


「ん?誰からだろう・・・?」


そして朱莉はスマホの着信相手を見て息を飲んだ。


え・・・・う、嘘・・・・。翔・・さん・・?

朱莉は急いでスマホをタップした。


「は、はい。もしもし!」


『おはよう、朱莉さん。その・・・具合はどうだい?』


「はい、もうすっかり良くなりました。」


『そうか、それなら良かった。実は・・・明日香からの提案なんだが・・・・朱莉さんさえ良ければ、3人で観光巡りをしようって話をしていたんだけど・・どうだろうか?』


ためらいがちに尋ねてくる翔。


明日香さんから・・・。一瞬朱莉は躊躇したが、明日香の誘いを断ると、ゆくゆく面倒な事になりそうだったので、朱莉は提案を受ける事にした。


「はい・・大丈夫です。それでは本日ガイドの方には断りを入れておきます。」


『ああ、その女性にはよろしく伝えておいてくれ。それで待ち合わせは・・・。』




「ふう・・・。」


朱莉は電話を切るとため息をついた。今日の観光・・・翔は明日香の言葉をそのまま受け取っている。その裏に隠された本心に気づきもせずに・・。それが惚れた者の弱みなのだろうか・・・。

朱莉は憂鬱な気分で天井を見上げるのだった。そして朱莉はスマホをタップした。

ガイドのエミに本日の予定のキャンセルを申し出る為に・・・・。




「ええ、分かったわ。アカリ。今日は楽しんでね?・・・・・あら、気にする事なんかないのよ?・・・ええ。・・・はい。それじゃ、また明日ね。」


エミは受話器を切ると腕組みをした。


「アカリ・・・。何だか元気が無かったわね・・。それにしても・・・怪しい話だわ・。タクマとうい人の話では、アスカって女は相当性格が悪いみたいだし・・・。昨日だって具合が悪いアカリを放っておいたのに、今日になって突然一緒に観光だなんて・・・。何だか嫌な予感がするわ・・・。明日はアカリに会ったら元気づけてあげなくちゃ。後、ついでにタクマにも連絡入れておかないとね。」


そしてエミは琢磨にメッセージを打ち込んだ―。














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