2-7 久しぶりに誰かの優しさに触れて
翌朝-
朱莉は酷い寒気と頭痛で目が覚めた。
「参ったな・・・。体調良くなっているかと思っていたのに・・・。」
ため息をつきながら朱莉は寒さで身体を震わせた。寒い・・・という事はこれからもっと熱が上がるのかもしれない。おまけにシーツや布団が肌に擦れるとヒリヒリと痛む。この様子では今日中に体調が回復するとはとてお思えなかった。
「パジャマ・・・着なくちゃ。」
何とか身体を起こすが、途端に激しいめまいが起こり、ベッドの上に倒れこんでしまった。
落ち着かなくちゃ・・・。朱莉は目を閉じて、めまいが治まるのをそのままの体制でじっと待つ。やがて、めまいが治まったので今度はゆっくり起き上がった。
とてもではないが、スーツケースからパジャマを探す気力が無かった。
・・・何か部屋のクローゼットに・・バスローブでも入っていないだろうか・・?
朱莉はふらつく身体を奮い起こしてクローゼットに向かい、バタンと中を開けて見た。するとハンガーにバスローブがかかっているのが目に留まった。
ワッフル時で手触りの良いバスローブ・・・。これなら肌に擦れても痛くはないかもしれない。
朱莉はバスローブに袖を通し、再びベッドに向かうと、痛み止めを飲んだ。
本当なら何か口に入れてから飲まなくてはならないのだろうが、あいにくこの部屋には何も食べ物が無いし、食欲すら無かった。
・・・こんなことなら・・・部屋に入る前にチョコレートかキャンディーでも買っておけば良かったな・・・。
朱莉は熱でガンガン痛む頭を押さえながら、自分の熱くなった額に手を当ててため息をついた。
その時、朱莉のスマホが鳴った。相手はガイドのエミからだった。
「はい、もしもし・・・。」
「おはよう、アカリ。・・・何だかすごく具合が悪そうだけど・・・もしかして風邪ひいちゃったの?」
受話器越しからエミの心配そうな声が聞こえてくる。
「はい・・・そうみたいです。それで・・・申し訳ありませんが・・今日はとても・・出掛ける事が出来ないのでホテルで・・・休んでいます・・・。」
「風邪薬は飲んだの?何か食べた?」
「頭が痛いので持ってきた痛み止めは・・飲みました。・・食事は取っていません・・・。」
「ええ?!そうなの!誰か様子見に来てくれた?」
「いいえ・・・?誰も来ていませんけど・・・?」
「・・・そう。」
何だろう?エミの声に何か怒りというか、失望したような雰囲気を朱莉は感じた。
「それじゃ、私が薬と何か食べ物を持ってそっちへ行くからゆっくり休んでいなさい?いいわね?アカリ。」
「え・・・?でも私・・熱も高いので・・エミさんに風邪を移してしまうかもしれないですよ?ご迷惑を・・掛けてしまいます・・・。」
朱莉は消え入りそうな声で言う。
「何言ってるの!こっちにいる間は私を年の離れた姉だと思って頼りにして頂戴?今から1時間以内にはそっちへ行くから、寝ているのよ?いいわね?」
「はい・・ありがとうございます・・・。」
「いいのよ、気にしないで。」
エミは通話を切るとため息をついた。
「こうしちゃいられないわ。すぐにアカリの処へ行かないと!」
そして慌ただしく準備をするとエミは家を後にした-。
ウトウトしていると、突然額にひんやりとしたものが乗せられて朱莉は目を開けた。
するとそこにいたのは心配そうに朱莉をのぞき込んでいるエミの姿だった。
「あ・・・エミさん・・・?」
「ごめんね。起こしちゃったかしら?熱があまりにも高かったから、冷やしてあげようと思って。」
「どうもありがとうございます・・・。」
「いいのよ、気にしないで。色々食べられそうなもの買ってきたのよ。部屋の冷蔵庫に入れておいたから食べてね。後、家からフルーツを沢山持ってきたの。昨日の夜から何も食べていないんでしょう?どう?今・・・食べられそう?」
「はい・・・食べられそうです。」
朱莉はベッドから体を起こすとヘッドボードに寄りかかった。
「それじゃ、ちょっと待っててね。すぐに持ってくるから。」
エミはいそいそと立ち上がると、部屋の奥にある冷蔵庫から皿にのった山盛りのフルーツを持ってきた。
皿にはマンゴーやパッションフルーツ、バナナ、そして・・・・。
「あの・・・これは何ですか?」
朱莉は皿の上に乗った緑色のごつごつした果実を指さした。
「ああ、これはね、『カスタードアップル』っていう南国のフルーツよ。聞いた事無いかしら?」
「はい・・見るのも聞くのも初めてです・・・。」
「あら、そうなの?それじゃ、早速食べてみてよ。すごく美味しいのよ?」
エミは嬉しそうに笑うと身を取り出して、小皿に取ると朱莉に差し出した。
「はい、食べてみて。」
頂きます・・。スプーンですくって口に入れた朱莉は目を見開いた。
「・・・美味しいです・・不思議な味ですね・・・?」
するとエミは教えてくれた。
「フフ・・・これはね、冷やして食べるとバニラアイスのような味になると言われているフルーツなのよ。」
「あ・・なるほど。確かに言われてみれば、バニラアイスの味がします!」
「あら・・・アカリ。少し元気が出てきたみたいね?」
「はい。フルーツを食べたら元気が出てきました。」
「そう、良かった。まだまだあるから沢山食べてね?」
「はい・・・でもそんなに一度に沢山食べられないので少しずつ頂きますね。」
エミはその様子を見て頷くと言った。
「一応、我が家で常備している風邪薬を持ってきたから、後で飲んでね?」
「はい。色々と有難うございました・・・。折角モルディブに来て風邪をひいてしまって不運だなって・・・思っていましたけど・・・エミさんに出会えて・・・本当に良かったです・・。こんなに誰かに親切にしてもらうのは・・・久しぶりで・・嬉しかった・・です・・。」
「アカリ?」
しかし、朱莉から返事は無い。みると・・・いつの間にか朱莉は眠っていたのである。
エミは朱莉の額に濡れたタオルを乗せると言った。
「早く良くなってね。アカリ。」
そして部屋を出ると、日本語の話せる従業員に805号室の客が風邪を引いて体調を崩しているので、ルームサービスを届けてもらうように依頼し、ホテルのロビーのソファにドカリと座った。
全く・・・昨日電話でアカリの事を頼んだのに・・・誰も様子を見に来ていないなんて・・・!大体アカリは本来ハネムーンでここに来たと聞いていたけど・・・あんな質素な部屋に泊まらせて、花婿は別の女性と一緒に過ごしているなんて・・・こんなバカげた話は今まで一度も聞いたことが無い。目の前にその男がいたら、平手打ちをしてやりたいくらいだ。
あんなに悲し気な目をしている女性を放っておくなんて・・・!
エミは苛立つ気持ちをおさえつつ、スマホを取り出すとメッセージを打ち込み始めた・・。
日本-
午後2時・・・。
「何だ・・?このメッセージは・・・?」
琢磨は受け取ったメッセージに目を通して頭を抱えた。それは現地女性ガイドからのメッセージであった。
何故、あれ程アカリの様子を見てくれと頼んだのに、誰も様子を見に来ていないのか?彼女は昨夜から何も食べずに高熱を出していたのに、あまりにもこれはひどい仕打ちではないか・・・等々怒りに満ちたメッセージであった。
「・・・くそっ!」
琢磨は頭を抱えた。
「昨夜電話では翔は朱莉さんの様子を見に行くと言っていたのに、実際には彼女の元を訪れていないって事は・・・・さては明日香ちゃんに止められたな・・?くそっ!だから俺はこの結婚には反対だったんだ・・・!俺が朱莉さんについて行ってやれれば良かったけど、2人も社からいなくなるわけにはいかないし・・・。」
琢磨は怒りを抑えながら、仕事に向かった。
翔の奴め・・・。仕事が終わったら絶対に電話してあいつに文句を言ってやる・・・!
こうして琢磨は怒りのエネルギーを仕事に向けて、翔の不在の分まで業務をてきぱきとこなしていった―。
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