第二幕 夢と、居場所と、三匹の子トラ その1
「着いたわ。ここが私の家」
最初の壁にぶち当たった一同は、その解決のために
「わぁーっ、すっごい! はーちゃんち、ホントにお医者さんだ!」
ガラス張りの正面扉に「スサノオ医院」と刻まれた、古びた病院であった。
◇
遡ること、二時間前。
「とりあえず、今のままでは認定試験を受けること自体ができません」
「な、なんですとーっ!?」
竜医局主導の認定試験。
竜医になるためのこの試験、受験資格を得る方法は大きく分けて二つある。
ひとつは、
もうひとつは、国内いずれかの病院の竜医科に「候補生」として籍を置き、現役の竜医または元竜医の教育者等の監督下で一定期間──最低6ヶ月の指導を受けること。
子供にしか務まらない竜医という職業の特殊性ゆえに、様々な特例が認められてはいるのだが、それでも最低限の受験資格としてこの二つのどちらかを満たす必要がある。
そして、ざっと話を聞いた限り、
「ど、どどどどうしよう……!? せっかくトラせんせーに先生になってもらえたのに、試験受けられなきゃ意味ないよー!?」
「落ち着いてください、
「はいっ。んくっ、んくっ」
「……き、緊張感無いわね……」
「ぷっはーっ! やっぱり美味しい朝ごはんの後の牛乳はサイコーだねーっ!」
「…………おひげ……」
ふきふき。
「むぐむぐ。えへへ、ありがと、みーちゃんっ」
「…………(にこっ)」
しばし微笑ましい空気を堪能してから、話を本題に戻す。
「多分、これに関してはさほど問題はないでしょう」
子供たちに変な不安を植えつけないよう、
「まず、養成学校に今から編入するのは少々難しいですし、そもそもそうなると僕が教えられません。なので、どこかの病院の竜医科に候補生として所属してもらうことになります。僕が七年前まで所属していて、あか姉ぇが今も竜看として働いている病院……
星京の竜医科は、国内でも最大規模の人員と設備を擁する竜医の花形だ。直属の養成学校も全国に十数箇所あり、新人教育の門戸も広く開かれている。優秀な候補生は積極的に招き入れ、所属する現役竜医の指導のもと、即戦力のエースを数多く育成してきた。緋音や絃も、養成学校出身ではなく星京竜医科での候補生時代を経て竜医となっている。
もっとも、今の
「……っ」
しかし星京の名前を出した途端、
「……どうかしましたか」
「あのね、トラくん……すっごく、すぅ~っごく言いづらいんだけどね」
あまり言いづらそうには聞こえない。
「
「…………なるほど」
笑みを崩さないようにと固まった表情のまま、
「ん? ……たち?」
ふと疑問に思う。養成学校を退学になったというのは、
「そっか。私からはちゃんと話してなかったわね」
「
「……そうでしたか」
そして、必然。ぱちりと目が合う。
「
「…………(こくり)」
おどおどしつつも、ゆっくりと首肯。
「
「……………………なるほど」
今明かされる衝撃の事実。
……というほどではない。既知の情報で予想はできたことだった。
緋音は一番最初に彼女たちを紹介した時に、色々あってどの病院や学校からも指導を拒否されてしまった子たちだと語っていた。頼れるのが
星京は、優れた竜医を数多く輩出する反面、適性の薄い者には徹底して厳しい。積み上げてきたエリート教育のノウハウで能力の有無を判断し、「向いていない人間」は早々に切り捨てる。どんなに幼く秘めた才能があったとしても、一度落ちこぼれと判断されてしまえばそれで終わり。同じ門を二度くぐるのに、要する努力は計り知れない。
医師は命を預かる仕事。当然、能力の足りない人間には任せられない。その思想自体は間違っているとは言い切れない。横暴にも感じられる極端なやり方ではあるが、星京竜医科はそのスタンスを貫くことで国内トップの座に君臨し続けてきたのだ。
加えて、竜医とは子供だけが務められる特殊な医者だ。その生命は短く、即戦力以外を悠長に育成していけるような余裕がない。賢竜褒章のような制度を設け、業界全体で竜医同士の競争を促しているほどに。
……とはいえ。
「そういうことでしたら、星京は無理ですね。他の病院を探しましょうか」
「…………えっ?」
制度や風潮は、どうやったって変えようがない。今問題なのはそこじゃない。
さしあたって対処すべきは、あてが外れたタイムロスだけだ。
「ま、待って……先生。聞かないの?」
「何をでしょう?」
「何をって……どうして適性がないって言われたかとか、色々よ!」
「話したいなら構いませんが……それはあくまで前の先生の評価ですよね? 今のあなたたちの先生は僕です。適性の有無も、長所も、短所も……これから僕が実際にこの目で見て判断していくべきことでしょう」
ぽかん、と呆気にとられた様子の
「きっと前のセンセーたちは、たまたま見る目が無かったんだよっ。はーちゃんも、みーちゃんも、優しいし頭もいいし、テキセーもあって、絶対竜医なれるもん!」
「お二人だけでなく
「えへへー」
「で、でも私……!」
なおも納得がいかない様子の
「それとも、あか姉ぇ。
「まさか~。みんな、ちょっと個性的なだけだよ~」
「なら問題ありませんね。はいこの話はここまでです」
「……なんか、
溜め息をつきながらも、どこか嬉しそうに小さな微笑みを浮かべる
もとより、このポジティブさこそが
「星京以外にも、候補生の受け入れを積極的に行っている病院はあります。とはいえこの業界において星京の影響力は非常に大きい。一度星京がダメと言った子たちを、二つ返事で受け入れてくれる病院を探すのは……少々、時間がかかるとは思います」
「時間がかかっちゃうのは、よくないね~」
「最悪、試験の6ヶ月前までに見つからなかったら不戦敗だからね」
今現在、星京と関わりのない竜医の知人など数えるほどしかいなかったが、まずは彼等をあたってみるのが最善だろうと思索を巡らせていると。
「あ……あの! そういうことなら、私に提案があるんだけど」
一同の注目が集まる中、遠慮がちに手を挙げた
「……うちの実家、一応病院よ」
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